基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

早川書房の2000作品以上が50%割引の電子書籍セールがきたので、新作SF・ノンフィクションを中心にオススメを紹介する

ブラックフライデーに合わせて恒例となっている早川書房の50%割引のセールがきているので、今回も一年以内に刊行された新刊を中心におもしろかった作品を紹介していこうかと。夏頃のセールが2700点がセール対象だったのにくらべて今回は「2000作品以上」ということで、特に直近半年ぐらいの作品はあまりセール対象になっていないようだが、それでもおもしろい本はたくさんあるので観ていこう。
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最初はSFから

引き続き劉慈欣作品の多く(『三体』三部作からスピンオフの『三体0 球状閃電』や『三体X 観想之宙』や短篇集の『円』など)がセール中なのでまだの人にはひとまずおすすめしておくのと(最新刊の劉慈欣長篇デビュー作『超新星紀元』はセール対象外)、アンディ・ウィアーの傑作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』もセール対象。
回樹

回樹

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それ以外のめぼしいものでいうと、近年ミステリにSFにと活躍著しい斜線堂有紀による『回樹』は今年刊行の中では一、二を争うおもしろさのSF短篇集だ。

もともと斜線堂有紀は、二人以上の人間を殺すと天使によって地獄に引きずり込まれる特殊な世界での連続殺人事件を描き出す長篇『楽園とは探偵の不在なり』(こっちもセール中)や、紙の本が禁じられ、本の内容を人間が暗記して口伝で内容を伝えていく世界で、”同じ本について二者が別々の内容を語っている時、どちらが正しいのか”と主張し合う論戦をミステリー風に描き出していく短篇「本の背骨が最後に残る」など、特殊な世界観・設定の構築とその演出力がずば抜けた作家であった。

『回樹』でもその才能は存分に発揮されている。”人の死体を吸収し、その人物のことを愛していた人間は、その樹木のことを愛する”ようになる特殊な性質を持った回樹が存在する世界で、女性カップルの愛を問う表題作。映画に魂が存在する世界で、新たな傑作を世に生み出すため、魂を解放するために100年前の傑作群を二度と見れないようにフィルムを焼いて葬送していく「BTTF葬送」。1741年の奴隷制度が残るアメリカで、黒人奴隷と白人の中身が入れ替わり、”人種の境界なき酒場”が成立していく「奈辺」など、飛び抜けた発想と演出の組み合わさった作品が揃っている。第十回SFコンテストの大賞受賞作である小川楽喜の『標本作家』も創作・作家をテーマにした素晴らしい長篇だ。西暦80万年のはるかな未来、玲伎種(れいきしゅ)と呼ばれる高等知的生命体によって地球は支配されている。人類はとうに滅亡済みだが、一部の作家だけは玲伎種らが人間の芸術を学ぶために生かされている。

玲伎種にとらえられている作家らは、たとえば明らかにオスカー・ワイルドがモチーフのセルモス・ワイルド、メアリー・シェリーを彷彿とさせるソフィー・ウルストンなどであり、彼らが二度目の生を過ごすにあたって、玲伎種に何を望むのか。そして、蘇った彼らはどのような作品を書こうとするのか──そうした議論、テーマの追求のおもしろさは時代の異なる英霊たちが集うFateなどにも通じる魅力がある。

長谷敏司の新たなるSFの代表作『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』もセール中。長谷敏司は『BEATLESS』などAIと人間の未来についての物語を多数生み出してきたが、本作(『プロトコル〜』)もまたその系譜に連なる長篇である。舞台は2050年、事故で右足を失ってしまった男性のダンサーを主人公に据え、彼がAIを搭載した義足を使って、再度ダンサーを──それも、義足を、AIを使うからこそのダンサーを──目指す物語である。ダンスはこの時代、人間よりもロボットの方が正確に踊る。

人間が、ロボットと比べて完璧さに欠けるダンスを踊ることにどんな意味があるのか。AI義足と人間のあらたなダンスのかたちは、どんなものになりえるのか──そうした現代人がダンス以外の部分でも直面しつつある問題に、本作は真正面から向き合っている。2022年刊行の作品だが、その年もっとも記憶に残った長篇だ。

あとグレッグ・ベアの傑作中篇二つを合わせた単行本『鏖戦/凍月』もセール中。どちらも1980〜90年代の発表作で古めの作品ではあるのだが、最先端のテクノロジーを貪欲に吸収し、それを壮大なヴィジョンに仕立て上げてきた作家で、作品傾向としては『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のアンディ・ウィアーなどと近い。特に鏖戦は大量の造語で異星種族の思考とヴィジョンを描き出す傑作である。

シリーズもの

最後にSFの中でもシリーズ物のセール対象品をいくつか紹介していこう。フランケンシュタインやジキル博士の”特殊な能力を持った娘たち”がヴィクトリア朝時代を舞台にかけまわる《アテナ・クラブ》シリーズが細心の『メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行 2ブダペスト篇』までセール中。第二部の欧州旅行編ではヴァン・ヘルシングの娘が登場し吸血鬼絡みの事件が展開するが、ロンドンからウィーンへと向かう旅路などもじっくりと描かれていて、旅小説・歴史小説的な魅力も濃い。無数の作品のマッシュアップでいうとジェイムズ・ラヴグローヴによる《クトゥルー・ケースブック》三部作も良い。今月最後の三作目『シャーロック・ホームズとサセックスの海魔』が出たばかりだが、そのタイトル通りにホームズとクトゥルーのマッシュアップ作品である。推理と論理とバリツで戦ってきたホームズが、その力が通じぬ相手といかに立ち回っていくのか──といえばそこはさすがのホームズで、『ネクロノミコン』も読めばルルイエ語も操って、見事にコズミック・ホラーの世界に適応していく。第二部目までセール中なので、この機会によかったらどうぞ。今年は実は冲方丁のSF方面の代表作《マルドゥック》シリーズの20周年なのだが(スクランブルが刊行されたのが2003年のこと)、未だにシリーズは続いていてその最新巻(アノニマスの8巻)までが全部セール中。一言でいえばサイバーパンク風の世界観で、身体を改造した女や男たちが特殊な能力を駆使して戦うサイバーパンク☓異能バトルである。特に最新シリーズのアノニマスについては、何十人もの能力者が入り乱れ”勢力”vs”勢力”とでもいうべき戦争が繰り広げられ、それ以外の面でも”正義”をめぐる市議会選が展開し──と、バトルに政治にと今展開的にも熱い場面だ。

