はじめに
本の雑誌2021年1月号に載った原稿を転載します。毎回、連載ではある程度取り上げる本の間に話題的なつながりだったり連続性があったらいいな〜と思いながら選んでいるんだけど今回は見事に一切何の繋がりもない本ばかりである。虚構のプロパガンダに色覚本に独学にスケールに……驚くほどにばらばらだ。でも一冊一冊はどれもそのテーマの中で興味深いものばかりなおんでぜひ手にとって見てね。原稿はちなみに天才にあたってかなり手を入れています。
本の雑誌原稿
ローン・フランク『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』(赤根洋子訳/文藝春秋)は、脳に直接電気刺激を与えて、うつや統合失調症を治し、同性愛者を異性愛者に変えようとして、世間から批判を喰らった科学者ロバート・ガルブレイス・ヒースの生涯とその研究をあらためて問い直す一冊だ。脳に電気刺激を直接与える治療は現代では一般に用いられるようになったが、ヒースがやったことはその先駆けだった。この治療法は、単に病を癒すにとどまらず、報酬系の中心部である側坐核に電極を埋め込み、自分の幸福度を自分で決められるようになった時、そこに制限をかけるべきか否かといった問いかけにも繋がってくる。「人間の行動はどこまで制御されるべきなのか」という、根源的なテーマが全体を貫いている傑作ノンフィクションだ。
操作される現実―VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ
- 作者:サミュエル・ウーリー
- 発売日: 2020/11/04
- メディア: 単行本
たとえば近年、人工知能による自然な文章生成の技術も進歩を続けていて、海外のインターネット掲示板のRedditでは、新しい言語モデルGPT-3を用いたbotが人間にバレずにひそかに書き込みを行っていたことが明らかになった。botによる投稿は実に自然で、自殺志願者に適切なアドバイスを与えるような高度な応答を行っていた。
最終的にバレたのだが、それも内容がおかしかったからではなく、1分間に1回という人間離れしたの応答速度が怪しまれたからだった。こうした技術がスパムや利益誘導に使われるのは間違いないが、AIによる文章生成を見破るためのチェックAIも作られつつあり、AIvsAIといった状況である。だが、技術がどう用いられるかについての知識があれば、我々も見破ることができる。操られたくなければ、抑えておきたい一冊だ。
www.technologyreview.jp
「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論
- 作者:川端裕人
- 発売日: 2020/12/25
- メディア: Kindle版
そうした事情もあり、色覚検査の再開の動きが出始めている。しかし、それはかつて色覚異常に実質的な害がないにも関わらず、就ける職業が制限された差別の時代の再来に繋がりはしないか。また、現在の最先端の色覚検査によれば、軽微な色覚異常といえる人が四割もいるという。つまり、人の色覚は正常/異常で単純に分けられるものではなく、現代の最先端の知識と基準で、色覚についてもう一度考え直す必要があるはずだ。その問題に本書は社会と科学の両面から組み合っており、読み応え十分。
独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法
- 作者:読書猿
- 発売日: 2020/10/21
- メディア: Kindle版
- 作者:バーバラ・トヴェルスキー
- 発売日: 2020/11/06
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
たとえば、朝食、昼食、夕食のマークを自由に並べさせる実験を行ったところ、ほとんどの人が食事の順番を横向きの一直線に並べ、その時間の向きは、英語話者であれば左から右というように人の読み書きの習慣で異なった。そうした時間認識の傾向は、漫画の中で時間をどう表現するのかという表現論にも関わってくる。
- 作者:ジョフリー・ウェスト
- 発売日: 2020/10/15
- メディア: 単行本