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17世紀のイギリスを舞台にシャーマンキング的能力を持った少女が生存を賭けて奮戦するファンタジイ──『影を呑んだ少女』

影を呑んだ少女

影を呑んだ少女

この『影を呑んだ少女』は『嘘の木』や『カッコーの歌』で主に児童文学方面から高い評価を受けているフランシス・ハーディングによる三作目にして最新邦訳である。

フランシス・ハーディングの過去二作はどちらも極上のファンタジイだ。知恵をつけすぎると女性は愚かになるといわれていた19世紀末。「大きな嘘をつけばつくほど、大きな真実を宿した実をつける」特殊な木を中心にした物語『嘘の木』。20世紀初頭を舞台に、問題を抱えながらも平穏に暮らしていた一家のもとへ取り替え子的にやってきた一人の少女=人間の物語のアイデンティティの在り方を問いかける物語『カッコーの歌』と、比較的シンプルなファンタジイ設定を「少女の自己の在り方」や「少女が自由を獲得していく過程」と共に描き出してきたのが特徴といえる。

ハーディングの作品を読んでいると、残酷な社会の論理がつきつけてくる悲劇をきちんと描き出す一方で、そうした「大きな流れ」に抗うカッコいい大人たちの姿、強い女性陣らの活躍に溢れていて、僕はそこがとても好きだ。本作もファンタジイ設定および歴史的記述のの複雑性こそは増しているが、その系列に連なる一冊となる。

本作のファンタジイ的設定

では本作のファンタジイ的な設定は何かといえば、キイとなっているのは「幽霊」である。この世界では動物が死ぬと霊になってあたりをさまよい始めるのだが、ある特殊な能力を持ったフェルモット一族はそうした幽霊を頭の中に格納しておくことができる。幽霊たちと対話をすることもできるし、身体を明け渡すこともある、そうしたいわば漫画『シャーマンキング』的能力を持った一族の物語なのである。

舞台となっているのは17世紀のイギリスで、ちょうど国を二分する内乱であるピューリタン革命の真っ最中。主人公である少女メイクピースは、父親がその特殊な能力を持った一族の血を引く人物で、身重の母親がそれを嫌って館から逃亡。以後一人で育てていたのだけれども、ある時暴動によってその命を落とし、メイクピースはその所在を一族に知られ、引き取られてしまうことになる。引き取られる分には別にいいんじゃない? 親はもういないわけだし、「幽霊を御する一族」なんて一見したところ格好いい設定じゃないかと思うのだが、実態はとてつもなくおぞましいものだ。

フェルモット一族はメイクピースのような存在がいくら生まれてもたいして気にはしないで放っておく。だが、そうした子どもが悪い夢を見るようになると、なんとしてでも見つけ出して家の中に引き入れようとする。どれだけ悪いことをしても追放せず、家の中に留めておくし、脱出しようとしたら絶対に連れ戻す。それは一族の血を引くものを大切にしているからではなく、「予備」としてだ。一族の歴史的な偉人、跡継ぎなどがなくなった時、その幽霊を身体に入れておくための「保管箱」として。

あるいは、永続的にその身体を乗っ取るための容れ物として。フェルモット一族はそうして特別な技術と知識を長年に渡って後世へと引き継ぎ、国家や権力者への影響力を増してきた。メイクピースはその事実を知り、当然ながら一族から逃げ出そうとするのだが、幽霊の力を身に着けた一族からそう簡単に逃れられるものでもない。

さらにはそこで唯一兄として慕っていた人物が、緊急的な容れ物として先祖の幽霊を詰め込まれてしまう。兄を救うため、フェルモット一族を潰すためにメイクピースは戦乱の世に駆け出していくことになる。自身の能力を用い、自分と身の回りの手の届く人たちを助ける、ただそれだけのために。

シャーマンキング

最初は霊を無闇矢鱈に恐れているだけのメイクピースだったが、物語が進むにつれて次第に彼らとのやりとりをおぼえ、自分の中にうまくその能力を吸収することができるようになっていく。そうした能力的な向上というか、能力の理屈っぽい部分が事細かに描かれていくのはこれまでの作品とはちょっと違う(そして面白い)部分だ。

彼女はフェルモット一族のもとに連れてこられる前に、実は地元でクマの幽霊を頭の中に宿していた。何しろクマなので意思疎通もとれないし、コントロールもできず、最初は脳内で反響するうなり声に苦しめられる日々であったが、時が経つにつれお互いに最適な距離感をおぼえ、強い信頼関係で結ばれていく。脳内に潜入し後続の幽霊らが入りやすくする任務を担った「潜入者」など多種多様な要素が本作には投入されているのだけれども、クマを脳内に飼った少女は強く、簡単にやられはしない。

ピューリタン革命期のロンドンというのは、イギリス全史を通じても激動の時代で、とりわけ「何が正義で、何が悪なのか」がわかりづらい時代だったといえる。そんな時代にあって、古い秩序を打ち壊すために立ち上がるものとしてメイクピースは存在している。最初こそ少女だったメイクピースが、激動の日々を通して自分自身の衝動をよく制御する、タフで知的な女性に変貌していく過程がたまらない。

「いつだってフェルモット一族が勝つ」モーガンは言った。煙のような影に小さな稲妻が弱々しく揺れる。「わたくしはあの方たちにお仕えしている。でなければ、すべてを失ってしまうかもしれない。わたくしはそういう世界に生きている」
「じゃあ、その世界が終わるとしたらどうする?」メイクピースは問いかけた。「なにかが起ころうとしてるよね? なにもかもがひっくりかえりそうで、だれもがそれを感じてる。もし明日この世界が炎に包まれて終わったとしたら、あなたは最後までフェルモット家の忠実なしもべだったことに感謝する? それより、一度でいいから、反乱を起こしてみたかったとは思わない? すべてを賭けて、その悪知恵を絞って、あの人たちに立ちむかってみたいとは?」

もちろんそんな彼女を補佐する幽霊たちがいる。最初から存在しているクマを筆頭に、その後医療技術を持った人間もいれば、戦闘の知識を持った人間も──と、誰に対しても誠実であろうとする彼女にたいして、次第に協力してくれる幽霊が増えていく流れは、児童文学というよりも少年漫画的だ。特に、幽霊たちとの信頼関係が構築されその能力を利用できるようになっていく後半などはシャーマンキング的である。

おわりに

特殊な能力を持った一族とイギリスの歴史が密接に交錯していく点では、エドワード・ケアリーによる《アイアマンガー》三部作との類似点も多い。《アイアマンガー》三部作はこの5年ぐらいで僕がもっとも心を持っていかれた傑作ファンタジイなので、まだ未読の方がいればぜひ手にとってもらいたい。
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