隷王戦記1 フルースィーヤの血盟 (ハヤカワ文庫 JA モ 7-1)
- 作者:森山光太郎
- 発売日: 2021/03/17
- メディア: 文庫
SFマガジン編集長の塩澤氏も何がなんだかよくわからないがとにかくすごそうな絶賛をしていて*1期待しながら読み始めたのだけれども──これはたしかにめちゃくちゃおもしろい! いまこんな異世界戦記が読めるとは。著者はあとがきで、田中芳樹の『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』、北方謙三の三国志や水滸伝といった戦記物が好きだと語り、世界観については、『ホビットの冒険』と『指輪物語』、『そして「ロード・オブ・ザ・リング」という映画が、世界を一から作ってみたいという夢を私に抱かせたことを思い出したのです』と語っているが、まさにそれらの血を受け継ぎ、新しい、作家の個性を出した形にまとめあげたな、という感じである。
もちろん僕は銀河英雄伝説もアルスラーン戦記も三国志も水滸伝も大好き。読書のキャリアとしては、SFやらノンフィクションを読み漁るようになるずっと前、小学生の頃は、もうそりゃ雨後の筍みたいに無限に刊行されている新選組小説やら司馬遼太郎やら宮城谷昌光やらといった時代小説、戦記物ばかり読んでいたから、そりゃもう好きにならないわけがない。そして、架空戦記ものの醍醐味はオリジナルの国家、オリジナルの世界独自の奥行きをどう出すのか? 異世界要素をどう配分し、どう混ぜ込んでくるのか? にあるが、本作はそこが十全に描きこまれているのだ。
世界観とか
というわけで内容を紹介してみよう。まず、舞台になっている場所はパルテア大陸というオーストラリアみたいな形の大きな陸地。そこが主に3つの地方によって分かれている。ひとつは12の大国が均衡を保つ西方世界、群雄割拠の世界の中央(セントロ)、そして史上初の覇者と呼ぶべき存在が現れた東方世界(オリエント)。
中心人物となるカイエンは草原の民と呼ばれる集団に属し、東方世界の端っこの方にいて、東方世界の覇者、エルジャムカ・オルダの征服をそれまで受けずにきたのだが、物語開始時点でその侵略をまさに受けようとしているところである。草原の民は総数30万人近く、戦える男だけでも10万人もいるが、それだけいても総兵力100万の東方世界には敵わない。服従すれば命は助かるが、男は戦の戦線に立たされ、女子供と老人は働かされ死んでいく。物語開始時点から難しい決断を迫られている。
ここでおもしろいのが、服従か、抵抗して皆殺しか以外に第3の道が残されている点にある。この世界には〈守護者〉と〈背教者〉という、人の感情を操ったり、業火を自在に操ったりといった特殊な力を持つ人間が極少数存在していて、草原の民の姫はその中でも人の心を操る能力を持っている。姫を差し出せば、奴隷にせず臣下として扱おう、と言ってきたのだ。姫の力がどれほどのものか、今は定かではないが、何十、何百万人といった人間の心を同時に操ることができるのであれば、戦局を一変させるほどの力を持ちうる。東方の覇者の目標は東方だけではなく大陸制覇にあるようで、そのためには必ず必要な能力といえるだろう。
能力のおもしろさ
この手のファンタジイ戦記でこの手の能力や魔法的何かをどのように表現するのかというのは難しいところだけど(ドラクエとかの魔法っぽくしすぎるのもどうなんだとかいろいろある)、本作の能力の質感はかなり好きだ。たとえば東方の覇者は〈人類の守護者〉と呼ばれ、その能力は槍も剣も銃弾も効かない邪兵を生み出すこと。代償コストは血の兵が使命を遂げた時、同数の命が地上から消えるランダム性の高いもので、自勢力から死者が出るとは限らないので、出し得の能力といえる。
それが〈守護者〉たちの王、〈人類の守護者〉たるエルジャムカに与えられた力だった。力を使うほど、民に無差別な死が降り注ぐ。為政者たりえない力であることは、自分が一番よく分かっていた。
心を操る能力を持つフランと深い関係にあるカイエンは、その引き渡しを阻止しようとするが、草原の民3万の命を失ったうえで、あえなく失敗。フランのおかげでなんとか命をつないだカイエンだが、身分としては奴隷に落ち、東方世界から世界の中央の一都市へと奴隷戦士として売られてしまう。そこで彼は死に場所を求めて日々を生きていくのだが──最終的にはその実力を認められ、その都市の姫様の護衛につくことになり、徐々に奴隷のランクから立場をあげていくことになる。
世界は今まさに乱世を迎えており、4つの諸侯が争いを無限に繰り広げている世界の中央は、このままでは東方世界の統一された攻撃に耐えることができない。ゆえに、一刻も早く誰か英雄が現れ世界の中央を統合し、東方の覇者を迎え撃たねばならないのだが──その役割を担わされるのが、『隷王戦記』の書名からいっても、奴隷の身に一度落ちたカイエンということになるのだろう。
卍解!!
この世界における能力者、〈守護者〉と〈背教者〉はそれぞれ7人と3人、計10人存在し、伝承としては両者は争う運命にあるとされる。一人いるだけで数万の戦力に相当するんだけど、その戦力感が絶妙だ。三国志の武将なんかは小説によってはほとんど怪物、一騎当千どころか一人で数千、数万を足止めするような豪傑のように描かれていることがあるが、本作の場合は能力者がそうした豪傑的存在になっている。
それだけの戦力に相当する能力+世界に10人しかいないので、派手な能力が揃っているのがおもしろいポイント。先程の東方の覇者の能力も疲れない兵士を何千も出せるんだから当然強く、人心操作も反則級なのはいうまでもない。後半に出てくる能力者には、「お前はジョジョの終盤に出てくるスタンド使いかよ」みたいなやつがいたり、業火みたいなシンプルな能力者も、手から炎を出すとかそんなレベルじゃなくて、一定範囲を焼き尽くすマップ兵器みたいな性能をしているのでヤバい。
たとえば、能力者の一人の能力発動シーンは下記のような感じ(一部抜粋)。
エフテラームが諦観を言葉に滲ませた時、頭上を覆う炎の空が波打った。
「……散れ、椿 」
刹那、数え切れないほどの炎の流星が降り注いだ。
この世界、別に能力を発動する時になにか呪文を唱える必要があるとかはなさそうなんだけど、「……散れ、
おわりに
と、そんな感じの本である。第1巻だけあって、物語の前半は下地づくり、世界説明が多くてドライブがかからないんだけど、後半からはもうノンストップ。終盤の覚醒のシーン、能力者同士の戦闘シーン、すべてが圧巻なんだわ。愛する彼女を奪われた復讐だけでなく、争うべきとされている〈守護者〉と〈背教者〉の運命に反旗を翻す物語でもあり、本当に3巻で終わるのか……? というほどの世界の密度と大きさを感じさせてくれる第1巻、おもしろいファンタジイ戦記がここにある!