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一級品のサスペンスを読んでいるかのような緊張感がみなぎる、スノーデン決死の告発への道──『スノーデン 独白 消せない記録』

スノーデン 独白: 消せない記録

スノーデン 独白: 消せない記録

アメリカ国家安全保障局(NSA)による国際的な監視網についての告発でその名を轟かせたエドワード・スノーデン。彼についての本は、暴露した内容に焦点を当てたものも彼自身についてのものも無数に出ているが、本書はその中でも全篇にわたって本人が書いている(のか語っているのか)、半生を綴った自伝であるというのが特徴。

正直、スノーデンの暴露した内容ではなくてスノーデン自身には興味がないし、特に子供の頃の話とか何も興味ねえなあ。でも山形浩生さんが訳しているから読んでおくかなあぐらいのローテンションで読み始めたのだけれども、いやはやこれはびっくりするほどおもしろい! まず、一九八三年生まれと僕とそこまで年代が離れていないこともあり(僕は八九年生まれ)、幼少期にハマってきたもの(エヴァンゲリオンや天空のエスカフローネ、それにウルティマオンラインなどのMMO)には共感しかない。

加えて、国家の監視体制の状況を優れたプログラマとして好奇心からつっついて、より深く知っていくうちに、それを告発せねばならないのではないか……と葛藤が募っていく様。さらにはそれをただ告発するだけではなく、その専門性の高い内容を市民に誤解なく真に理解させるにはどうしたらいいのかまで考えねばならないと焦り始め──と、どのような考えと技術を持つ人間だからこそ、この未曾有の告発を行うことができたのか、やろうとしたのか、という背景がきっちりと語られていく。

 あなたが本書を読んでいる理由は、ぼくがこうした立場にいる人間としては危険なことをやったからだ。ぼくは真実を語ることにしたのだ。ぼくはアメリカ政府の違法活動の証拠となるIC内部文書を集め、それをジャーナリストに渡し、彼らはそれを検分して公開し、世界は一大スキャンダルに驚いた。
 本書は、その決断に至る過程、それを支える道徳・倫理的原則、そしてそれがどうやって生まれたかについてのものだ──つまりはぼくの人生についての本でもあるということだ。

幼少期から青年期にかけて

さて、とはいえ幼少期の話がそんなにおもしろいかいな、というのが当然の疑問だけど、先に書いたようにこれがまずおもしろい。そもそもスノーデンが相当なアニメ/ゲーム・ファンだというのはTwitterだなんだでわかってはいたことではあるのだけど、こうやって自伝という形で幼少期から語られると「ああ、これは本物やな」と一瞬で納得してしまう。好きなゲームやアニメの語り方が完全にガチなんだよなあ。

ぼくに真の教育を与えてくれたのは、NES──あの貧相ながらも天才的な八ビットの任天堂エンターテイメントシステム〔訳注 にほんのファミコンの外国仕様版〕だった。「ゼルダの伝説」から、ぼくは世界が探索するためにあるのだと学んだ。「メガハント」というか「ダックハント」では、誰かがこっちの失敗を笑っても、そいつの頭を撃ったりはできないんだということを学んだ。でも究極的には、いまだに人生で最も重要な教えとも言えるものを教えてくれたのは「スーパーマリオブラザーズ」だった。これは完全に本気だ。冗談だとは思わず受け止めて欲しい。(ブログ主注:ここからさき、一二行にわたってマリオの素晴らしさについて語られていく。)

これはゲームレビュー本じゃなくて自伝なんだろう? と途中で声をはさみたくなるぐらい熱くマリオについて語っているので読んでいて思わず笑ってしまった。とはいえ別にまったく無関係な話ではなくて、マリオの話から「スーパーマリオブラザーズ」のカートリッジがまるで読み込まれなくなった話に続き、そこでもうだめだと諦めずに自分自身でファミコンの修理を(まずは分解して)試みようとする。

結局スノーデンはファミコンを元に戻せないのだけれども、父親はそれを怒らず、なぜ、どうやってこれがおかしくなったのかを理解するのも重要なんだと説明したという。スノーデンの父親は航空機器が専門の電子システムの主任エンジニアで、家のものは何でも彼が修理していたから、息子にもその思考、性質が受け継がれているのだろう。家の壊れた機器を分解して修理しようとするのは、僕の知る限り優秀なエンジニアはみな持っている性質でもある。そうやって父親からエンジニアリングの手ほどきを受けていくうちに、スノーデンはプログラミングとコンピュータに出会うのだ。

 ぼくは天性のプログラマなんかじゃないし、特にコンピュータが得意だとも思わない。でもその後一〇年ほどで、危険になれるくらい上手になった。今日に至るまで、ぼくはいまだにあのプロセスが魔法のようだと感じる。あれやこれやの変な言語で命令をタイプすると、プロセッサがそれを、ぼくだけでなく万人に提供される体験へと翻訳してくれるのだ。

そうして次第にスノーデン少年は青年期に向かっていく。この年代は思春期の時にコンピュータの発展がダイレクトにぶつかっているのでそこでその衝撃にハマってしまうともう二度と抜け出せないんだよね。その泥沼感のある感動が本書では丹念に記載されていく。DoomやQuakeやウルティマオンラインにドハマリし、web掲示板に入り浸り、姉に電話機をとられてネット接続がきれてゲームで死んだりした日にゃぶちギレて怒鳴り散らす。まさに我が通った道というか、既視感しかないのである。

大学に入ってからは日本語講義で新しいグループに入り、そこではみな日本アニメに夢中だったという。『火垂るの墓』『少女革命ウテナ』『新世紀エヴァンゲリオン』『カウボーイビバップ』『天空のエスカフローネ』『るろうに剣心』『風の谷のナウシカ』『トライガン』『スレイヤーズ』、一番のお気に入りだという『攻殻機動隊』。なんというか「ああ、ちょうどそこの人ですね」感が半端ないラインナップだ

おわりに

個人的におもしろすぎてスノーデンがいかにアニメ・ゲームファンなのかという話に文字数を全振りしてしまったが、実際にはここからが本題。その頃には技術屋としての才能を開花させつつあり、二〇歳の頃、アメリカ軍に技術担当として配属。その後NSA、CIA、NSAと契約を結んでいたDELL(この時スノーデンは横田基地内の施設で仕事をしていたので日本在住)と居場所を転々としながらインターネット、そしてそのほとんどすべての監視を可能とするアメリカの体制に疑問を募らせていく。

この間は、端的にいえばかつてはたしかに存在していたはずのインターネットの自由が消えていくことへのスノーデンの絶望が綴られていく。『ぼくが共に育ってきたインターネット、ぼくを育ててくれたインターネットは消えつつあった』。監視が当たり前のようにまかり通っている状況に対して、アメリカ独立宣言に立ち返り、異議申し立てを歓迎した独立革命初期の議会を知り、勇気を奮い立たせていく。

開示する情報があまりにも専門的なため、誤解や疑問視されるのではないかという当然の懸念と、それをクリアするために何をしなければいけないのかの判断。暴露したあとの身の安全を確保するための準備などについて赤裸々に語られており、現実の話ではあるが一級品のサスペンスを読んでいるようだ。スノーデン文書についてそれほど興味がなかったとしても、同時代を生きた人ならまず満足できるはずだし、通して読むことで「いったい、監視されることの何が問題なのか」についても一定の理解が得られるはずだ。