収録作は全10篇で、10ページに満たない作品も多いが、その発想や描写、演出の仕方はどれも独特でひねりがきいている。SFでは使い古されたアイデア(たとえば自分の最高のパートナーが統計・データ分析によって決定され、会ったこともない相手との相性が判別されるなど)もチャン・ガンミョンの手にかかれば新鮮な読み心地の作品へ様変わりしてしまうのだ。飛び道具のような手段を使っているというわけでもないのにここまで惹きつけられるのは不思議なものである。ページ数も300pちょっとと新☆ハヤカワ・SF・シリーズとしては小振りな方なので、サクッと読めるのも嬉しい。
作品をざっと紹介する。
何はともあれ作品を紹介していこう。トップバッターは、定期的に飲み続けることで相手への恋心が続くようになる薬を扱った「定時に服用してください」。無から恋心を生み出せるわけではないが、一度恋に落ちた状態を持続させることができる薬は、多くのカップルがその恋愛の初期に飲むようになって幸せを生んだが──。
あるカップルは、交際4年目に入る時自分たちはこの薬を飲むのをやめてもやっていけるのではないか、という考えを抱き、それを実行に移すことにする。はたしてその結果は──がオチとなるショートショート。同様の短篇は多いが、本作の場合は定期的に服用しなければいけない(からやめようと思えばいつでもやめられる)のがうまい。
ロマンス系としては「データの時代の愛」も良い。予測分析アルゴリズムによって二人の人間がその後何年付き合えるのか、相性の良さなどすべて分析してくれるようになった世界。そのアルゴリズムで5年以上付き合う可能性はほとんどないと診断がくだされた二人がそれでも付き合った末の結末を描き出していく。アルゴリズムは絶対で、うまくはいかないのかもしれない。それでも、人生は長いのだ。ロマンスだけでなく、人生から不確実性がなくなったら、というテーマも本作には描かれている。
「アラスカのアイヒマン」は50pある本作の中では長めの短篇。〈記憶細胞〉が発見され、ある人物の記憶・体験を〈体験機械〉によって別人に移し替えられるようになった、第二次世界大戦の爪痕がまだ消えぬ1960年代を描き出していく。その焦点となるのはタイトルにも入っている、ユダヤ人の虐殺に関与したアイヒマンその人だ。
たとえば、アイヒマンに、犠牲者の人生を体験させたら、彼は悔い改めるようになるのだろうか。アイヒマンは自分が体験機械を受けることの条件として、相手にも自分の人生を追体験させることを望むが、それは犠牲者にどんな考えを抱かせるのだろうか。我々人間は相手のことを真には理解できないが、それが可能になったらよりよい社会を築くことにつながるのだろうか? など無数の問いかけがなされていく。
「アラスカのアイヒマン」に限らず、チャン・ガンミョンの短篇でうまいと思うのは、こういう歴史や架空のテクノロジーを取り扱う時の描写の精密さ、ロジックの積み上げの巧みさだ。たとえばアイヒマンにそのまま体験機械を使うのではなくその倫理的な問題を議論する過程があったり、〈体験機械〉が人間にどのような変化を与えるのが、実際の科学者が一般人向けに行う解説のようにじっくりと描写されていく。
続いて「極めて私的な超能力」は表題作にして世間から隠れ潜んでいる超能力者たちの物語。たとえば、予知能力があると語る女性。その女性と偶然付き合うことになった、千里眼を持つ男。その男が後に出会う、記憶除去能力があると語る女性──4pの掌篇で特別な何かが起こるわけではないのだが、何かが起こりそうな、あるいはすでに何かが起こっているのではないかという予感が充溢する極めて素晴らしい作品だ。
宇宙もの
宇宙を舞台にした作品も3篇入っている。「あなたは灼熱の星に」は金星を探査している研究者らの姿を追ったドキュメンタリー番組と、なんとかそこから抜け出そうとする女性(とその娘)の脱出劇を描き出す一篇。本筋だけみればシンプルな話だが、普通のやり方では脱出できないので、娘は奇策として金星でロボットを使った初の結婚式を企画。それもパキスタン出身のムスリム女性との同性婚、結婚式のメインは自分たちの人生を綴った現代舞踊で──と複雑な文脈が交錯していく。鮮やかな一篇だ。
続いて、「アスタチン」は超知能を得た人間アスタチンと彼の息子たちの物語。超知能を得た彼は自分に関係する技術と関係者を消し去ったので続くものは現れなかったが、彼は自分の遺伝子を持った兄弟を大量に生み出し、みな元素記号の名がついている(語り手はサマリウム)。まるで宝石の国のような話だがアスタチンの兄弟たちは、唯一のアスタチンの座に座るため殺し合いを木星やら土星やら幅広い領域で繰り広げ、時に連帯し(連帯を良しとする統合連帯グループと、あくまで個別に戦うことを望む独立連盟に分かれていく)、超人たちが争い合うスペース・オペラ・キン肉マンというか、アクション・スペース・オペラのような特異な読み心地の作品になっている。
「アルゴル」も超人的な力を持ったものたちの話である。アルゴルA、B、Cと呼ばれる超人3人は同じ日の同じ時間に出現した存在だが、彼らの現実改変能力は最初は制御できず月と小惑星帯と火星で惨事を引き起こした。彼らは個々の力はそこまで強くはないが3人集まればあらゆる武器を変えるパワーを発揮でき、最初は調査に応じていた超人たちだったが、彼らはフォボスに逃げ出し、世界と対峙している状態だ。
語り手は彼らについて文章を書いている作家で、ある目的を抱いて彼らの居住地を訪問するが──。20pに満たない短い短篇なのだが、ラスト3pのスピード感が凄まじい。また、アルゴルの3人はそれぞれプロスペロー、マーリン、メディアと偉大な魔術師・魔法使いの名をお互い名乗っているのだが、これがまた笑うしかないオチに関わってきて──と、本作の中でも最も好きな一篇だ。
おわりに
こうして振り返ってみると超能力を扱った作品が多いとはいえるか。しかしその描き方も千差万別。韓国作家だからどうとかではなく(韓国が舞台の作品などほとんどないし)、シンプルにSFとして、あるいは文芸的におもしろい作品ばかりである。本作を読んでチャン・ガンミョンという作家にぞっこん惚れ込んでしまった。もっといろいろな作品を読みたいと思わせてくれる作家だ。