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人生を作品のつながりを浮き彫りにする、大作伝記──『ミヤザキワールド ─宮崎駿の闇と光』

ミヤザキワールド ─宮崎駿の闇と光─

ミヤザキワールド ─宮崎駿の闇と光─

アニメーションと日本文化の研究者スーザン・ネイピアが真正面から宮崎駿を捉えて書いた伝記である。宮崎駿については日本語では膨大に語られた資料があり、本人の真意もいまいち捉えがたい面があり、作品的にも──と日本文化に精通していないと真正面からの伝記はなかなか難しいんじゃないかな──と若干侮っていたんだけど、読みはじめてしばらくしたらいやあこれはすごい! と惚れ込んでしまった。

情熱的な筆致で、同時にとてもロジカルで、先行の研究や批評を丁寧に織り交ぜながら、自身の見解もしっかりと取り込んでいく。宮崎駿の人生と作品をおっていく中で、特に重要な部分についてはしっかりと文字数を費やしてアニメのシーンを描写していくのだけど、その文章がまた美しくて鮮やかに映像が浮かび上がってくる。情熱的で、読んでいるだけでひたすら楽しいと思わせながらもロジックに下支えされた文章は、僕の目指すところでもあり、そういった意味でも参考になる本であった。

伝記としての特色をあげるなら、一つは記事名にもつけたが「宮崎駿の人生を通して、作品を理解しようとする」姿勢である。『私自身が本書で目指したのは、宮崎の伝記を書くというより、むしろ宮崎のきわめて興味深い人生と彼が生きてきた時代の文脈に照らして、その全作品を理解することでした。』というように、宮崎駿の人生を幼少期から振り返り、これまであまり焦点の当てられることのなかったアニメ作家になってからの私生活や思想を取り上げると同時に、カリオストロ、ナウシカ、ラピュタから風立ちぬまで、時系列順に一作一章ずつ割り当てガッツリ迫っていく。

闇と光の両面から生じる作品

映画の『風の谷のナウシカ』だけでなく、宮崎駿自身による漫画版ナウシカについても一章を割いていることも特徴と言えるだろう。宮崎駿の表現する世界を探る上で漫画版ナウシカは避けては通れないものだから、そこをしっかり──それも本書全体の中を通してもとりわけ高いテンションで持って──取り上げてくれたことに、まず大変な満足感を覚えた。漫画版がどのような作品で、映画版との差異はどこにあるのかといったことも詳しく述べられていくから、「映画もあんま記憶に残ってないし漫画なんか読んでないけどちょっと興味あるわ」みたいな人にもオススメできる。

 究極的に、漫画版は後期のミヤザキワールドでますます頻繁に提示されるようになる、二つの問題を投げ掛けている。一つ目は「人間であることの意味は何か」で、もう一つは「多くの異なる種が共存するより大きな世界で、人類はどんな役割を担うべきか」というものだ。『ナウシカ』は、人類だけが道徳と環境の唯一の守護者になり得るというユダヤ・キリスト教的な世界観を認めることを拒否し、人間であることの概念を根本から脱構築している。この作品には、キリスト教への重要な言及が含まれているのみならず、仏教、道教、アニミズムとの接点も随所に見られ、人間と自然の関係に関する伝統的なものの見方を、きわめて興味深い方法で大幅に覆しているのだ。

宮崎駿の作品を観ていると、どうしてもそこに矛盾したものを感じずにはいられない。戦争を非難しながらも同時に軍事兵器の美しさを十全に描き出す『風立ちぬ』を筆頭として、どこか分裂した部分を感じさせる。本書ではそれを『ミヤザキの芸術は、闇と光の両面から生じたものです。』と表現し(漫画版ナウシカには、清浄さや光のイメージをもとに「生命は光だ!!」と主張する相手に対して汚濁と闇が世界には必要だといい、「いのちは闇の中のまたたく光だ!」と返す)、それがどのように彼の人生──幼少期に母親を結核で亡くす恐怖と戦い、終戦直後に思春期を迎える波乱の体験──と関わっているのか、その複雑な様相を、丹念に解きほぐしていく。

おわりに

各章は本格的な作品論になっているのでこの記事で深入りすることはしないが、宮崎駿作品に一つでも耽溺したことのある人であればぜひ読んでみてもらいたい一冊だ。たいへんにおもしろく、400ページをほとんど一気読みしてしまった。