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イスラエルのSFを集めた、恐ろしく質の高い傑作アンソロジー──『シオンズ・フィクション』

この『シオンズ・フィクション』は、イスラエルSFの傑作16篇を集めたアンソロジーである。訳者の一人である山岸真さんが本の雑誌などで凄い凄いと書いていたので期待していたのだけれども、読み始めてみれば、たしかに恐ろしく質が高い作品が揃っている。それも、イスラエルの文化や歴史を反映させた、あまり味わったことのない発想や表現が出てくるので、4篇ほど読んだところでイスラエルにこんなスゲーSFの書き手が存在していたとは……と幽遊白書の魔界トーナメントの気分を味わった。

しかし、それも不思議なことではないのかもしれない。編者二人による巻末に置かれた「イスラエルSFの歴史」は、『イスラエルという国家は、本質的にサイエンス・フィクション(SF)の国とみなしてもかまわない──地球上でただひとつ、一冊ではなく二冊の影響力ある驚異の書を霊感源として生まれた国なのだ。その二冊とは──ヘブライ語の聖書と、シオニストの理論的支柱、テオドール・ヘルツルが二十世紀初頭に著したユートピア小説『古く新しい国』(未訳)である。』と書きはじめられている。

「イスラエルという国家は、本質的にサイエンス・フィクション(SF)の国とみなしてもかまわない」というのは力強い宣言だ。ちなみに、この引用部での言及はサイエンス・フィクションだが、本書の原題は『Zion’s Fic­tion: A Trea­sury of Israeli Spec­u­la­tive Literature』で、作品傾向としては科学よりもスペキュレイティブ・フィクション(思弁小説)に寄っている。思弁小説とは、科学技術的側面から離れて人間の行動のための新しい状況、新しい枠組みを生みだすためのジャンルであるが、定義としては広い。これは、短篇を紹介していくうちにある程度把握できるはず。

全16篇で歴史の話も80ページほどあり、総ページ数としては700を超えるが、その分がっつりと四つにイスラエルSFに組み合っている。ほとんどの作品は今世紀に入ってからの作品で、いま・ここに近いイスラエルSFを味わうことができるだろう。

短篇をざっと紹介する。

というわけでここからは収録作の一部をざっと紹介してみよう。トップバッターは日本でも邦訳がいくつもある評判の高い作家ラヴィ・ティドハー。数百年後のテルアヴイヴの宇宙港周辺を舞台にし、驚異的な技術力を持つ〈他者〉によって、一族すべての記憶を子孫に残し、いつでも引き出せるようにした、中国、ロシア、ユダヤと複雑な来歴を持つ一族と土地の記憶についての物語である「オレンジ畑の香り」。失われたテルアヴイヴのオレンジ畑の香りが立ち上ってくる、情感の籠もった一篇だ。

続いて、ジャーナリストや書評家としても活躍するガイル・ハエヴェンによる、加速促進幼児成長技術が蔓延し、人口が急増した人類社会で、そうした技術を使わずに〝スロー〟でいることを選んだスロー族と、彼らを保護地区に押し込み管理する人々の埋められない〝認識の差異〟と〝差別〟を描き出した「スロー族」もすごい作品。スロー族を管理するもの達は、スロー族の影響──「活力低下現象」がなぜか外のエリアに広がったことから保護地区の閉鎖を決定するのだが、この件について協定と違うと訴えかけるスロー族の女と、彼らを未開人と嘲る研究者の会話は、人と人が決してわかりあうことのできない溝を持つことがあるという恐怖を描き出している。

300年ごとにタイムトラベルし、その時代の知識や文化を残そうとする〈惑星地球の統一連合図書館〉の人間がやってきた時代は、ロボットらがバックアップからの復活を繰り返しエイリアンの侵略と戦い続けている未来の地球で──という新時代のアレキサンドリア図書館を描いたケレン・ランズマン「アレキサンドリアを焼く」。

ガイ・ハソンによる「完璧な娘」はテレパシー物で、死者の身体に触ることでその記憶を引き出すことのできる人々の物語だが、ある時一人の少女は、訓練過程で触った死体の少女の記憶に深く惚れ込んでしまい、自他の区別さえも曖昧になって暴走し始める。この「完璧な娘」、話としてはシンプルなのだが、どのように死体から記憶を引きずり出すかや、記憶を見られるせいで、記憶にばかり意識がいって物証を見逃しがちになるとか(死因をさぐれ、という課題を与えられ、手首の傷を見逃すなど)テレパシーの細かな部分の描写が素晴らしく、個人的に大好きな作品になった。

すべての星の光が消えた夜に生まれた少年が、星のある世界を想像しながら空を見上げるナヴァ・セメル「星々の狩人」は情景が素晴らしい。残酷な〈神〉や〈天使〉が実在する世界で神を殺すため行動を開始する不信心者たちの物語ニル・ヤニヴ「信心者たち」も、決定的に変質してしまった世界の物語で、ラストは圧巻。〈疾病〉や〈老齢〉、〈事故〉に〈戦争〉といった様々な死因を扱う死神が実在する世界で、とある死神と結婚することになった一人の女性視点からこの不可思議なコミュニティが描かれていくエレナ・ゴメル「エルサレムの死神」も世界の作り込みがおもしろい。

可能性の世界を観測し、縫合することで望む世界を作り出せる男と、世界の可能性は有限か/無限かを議論するペサハ・エマヌエル「白いカーテン」。本書にはもう一つ並行世界ものとして、別の可能性を辿った人生を見ることのできる占い師と、未来の自分を殺してしまったと悩む一人の男の物語エヤル・テレル「可能性世界」がある。

女に捨てられ、空からUFOが降りてきて、ロバが喋りだし、自殺しようと銃を持って砂浜へと向かうボロボロになった男の日常を描くニタイ・ペレツ「ろくでもない秋」。ラストを飾るのは、いじめられっ子の少年がSFやファンタジーによって強大な助力を得る、本作のラストにふさわしいシモン・アダフ「立ち去らなくては」だ。

おわりに

ここで詳しく紹介できなかった作品にも、夢を介したテレポーテーションによるドタバタを描き出す「男の夢」、超巨大マウスとの戦いを描き出す「シュテルン・ゲルラッハのネズミ」、特殊なパズルゲームの世界記録に挑む一家の物語「二分早く」など、イスラエルならではの情景と想像力を堪能できる作品が揃っている。

世界にはまだまだおもしろい物語がある、と実感させてくれる一冊だ。ちなみに、電子書籍版も出ているが表紙の手触りがよく本がカッチョいいので紙もいい。