まえがき
本の雑誌2020年2月号に掲載された新刊めったくたガイドの僕が書いたノンフィクションガイドをここに転載します。連載2回目。1回目は楽勝だったんですけど2回目は「え、もう次の締切なんですか!?」と焦っていた記憶がある。そのせいもあってか文章は今読み返したらぐだぐだで、転載にあたってけっこう書き直してしまった。
『21 Lessons』とかテーマが21ある本なんで紹介しづらいのもあるけど。この6冊の中でとりわけオススメなのはリサ・フェルドマン・バレットの『情動はこうしてつくられる――脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』ですね。これは面白い。
ここから原稿(けっこう書き直してます)
- 作者:ユヴァル・ノア・ハラリ
- 発売日: 2019/11/19
- メディア: Kindle版
現代社会が抱えている問題は、雇用の減少、複雑化する教育、気候変動など挙げはじめたらキリがないが、本書でハラリは明確な語り口でもって、複雑化する一方の現代の様相をわかりやすく描き出し、物事をじっくり考える糸口を与えてくれる。正直こうした「複数のテーマを論じます!」系って一個一個のテーマが浅くなるどうでもいい本になりがちなので(特にハラリは別に現代の諸問題の専門家でもなんでもないし)、全然期待していなかったんだけど、意外なことにけっこうおもしろかった。
一個一個のテーマも完全に分断しているのではなくて相互に繋がりあっていて、大上段から答えを導き出すのではなく「我々はこれから先どう考えたらいいのだろうか?」と問いと考え方のプロセスの提示に留めているのも好印象。個人的には映画『マトリックス』とオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』を引き合いに出して「我々は虚構の中から逃れることができない」と論じてみせるSFの章が好き。
情動はこうしてつくられる――脳の隠れた働きと構成主義的情動理論
- 作者:リサ・フェルドマン・バレット
- 発売日: 2019/11/11
- メディア: Kindle版
本書では、情動がどのように作られているのかを解き明かしていく過程で、こうした法や、政治や精神疾患など情動に関連した広範なテーマを扱っていくことになる。たとえばだけれども、「反省」したことを認めたときに罪が軽くなったとしても、人間には「反省」しているかどうか、「悲しみ」をかかえているかどうかなど客観的に判断することは不可能なのだ。fmRIをとってすら不可能なのだから、人間が顔をみただけで判断できるはずがない。これまで当たり前に用いられてきた常識を覆す理論であるだけに、議論すべき余地は多く残されているが、古典的情動理論が支配的な現代社会をあらためて捉え直す上で、是非とも押えておきたい一冊だ。
整理ができないひとにオススメしたいのが、『すべてがFになる』などのミステリーで知られる森博嗣による『アンチ整理術』(日本実業出版社)。森氏の日記に映り込む部屋を観ていればわかるのだが、氏の部屋は物で溢れていて、雑然としている。そんな人が書くのだから、ただの整理術であるはずもない。というのも、氏にとっての整理術とは整理をしないことであり、整理をする時間があるならば研究や創作を進めたい。そもそも何かを作っている時というのは、必然的に散らかるものなのだ──という、「アンチ」整理術なのである。物の整理の本ではあるのだが、思考や、人間関係の整理について、と取り扱われる整理の種類が変わっていくのも読みどころ。BLが開く扉 ―変容するアジアのセクシュアリティとジェンダー―
- 発売日: 2019/10/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
同性愛に否定的なイスラム教徒が多いインドネシアでは、BLを楽しむ女性であっても現実の同性愛には否定的な見解を持っている人が多いなど、国ごとに異なるBL文化が続々と明らかになっていき、BLを愛好していない人間が読んでも楽しめる、文化史的に興味深い論考が揃っている。
- 作者:ペトリ・レッパネン+ラリ・サロマー
- 発売日: 2019/10/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 作者:チャールズ ブラント
- 発売日: 2019/11/06
- メディア: 文庫
アイリッシュマンは、この男と親友といっていい間柄にあったのだが、なぜそんな彼が殺すことに至ったのか──という悲劇が、一九五〇年代から七〇年代にかけての、今よりも無茶苦茶が許された時代のアメリカ裏社会の様相と共に語られていく。優れた犯罪小説を読み終えた後のような余韻が残る快作だ。