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『横浜駅SF』の柞刈湯葉による初のSF短篇集──『人間たちの話』

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

『横浜駅SF』の柞刈湯葉による初のSF短篇集がこの『人間たちの話』である。小説はだいたい人間の話をするものだから「人間たちの話」と題がついている──わけではなく、本書の中で唯一描き下ろしされている短篇が表題作となっているのだ。で、この表題作は当然今回始めて読んだんだけどこれがまたすごくて──と、詳細はのちに譲るが、柞刈湯葉という作家の無数の側面を堪能できる短篇集が揃っている。

横浜駅が改築を繰り返していって次第に自己増殖し日本中を覆い尽くすまでになったら──を椎名誠✕BLAME!的に描き出した『横浜駅SF』。地球が膨張して東京↔大阪間が5000kmもある特殊な日本でのぐだぐだな大学生活を描いた『重力アルケミック』。ほとんどの人間はもはや働く必要がなくなった未来でほとんど趣味として職安をやっている人の物語『未来職安』など、奇想や未来予測を軸にSFならではの情景と人間観、未来像を描き出していく。どの作品も大きく違った方向へと球を放って波紋を観測しているような手際の良さがあり、もともと底知れなさを感じさせる作家ではあったが、本作収録の6篇を読むとその印象はより深くなることになる。

全6篇をざっと紹介する。冬の時代

トップバッターは終末×冒険SF的な「冬の時代」。気候変動によって地球の気温はだだ下がりしており、長い間気温が0度以上を指すことはない状態が続いている世界を舞台に、暖かいところに行こうと南へ向かう、ヤチダモとエンジュの二人の物語。

終末ものにおいては、どのようにしてそうした状態に至ったかではなく、終末に至った先の情景を描き出すのかの方が重要だ。この世界の情景で特徴的なのは、気候変動による冬に備えてゲノムデザインされた動物たちが跳梁跋扈しているところ。ヤチダモとエンジュとエンジュは道中、兎を狩ったりしながらなんとか前に進むのだけれども、その動物周り、特に料理の描写がいい。『屋根が太陽の光を集めて缶に熱を送り込むので、その上にアルミ製のコッヘルを載せて、玉兎の脂身を投げ込む。太陽熱にじりじりと炙られ脂が適当に溶けたところで、一口大に削ぎ落とした肉を投入し炒めていく。しゅうしゅうと柔らかな音を立てながら、赤い肉が白く変色していく。』

そんな時代にも生きている人間はいて、寒冷化適応デザインされた人でありながらも時が経つにつれて狂ってしまった「あいつ」。魚をとっていきるガジュマル、除雪車に入ったまま冬眠している女性など幾人もの人間が絡み合いながらこの冬の時代の情景を描き出している。春を目指したゆるやかな旅があじわえる素敵な1篇だ。

全6篇をざっと紹介する。たのしい超監視社会

続く「たのしい超監視社会」は露骨なオーウェルの『一九八四年』パロディ。基本的にコメディ・ユーモア作品だけれども、最終的にはゾッとさせられるという点でパロディとしても監視社会物としても秀逸な出来。舞台となっっているのは、オセアニア・ユーラシア・イースタシアという3つの全体主義国家が1984年に栄華を極めた後、いろいろあって政治体制がグダグダになっていったはてにある2019年の世界。

日本はイースタシアに統合されており、『イースタシアの公営住宅はすべてネットワークの監視下に置かれており、三〇億人の国民は常に画面映えを意識している。』というように、みな常に監視されている。だが、常時監視体制は見方を変えればいつも誰かにみてもらえることであり、国民は画面映えを楽しんでいる。相互監視システムも発展していて、希望する同性の人物の監視をすることもできるのだが、このシステムを利用して歌や踊りを披露して2万人以上の監視者を集める人も現れ、その人物の信頼スコアは爆上がり──と、「たしかに監視社会」だけれども、「中にいる人達はぞんがい楽しんで受け入れている」様が、いろんなかたちで描き出されていく。

現実的な問題として人はつらいことをそう簡単には強制できないから、ありえるべきなのは人が自分から受け入れるような「たのしい」監視体制なのだろう。

全6篇をざっと紹介する。人間たちの話

続く書き下ろし作「人間たちの話」はあえて分類するなら「地味なファーストコンタクト物」。本作の中では特にお気に入り・やっぱり柞刈湯葉はこんなものも書けるんだ! と嬉しくなる1篇だ。怪獣やロボットに興味を持たず、「理解の及ばない異質」な何かを追い求めた研究者新野境兵と、35歳になった彼のもとに転がり込んできた甥である(境兵の姉の子どもである)累の2人の家族の物語である。境兵がやっているのは広義の宇宙生物学のようなもので、たとえば火星の地面をすくって、そこに含まれている成分からいったいどのような歴史があったのかを分析・研究する。

境兵は幼い頃から物の見方が人とは違っていた。端的にいえば少しズレた人間だったわけだが、それは父親を知らず母親に捨てられた累も同じであり、彼らがにわかには理解できない「人間たちの話」に振り回される様が描き出されていく。2006年に惑星の定義が見直され「冥王星」が惑星から外されたり、ウイルスは生物か無生物かと議論が続いていたり、不変の現実を人間は自分たちの勝手で好きなように空想する。そうした「人間たちの都合」と科学のズレについての物語であり、それが地球外生命の物語──「何を生命と解釈するのか」という主題と響きあっていく。科学の王道についての物語であり、森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』を思わせる1篇であった。

全6篇をざっと紹介する。後半3篇

「宇宙ラーメン重油味」はSF飯もの。SF飯って発想としてはわりとすぐに出てくる類だけど実際に小説としておもしろく描写するのは相当難しい(絵という強力な手段も使えないし)はずだけど、たとえば珪素を利用する生命にはシリコーン麺を提供するなど、わりと異種生物の描写と素材ごと変えてくる形で推しているのがうまい。

「記念日」はマグリットの「記念日」をテーマに書かれた1篇。30歳を迎えた男の部屋の中に突如として幅3メートルほどの巨大な石が出現した状況を描く。3メートルの石はとにかくでかい。そんなものは絶対にドアからは入らないから、そもそも誰がどうやって入れたのかもわからない。どうやって出したらいいのかもわからない、削ろうかどうしようか……と何もかもわからない状況で困惑しながら30歳という人生の大きなターニングポイントについてつらつらと考えていく。日記的な味わいがある。

「No Reaction」は透明人間物。作家デビューする前に書いた1篇だというが、他と遜色なくうまい。透明人間が自分がどのような存在なのかを検証するさまを通して、透明人間の人生を描き出していく。他人に触れられないし、気づかれないから、勉強しようにも本を読もうにも人がめくるのを待つしかない。ジャンプを自分の好きなペースで読めないかわいそうな存在なのだ。だから彼(男であり、なんと性欲もある)にとって重要なのはテレビと授業で──と、反作用はどうなっているんだ、見えない原理は、と科学的な道理も含めてちみちみと設定をつめていくのがおもしろい。

おわりに

「当たり前」とされていることを次々にひっくり返してみせる手付きが楽しい短篇集である。280ページぐらいの割合薄めなので、ぜひ手にとって見てね。あと、本書は表紙イラストを『日常』『CITY』のあらゐけいいちが担当しているが、いわれてみればこの二人、ユーモアのセンスというか方向性が似通っている気がする。表紙も最高で、見た時めっちゃテンション上がってしまった。