ノンフィクション

今年のノンフィクションの大きな話題のひとつだったのが早川書房が新しく新書シリーズを立ち上げたことだった。毎月かなりの数の新書を出してくれていて『ソース焼きそばの謎』や解剖学者、言語学者、メタバースなど多様な観点から「現実」について考える『現実とは?: 脳と意識とテクノロジーの未来』などおもしろい本がいっぱいあるのだが、セール対象作品でおすすめなのは『ChatGPTの頭の中』だ。

著者は理論物理学者やソフトウェア開発企業「ウルフラム・リサーチ」の創業者で、映画『メッセージ』では異星人の文字言語や恒星間航行に関する科学考証を担当した多彩な人物。本書では、世間を騒がせ続けるChatGPTについて(僕もプログラマなのだが課金して毎日使っている)、その仕組みの基礎を図版多めで解説している。

たとえばChatGPTはそれらしい文章や応答を返してくるが、これは基本的には確率に基づいて順当な続きを出力している。ではその確率の算出や調整はどう行われているのか──と説明していくのである。たとえば純粋に「次に来る確率が高い単語」だけを出力しているわけではなく(それを続けるとなぜか単調な文になってしまう)、時々はランクの低い単語をランダムに選んでやることでもっと興味深い文章が生成されるとか。『引き続き魔術めいた言葉を使うが、ランクの低い単語を使う頻度を決める「温度」というパラメータが存在し、小論文を生成する場合には、この「温度」を0.8に設定すると最もうまく機能することがわかっている。p12』

プログラミングやアルゴリズムの話も出てくるので誰もが理解できる簡単な本というわけではないのだが、その分しっかり理解したい人にはおすすめだ。

『社会正義」はいつも正しい 人種、ジェンダー、アイデンティティにまつわる捏造のすべて』もセール中。本作は山形浩生訳者解説が炎上しnoteから取り下げになるという嫌な意味で話題になったが、〈社会正義運動〉が正しい場合もあれど時に悪意に満ちた弱いものいじめになって対象者のクビや仕事のキャンセルに繋がってしまうような現在の状態が、なぜ引き起こされるようになったのかを解説する一冊である。

よって本書は、この種の学術的な下地はないが、それが社会に与える影響を見て、その仕組みを理解したいと思っている門外漢向けだ。公正な社会は重視したいが、〈社会正義運動〉はどうもそれに貢献していないとしか思えず、それに対して一貫した誠実さを持ってリベラルな対応をとれるようにしたいと望むリベラル派のための本だ。政治的立場によらず、思想の検討と検証と社会発展の手段としての思想の自由市場を信じ、〈社会正義〉の正体に取り組みたい人のために書いた。*1

刊行当時すぐに読んだもののポリコレ思想、運動の源流を歴史的に辿っていくと1970年代に流行したポストモダニズムにあるのだ──という真面目な部分と社会正義運動への露悪的な批判部分が同居していることもあって当ブログでは取り上げることが難しかったが、意義深い内容であるのは間違いない。

あと普通に買うと5000円以上するリチャード・ドーキンス『ドーキンスが語る飛翔全史』も50%オフになっているのでかなりお得。単行本も電子書籍もフルカラーで、翼を持った美しい動物たち(美しくないのもいるし、空中を浮遊するプランクトンみたいな生物も取り上げられているが)のイラストがたくさん載っている。

そうした動物たちのことを取り上げながら、なぜ進化の過程で「飛翔」できる生物が生まれたのか? 「飛翔」に利点があるから残ったのだとしたら、なぜ翼を失う生物がいるのだろう? など、飛翔にまつわる科学的ウンチクが列挙されていて、かなりおもしろい本ではある。難点をいえば半額でもなお2600円することぐらいか……。

他、ノンフィクション文庫からのおすすめでいうと、『マネー・ボール』など数々の傑作をものにしてきたマイケル・ルイスによるアメリカでのパンデミックとの戦いを描き出す『最悪の予感 パンデミックとの戦い』。通貨主権を持つ国はいくらでも貨幣を自国で刷れるのだから、財政赤字がどれだけ拡大しても基本的に問題がなく、財政赤字こそが危機を脱する唯一の道だというMMT(現代貨幣理論)について、第一人者が書いた『財政赤字の神話 MMT入門』あたりが最近だとおすすめ。

おわりに

ざっと紹介してきたが前回紹介の作品も基本的にセールになっているのでこれじゃあおすすめが足りん! という方は下記記事なども参照してみてください。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

*1:ヘレン プラックローズ; ジェームズ リンゼイ. 「社会正義」はいつも正しい 人種、ジェンダー、アイデンティティにまつわる捏造のすべて (p.21). 株式会社 早川書房. Kindle 版.