基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人類の英知がこの一冊に詰まった文明速攻再始動マニュアル──『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』

この『ゼロから作る科学文明』は、もしもあなたがタイムトラベラーではるかな未来から過去の世界に飛んでしまい、さらに戻る手段がなくなったとしたらどうやって文明を再興するのか──について書かれた一冊である。

実はこれと同じ発想の本が5年前に本邦でも翻訳で刊行されている。それは『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』という本で、最初本書(ゼロから〜の方)の書名と内容をみたとき、あまりにも『この世界が〜』とかぶっていそうだったんで、「色んな意味で大丈夫なのかな?」とビクビクしながら読み始めたんだけど、きっちりこの世界が〜の著者ルイス・ダートネルからの推薦コメントも存在しているし、何より本の最初の前提の置き方がこの二冊では異なっているので、書かれている内容についても(かぶるところもあるとはいえ)かなりの差別化が図られている。

たとえば、『この世界が〜』の方で前提とされているのは、「明日この世界から文明が消えてしまった時、どうやって文明を再建するのか」ということである。我々の知る世界からの再建だと、すでに石油などの資源は取り尽くされており、そのせいでもはや再現不可能な技術や分化が存在するのだ。一方で、タイムトラベラーなら過去のどの時点で何が起こって、何が摂取できるのかは歴史的にわかっているし、資源も残っているので、基本的にそうした歴史的ポイントを拾っていくことになる。

ゼロからつくる科学文明

タイムトラベルっていってもどの時代からスタートするかで全然違くない? という疑問がまず湧いてくるが、本書はそれも幅を持って対応している。何しろ、本書の最初に入ってくるのが、「あなたがどの時代に取り込まれたのか判断するためのフローチャート」なのだ。そのフローチャートでは最初の質問は「ビッグバンはもう起こりましたか?」で、仮にそこでいいえと答えると即脇道に逸れ、それは理論的には宇宙誕生以前でありタイムマシンの外には出ないほうがいいでしょう、といって終わる。

本書が役に立つのは、地球が形成されていて、安定した大地と海が形成され、動植物たちが大地を闊歩しはじめ、ホモ属もいるかな〜? みたいな安定期となってからだ。悲しきタイムトラベラーに行われる最初の技術継承は「話し言葉」である。話し言葉とは何なのか、普遍的な特性は何なのか(すべての自然言語に代名詞が存在し、すべての言語に母音、動詞、名詞がある)、それぞれの役割は何なのかといったことが事細かく表にして説明されていく。続いて、基本的な5つの技術として(一つは話し言葉)、書き言葉、数字、科学的方法、余剰カロリーについての解説が続く。

おもしろいのが、タイムトラベラー設定なので、時代によって何を食べるべきなのかも異なってくることだ。人間はいるが、まだ農業などはまったく進化していない時代にいる場合、その人は何を食べるべきなのだろう? 紀元前78万年前はイチジク、オリーブ、エンドウ豆が食べられていたとみられている。紀元前4万年前なら、ナツメヤシ、豆類、大麦。紀元前3万年前になると、リンゴやオレンジ、野生のベリー類が。紀元前1万500年前あたりになると農牧業と動植物の品種改良が発明される。

食べられるものだけを食べていればいいというわけにもいかない。ビタミンAが欠乏した場合全盲になる可能性があるし、ビタミンB1が欠乏すると意識障害筋力低下など様々な症状がでる。Aはオレンジ、牛乳、ニンジン。B1は豚肉、玄米……と必要な栄養素と食材について、それぞれが紀元前のいつ頃、どの地域に存在していたのかと合わせて説明していってくれる。タイムトラベラーにならない限り使わない……と思うかもしれないが、このあたりは純粋に知識の見せ方、演出としておもしろい。

知識の有無が状況を一変させる。

「この世界が〜」を読んだ時も思ったことだが、たとえばパソコンやスマホがそう簡単に作れないのは誰でもわかるだろう。だが、世の中には意外と「知っているだけで圧倒的に利便性が上がる」知識や発想で溢れている。たとえば、食物はすぐに傷むので、保存食を作れるか否かは生存の可能性に直結する。

紀元前12000年前には食物を乾燥させることで日持ちを良くすることが判明していたが、その後紀元前2000年前に酢漬け、塩漬けの技術が、西暦1810年に缶詰が、1864年にはヨーロッパで低温殺菌の技術が、と段階を踏んで発展してきた。しかし、知識さえあれば、歴史を吹っ飛ばして長期保存できるのである。他にも、聴診器は極論紙を筒にして相手の胸に当てるだけでいいのだが、これが発明されたのは1816年とかなり遅い。女性の患者の胸に近づきたくなかった男性の医師が、紙を丸めて筒状にすれば耳だけで聴くよりもくっきりと聞こえることを発見したのだった。

もう一つ、もっとはやくに発明されていてもおかしくないものとして熱気球がある。火が生みだす熱い空気は上昇するので、その上に布袋をかぶせれば、袋は熱い空気で膨れて、空をのぼっていくことができる。これがはじめて発明されたのは1783年のことだ。必要なものは布と火という人類が太古の昔から持って、扱えたはずのものだったのに、それだけの時間がかかったのだ。

 十分やる気があれば、熱気球を作るのに、文明すら必要ありません。新石器時代で、スピンドルや紡ぎ車すらなくても、ひとりの人間が生涯をかけてこつこつと、十分な量の植物と動物の繊維を集め、十分なだけの糸を手で紡いで、熱気球を作ることは可能です。これが可能だった20万年以上のあいだ、誰もそうしようとは思いませんでした。

おわりに

最初は何が食べられるのか、家畜化はどうするのかといった地味な話をしているのに、次第に水車の作り方、蒸気機関の作り方、セメント・コンクリートの作り方、と技術・文明レベルがアップしていき、最終的にはコンピュータの作り方にまでたどり着いてみせるので、同じく文明崩壊後にゼロから科学文明を立て直す必要にかられた少年たちの漫画『Dr.STONE』を読んでいるようなおもしろさがある。

文明の発展過程を丁寧にみていくことで、複雑な技術に思えても、それが実は昔のシンプルな技術の組み合わせかその発展型として成り立っていることがわかってきて、一冊読み通すことで「現代文明がどのような技術と知識のもとに成り立っているのか」を実感させてくれる一冊だ。『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』とはまた別側面のおもしろさのある本なので、どちらもおすすめである。