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デジタルデバイスで読むことで「深い読み」は損なわれるのか?──『デジタルで読む脳 X 紙の本で読む脳 :「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』

デジタルで読む脳 X 紙の本で読む脳 :「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる

デジタルで読む脳 X 紙の本で読む脳 :「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる

  • 作者:メアリアン・ウルフ
  • 出版社/メーカー: インターシフト (合同出版)
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 単行本
文字を読む時、その時脳の中では何が起こっているのか。また、文字を読み込んでいくことで、脳はどのように変化していくのかといった読むこと✕脳科学について書かれた『プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?』のメアリアン・ウルフの新作にして続編になる。テーマは書名にも入っているように「デジタル」だ。

デジタル──パソコンやスマホの画面で読むことは、紙の本で文字を読むこととどのような違いがあるのか。注意力が欠けてしまうのか、はたまた増すのか? また、幼少期からデジタルで読むことに慣れていると脳はどのように変化するのか? 今幼少期の子どもを抱えている親の多くは「子どもにスマホやタブレットを与えていいものか」と悩んでいるだろうが、本書はそうした観点へも(幼少期のデジタルデバイスの使用がどのような影響を脳に与え得るのかについて)、切り込んでいく。

デジタルで読むことで注意力は欠けるのか?

まずそもそもの大前提となる「デジタルで読むことで注意力は欠けるのかどうか。読む時の注意の質はどのように変化するのか」という問いかけだが、本書が前提としているのは「欠ける」方である。我々の多くはほとんど一日中様々なデジタル機器に注意を向けていて、今はパソコンの画面、次の瞬間はスマホ、そしてそれぞれの画面を次々と切り替えて──というように、メディアソースを繰り替えている。

当たり前だがそうした状況は、決して注意力に良い影響を与えない。『深い読みも深い考えも、私たちがみな経験している「こま切れ」時間や、一日に三四ギガバイトの何かでは、強化することはできません。』この「三四ギガバイト」は、「実はデジタルの影響で人々がものを読む機会は増えている」とする説が、これだけの文字数を読んでいる(文字数にすると10万字ほど)として算出された数字だが、実際にはそれらはTwitterのような細切れの情報の集積だ。それでは、小説を読むように長い文章を根気強く読む能力は育たず、長文は「脇に追いやられる」ことを著者は懸念している。

具体的にそれを示す研究はあるのか、というのが気になってくるが、確かに幾つかはあるようだ。たとえばノルウェーの研究者による、印刷で読むか、画面で読むかによる認知および感情の差異を調べた研究プログラムがある。この実験では被験者は短篇小説をキンドル、もしくはペーパーバックで読んで、それについての質問を答えるよう指示される。結果は、本媒体で読んだ学生の方が画面で読んだ学生より、筋を時系列順に正しく再現できることがわかったという。仮説としては、画面で読むことが斜め読み、拾い読みを促すこと。また、何がどこにあるかを教えてくれる本の具体的な空間が画面には存在しないことが関係しているのではないかとされている。

『現時点で言えるのは、マンゲン主導の研究では、画面上で読むと、細部の情報と記憶の順序付けが悪化していることです』。という。非常に個人的な感覚でいえばキンドルで読もうが紙の本で読もうが何も変わらないが、少なくともそういう研究はあるようだ。
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1354856515586042
https://www.researchgate.net/publication/294633606_The_evolution_of_reading_in_the_age_of_digitisation_An_integrative_framework_for_reading_research/link/5751d86a08ae6807fafb71fd/download

子どもへの影響は?

もうひとつ興味深いのが、デジタルデバイスが与える子どもへの影響だ。大人も一日中デジタル機器に注意を持ってかれているが、それは子どもだって変わりがない。3歳から5歳までの子どもがデジタル機器に費やす時間の平均は、1日4時間だという。

脳は常に新しい情報を求めるし、デジタルツールはそれを提供してくれるから、事実上の中毒状態になってしまう。『たった三歳か四歳、場合によっては二歳以下なのに、ずっと年上の者向けの刺激を年がら年中、初めは受動的に受け取っていますが、そのあとだんだん積極的に求めるようになるのです。レヴィティンが論じているように、子どもと若者はこの一定レベルの新奇な感覚刺激に囲まれると、たえず注意過多の状態へと追い込まれます。』当然ながらそうした状態の子どもからデバイスをとりあげると、「退屈だ」と答える。が、子ども時代の退屈は必須な要素でもある。退屈だからこそ、自分なりの気晴らしや単純な楽しみを作り出す原動力になるのだから。

2歳や3歳の子どもに無制限にスマホで遊ばせておいてもまったく問題ないでしょ、と思う人もそういないだろうが、完全に遮断しろと著者も言っているわけではない。子どもの発達とデジタルデバイスについて論じられた本を参照しながら、「子どもにアプリを使わせる場合は、必ず最初の数分間は子どもと一緒に遊び、親自身がそのアプリの評価をすること(教育用をうたっているアプリでも、リテラシーのある専門家が関わっているケースは稀)」。デジタルデバイスの使用は、2〜3歳はせいぜい一日数分から半時間、それ以降も最大でも2時間までにおさえることを提言している。

おわりに

後半では、アメリカの小学校4年生の子どもの3分の2が読解力が「堪能」レベルではない、十分に理解しながら読めるレベルではないことをあげ、ではどうしたら深く読む能力を鍛えることができるのか、といった能力開発の話題にシフトしていく。

そうした能力を開発することで、我々は大切な思考プロセス──批判的分析、共感、熟考の退化を抑えることができるのだといっていて、理屈に納得がいかないところもあるが(たとえば、小説を深く読むと登場人物の行動や感情に連動した脳の部位が活動するから共感能力が育てられる的な理屈なのだが、それで共感能力が育つのか、共感性は社会に必須の能力なのかな異論がある)、全体的には興味深い本である。

惜しいところもあって、「現代の学生は複雑な文構造を理解することが難しくなっている」や「学生の書くものが劣化している」と身近な教授+自身の体験談なども語られるが、単なる主観的な感想にすぎず、研究成果と地続きで語られていくので意見を誘導されているように感じる。デジタルで読むことの問題点とされているところも、デジタルで読むことの具体的に何が問題なのかがわかっていない(平面なのがわるいのか??)など、まだまだ研究として掘るべき部分はたくさんある認識である。

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?