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能力者達による対話篇──『製造人間は頭が固い』

製造人間は頭が固い (ハヤカワ文庫JA)

製造人間は頭が固い (ハヤカワ文庫JA)

本書『製造人間は頭が固い』はブギーポップシリーズを筆頭として数々の作品で知られる上遠野浩平さんが、SFマガジンに不定期掲載していた6篇をまとめ、さらに各話に対して後日談的な「奇蹟人間は気が滅入る」が書き下ろされた一冊になる。

上遠野浩平作品ではおなじみの統和機構が中心となり、合成人間などの"特殊能力持ち"が跳梁跋扈する作品でありながらも、その本題はバトルにはなく武力均衡の果てに成立する"対話"、あるいは圧倒的な戦力差を均衡させるための"交渉"にあるというのがおもしろく連載時から大好きな作品であったが、まとまるとさらに良い。

他の世界観が繋がっている上遠野作品と同様に、必要な説明は全て行われるので本書も単独で読んでもまったく問題ないように出来ている。なので、興味を持った場合はこれが最初の上遠野作品であったとしても安心して読み始めてもらいたい。もう少し内容を詳しく説明すると、基本的には交換、製造、運命、文明など各種概念に対して能力者共が対話・意見を応酬していく、"対話集"である。ただ対話をしていくだけではなく、その状況は多くの場合やるかやられるかの緊張感を伴うものになっている。

何しろ中心人物となる"製造人間"ウトセラ・ムビョウは人間を特殊な能力を持つ"合成人間"に作り変えることのできる特別な能力を持っており、世界の命運を握るともいわれる男である。当然、合成人間が生み出され続けることを疎む人間にとってはもっとも排除すべき敵であり、統和機構の組織内にあってもあまりに特異すぎる立ち位置のために敵は多い。にも関わらず、製造人間自体には戦闘能力は皆無であり、多くの場合頼りになるのは弁舌のみ──(武器と認識しているかはともかく)になるのだ。

「あなたに限らない。ヤツと対面する者は、世界にどんな価値があるのか、人間はなんのために生きているのか、そのことの意味をアイツに説明して、説得して、論破しなければならない──何故なら、アイツは反論するだけで、自分ではなんにも決めようとしないから。それが製造人間の基本的なスタンス。わかった?」

簡単に世界観とか

とまあ、ソクラテスみたいに面倒くさいやつなのだけど、その彼が所属しているのがが"統和機構"と呼ばれる組織、仕組みである。これは、現生人類を駆逐する可能性を持つ超人類たちを抹殺するために世界中で活動している者達の集まりであり、製造人間はその能力で統和機構の戦力たる"専用兵器"製造を一手に引き受けているわけだ。

各篇をざっと紹介する

第一篇「製造人間は頭が固い」は、その特殊能力を持つ製造人間に対して、一般人の両親が、死にかけた子供を連れ「この子を合成人間にしてくれ」と交渉を開始することからはじまる。合成人間に適合した場合は、身体がつくりかえられ、治療の見込みのない我が息子も助かるからだ。ただ、製造人間は先に引用した通りの人間なので、様々な反論/疑問を一家に対して提出する。僕は大きな責任とルールを負っている、ゆえにそれをわざわざ覆すに値する、相応の理由はあるのだろうか──? と。

第二篇「無能人間は涙を見せない」では、"無能人間"と呼ばれる少年と製造人間が、製造人間を狙う勢力〈プレジィー〉の奇襲ギリギリ隠れ、潜んでいる状況での対話がメインとなる。果たしてなぜ襲われたのか? 誰か内通者がいるのか? といったプロットと同時に、対話としては「生きているとはどういう状態のことか?」「無能であることは悪いことなのか?」といくつものテーマに渡って展開する。

他人の足を引っ張るのが悪いことだというのは、その他人とやらが完全に正しい場合に限られる。しかしそんなことはあり得ない。どこかに必ず、悪い面が隠れている。だからそいつの足を引っ張って邪魔してやることは、もしかしたら世界にとって正しいことかもしれない。

第三篇「双極人間は同情を嫌う」では、戦闘においてヤベー能力を持っている二人の特別製の能力者である双極人間と製造人間との対話──、「圧倒的な力を持ちながら、このまま統和機構に協力する人生で良いのか。もっと素晴らしい幸福があってもいいのではないか。しかし、その道を模索したとして本当に幸福になれるのかは不明瞭だ。」という大きく二つの選択肢の間で引き裂かれた感情が描かれていく。

第四篇「最強人間は機嫌が悪い」は文字通り最強の能力を持つフォルテッシモと製造人間との間で、前篇からの引き続きのテーマともいえる「強大すぎる力を、いかにして使うべきなのか」が語り合われる。たとえば製造人間の能力は場合によっては自分に都合の良い人間だけを合成人間にして、そのすべてを配下にすることで大能力者帝国をつくりあげ、世界征服を目指すことだって可能なのではないだろうか?

第五篇「交換人間は平静を欠く」と第六篇「製造人間は主張しない」は世界の本質とは交換であり、「世界は交換で成り立っている」と主張する、交換系の能力を持つローバイと製造人間の対話──というよりかはここに関しては真正面から能力バトルを描いていて、これがまたロジカルかつスマートで楽しい。製造人間と、その製造人間がなぜか側においている無能人間との関係性が一歩前進/一段落する話でもある。

おわりに

能力者同士の対話、何をどう考えているのかといったことが多く明らかになり、上遠野ワールドへの深掘りが行われていったのもおもしろかったけど、ヤベー能力者たちがあくまでも淡々と"対話"を行っているのがやはりいちばん好きだなあ。ヤベー戦力の持ち主同士があくまでも賭け事で勝負する『嘘喰い』的なおもしろさがある。あと、各篇の間で書き下ろされている「奇蹟人間は気が滅入る」は、内容を補完し、全体を統合するための掌編といった感じで、これがあることできちんとお話としてオチているな、と思わせてくれる内容なので雑誌購読者も読むべし。