基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

早川書房のSFコンテストを受賞した二作(ハードSFの期待の新星『オーラリメイカー』、描写で魅せる重厚なSFファンタジィ『天象の檻』)を同時に紹介する。

オーラリメイカー

オーラリメイカー

天象の檻

天象の檻

春暮康一『オーラリメイカー』は第七回SFコンテストの優秀賞、葉月十夏『天象の檻』は同じく第七回の特別賞ということで、どちらも今一番新しいSFコンテストからの刊行作になっている。このSFコンテストは2012年に一度仕切り直された形で始まった賞なのだけれども、全7回のうち今回も含めて3回が大賞が出ていない(特に第4回以降は大賞が出たのは、第5回の『コルヌトピア』『構造素子』のみ)。

というわけで、この数回の実績だけみると大賞が取りづらい賞ともいえるのだけど、そのかわりこうして芽のある作品はちゃんと刊行されるともいえる。で、今回どちらも読んでみたが、『オーラリメイカー』についてはイーガン好きには刺さりそうな宇宙の果て、生命そのものの行末にたいする長大な視点を常に作品の中で意識させてくれる、「知性と宇宙そのもの」を取り扱った骨太な作品だし、『天象の檻』は描写の密度は厚く、世界観でしっかり魅せてくれながらもその背後にはSF的な歴史が垣間みえるタイプのSFファンタジィで、どちらも可能性を感じさせてくれる逸品だ。

一方でどちらも弱点を抱えている作品で、『オーラリメイカー』については遠未来に知性が炭素生物連合と肉体を捨てた知性ネットワークの知能流の二派に分かれている──という世界観とその中で判明する、既知の枠外の知性による改造星系の謎を追う枠組みと世界の描写自体は大変に素晴らしいが、あまりにも淡々と物語が進行していくのが物足りない。『天象の檻』は描写の強さ、オリジナルな世界観が素晴らしいが物語が単調な移動と世界観の開示に終始しているなど、こちらも微妙に物足りない感があるのだよね。全体的な描写と、ラストシーンは美しいものがあるのだけれども。

オーラリメイカーについて

とはいえ、特に『オーラリメイカー』については受賞作である中篇規模の「オーラリメイカー」に短篇「虹色の蛇」が今回の刊行にあたって追加されていて、こちらの出来が(恐らく受賞作の欠点を補うようにして書かれているのもあって)非常にいい。

太陽系から2千光年離れた〈白〉星系と呼ばれる最果ての地の惑星を舞台に、そこに存在する、放電し共食いをする特殊な生物(?)である〈彩雲〉についての物語で、その〈彩雲〉の生態の描写やそのガイドをやっている超感覚者、無痛人らのディティールの描きこみが素晴らしいんだよね。特殊な生物・知性の描きこみと人体改変モチーフを入れてくるのはグレッグ・イーガンとピーター・ワッツのあわせ技感もあるし。

下記は〈彩雲〉が共食いをしながらも同じ色同士で群れを作る仕組みについての解説をするシーンだが、こうした理屈がすらすらずらずらと出てくるからたまらない。

「やつらがどうやって同じ色どうしで群れを作ると思う? 日光から得たエネルギーを使って、電場を生むんだ。正確には、周囲の大気や〈雲〉粒子から電荷を奪ったり、逆に押しつけたりする。〈雲〉は正負どちらにも帯電できるが、その許容電荷量は種によって違う。さっきのカーマインの〈雲〉は、プラスが優位な種だから、個々の粒子がランダムな電荷を帯びていても、群れ全体としてはプラスに偏る。群れから離れてしまった粒子は、マイナスに帯電して戻ってくる」

ちなみに本篇の方もちゃんとおもしろい。9つの惑星のうち4つまでが公転面を60度以上傾斜させ、近日点と遠日点が他の清浄な惑星二つの軌道すれすれをかすめる特殊な惑星たち。自然にそうなることは考えられず、明らかに何らかの設計と意図が感じられる。太陽系人類が属する《連合》は、その犯人とみなしている、彼らが星系儀製作者(オーラリメイカー)と呼ぶ何者かを調査するために調査を進めるが──という冒頭からこの世界における多様な知性と目的が明らかになっていく。

『天象の檻』について

一方『天象の檻』は狩猟や漁業、農業で日々の食事をまかなう文明が後退した世界が舞台になっている。『暁』、『銀鱗』など人の所属する系がこの世界には存在しているのだけれども、そうした人の集まる系から外れた集落が襲撃を受け、そこで暮らす少女のシャサは仲間の大半を失ってしまう。シャサは、仲間を失い呆然としているところに迷い込んできた『暁』に所属する少年ナギの協力を得て、行方不明になったと思われる4人の仲間を探すたびに旅に出る──というのが大まかな流れである。

最初こそ「純然たるファンタジィじゃねえか」という感じだが、12人の大きな人たちがそれぞれ技巧を凝らした塔を作り、それが今の系に繋がっているとか何百年も生きているとされる神人。アタと呼ばれる特殊な植物であるとか、〈時超えの室〉と呼ばれるもの、各地の系に伝わる「この大地はいずれ海中に没する」という滅びの伝説といったこの世界の様相がシャサとナギが旅を続けるうちにちょこちょこと明らかになっていき、同時に裏側にSF的な世界観が透けて見えてくることになる。

 ある時、大地の温度が上昇した。またある時、ほかの系の襲撃を受けた。それらの苦難を乗り越えた後、『銀鱗』の人々はその永遠の夢を守るため、変動する気温に対抗し、ほかの系から注がれる好奇の視線を跳ね返そうとアタの周囲に土を盛った。崩れぬよう石や粘土を混ぜ、より高く、より強固に。夢の姿を覆い尽くすのに、どれだけの月日を掛けたことだろう。やがて風や鳥が種子を運び、その面に植物たちの絨毯が敷かれ、そして、それは丘となったのだ。

このあたりとか、普通に惑星の気温上昇のような気候変動が起こったこととそれに対抗した歴史の話が語られているのだけれども、言葉遣いがいちいち伝承っぽいというかおとぎ話っぽくなっていて雰囲気に寄与している。くどいといえばくどく、あまりにも独自用語と特殊な言い回しが多すぎて読んでいて疲れる面もあるのだけれども。

おわりに

とまあそんな感じの二作でした。ハードSF系の『オーラリメイカー』とSFファンタジィな『天象の檻』、けっこう好みの分かれそうな作品なので、興味の向いたほうを手にとってみてはどうだろうか。