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誘拐された我が子を救うためには、別の誰かの子どもを誘拐しなければならない特殊な「連鎖誘拐」状況を描き出す一級のサスペンス!──『ザ・チェーン 連鎖誘拐』

ザ・チェーン 連鎖誘拐 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ザ・チェーン 連鎖誘拐 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ザ・チェーン 連鎖誘拐 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ザ・チェーン 連鎖誘拐 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

この『ザ・チェーン 連鎖誘拐』は北アイルランドを舞台にした刑事小説である〈ショーン・ダフィ〉シリーズで知られるエイドリアン・マッキンティによる、誘拐物のスリラー長篇である。タイトル「連鎖誘拐」の時点ですでに心踊りまくりなのだが、読み始めたらこれがもう止まらない! 最初の20ページで感じた「スピード感」と「引き込まれ力」の凄さは、比肩する作品がすぐには思いつかないほどだ。

連鎖誘拐

開始1ページ目から13歳の少女のカイリーが銃を持った何者かに脅され、誘拐される。その後すぐに、シングルマザーである母親レイチェルの元に、何者かからふたつの忠告が届く。『ひとつ。おまえは最初でもないし、断じて最後でもない。ふたつ。目的は金ではなく──〈チェーン〉だ。』加えて、5分後に、お前に生涯でもっとも重要な電話がかかってくると連絡があり、実際にその後かかってくるのは、誘拐犯からの娘のカイリーを誘拐したという知らせ。そして〈チェーン〉のルールだ。

〈チェーン〉のルールはシンプルだ。まず当然だが、警察に通報してはならない。もし仮に警察に通報した場合、子どもは誘拐犯もしくは〈チェーン〉の実行犯によって殺される。次に、追跡防止のために使い捨て携帯を買って、電話をかけるたびにひとつずつ使うこと。それから、TCP/IPにおける接続経路の匿名化を実現するTorブラウザを用いて、指定のビットコイン口座に2万5千ドルの身代金を入金すること。

そこまでが「前半」に必要とされることだが、一番重要なのは「後半」だ。こちらに手を出すということは、単なる子どもを誘拐された被害者から、加害者、共犯者へと転じることを意味する。『「わたしはこう伝えることになってる。あなたは最初でもなければ最後でもない。あなたは〈チェーン〉の一部で、これが始まったのはずっと昔のこと。わたしがあなたの娘を誘拐したのは、そうすれば息子を解放してもらえるから。息子はわたしの知らない男女に誘拐されて、監視されている。あなたは標的を選んで、その家族をひとり誘拐して、〈チェーン〉を存続しなければならない』

「標的を選んで家族のひとりを誘拐し、標的が身代金を払って代わりの誰かを誘拐するまで、監禁しておかなくちゃいけないということ。これとそっくり同じ電話を、自分の選んだ相手にかけてちょうだい。わたしがあなたにしているのとそっくり同じことを、あなたの標的にもするわけ。あなたが誘拐を実行して身代金を支払ったら、娘さんはすぐに解放される。単純でしょ。そうやって〈チェーン〉は永久に稼働しつづけるの」

まるでチェーン・メールのような犯罪ロジックである。「そうはいっても自分の子どもが誘拐されたからといって、他人の子どもを誘拐するだろうか?」と疑問に思うかもしれない。このチェーンには大本の主犯格がおり、細かくこのチェーンに巻き込まれた実行犯の行動、言動を監視するだけではなく、このチェーンから抜け出そうにない誘拐にうってつけの相手を提案もするし、危険な相手を(誘拐犯が)誘拐対象に選んだ場合は、拒否することもある。「管理人」としての役目をはたしているわけだ。

かつ、誘拐犯も自分の子どもを取り返すために必死で、「警察に通報するなどしてもしこのチェーンから抜け出ようとする者」が現れたら対象の子どもを殺害し、次のチェーンにとりかかるだけ、というかなり残酷なシステムとして練り込まれている。

被害者から加害者へ

物語の大半は、子どもを誘拐されたレイチェルの奮闘の物語として描かれていく。彼女は癌を乗り越えつつあるサバイバーで、頭のキレるタフな女性だ。元軍人の(元夫の兄)知人を頼って仲間に引き連れ、素人ながらに誘拐計画を立て、悪意なしに、”被害者”から”加害者”へと転落していく様が描かれていく。

誘拐に成功したとしても仕事は終わりではない。誘拐した相手が、自分と同じようにまた別の子どもを無事誘拐してこなければ終わらないのだ。誘拐した子どもをとどめておかなければならないし、自分が誘拐した相手が誘拐するのを見届け、裏切り・通報などのケースが発覚した場合は自らが手を汚して誘拐してきた子どもを殺害し、次のターゲットを探しにいく必要もある。誘拐の素人実行犯、その次は誘拐のプロデューサー、マネジャーとして、その能力をどんどん駆使していかなければならない。

そうしたスピーディな役割・展開の移り変わりが魅力な他、レイチェルの娘のカイリーのタフで行動力に溢れたキャラクターとしての魅力も優れている。冒頭で速攻で誘拐されてしまうカイリーなのだが、いうて誘拐犯も素人である。レイリーは監禁されている地下のボイラーの下にレンチがあるのを発見し、縛られている身ながらも少しずつ動かし、一晩以上かけて武器としてのレンチを手に入れようとする。『カイリーはわくわくしている。計画を立て、それを実行する手段を手に入れたのだから。ばれたら殺されるかもしれない。でも、何もしなくたって殺されるかもしれないのだ。』

おわりに──〈チェーン〉とは何なのか。

仮にそうやって誘拐を実行し〈チェーン〉を抜けたとしても、その後に待っているのは悔恨とトラウマだ。犯罪をおかしたという悔い、あのチェーンがまだ回り続けているという絶望、自分がまたいつか巻き込まれるかもしれないという純然たる恐怖。

すべての根源である〈チェーン〉は潰すことができるのか? はたして、〈チェーン〉とは何者の、どのような思惑から生まれたシステムなのか──? 本作では単に「被害者から加害者へと移り変わっていく、一つの家族の物語」にとどまらず、〈チェーン〉それ自体に挑まれる戦いもまた、描かれていくことになるのだ。

上下巻とはいえあわせても520ページほどしかないので、いったいこの物語はどこまでいってくれるのか!? と中盤からはドキドキしっぱなしであった。「ひょっとしていいところで続く! になるパターンなのか??」という意味でもドキドキしていたが、そんなことはなく本書できっちり完結しているので、そのへんもご安心を。