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オランダ史上最悪の犯罪者と呼ばれた兄を告発した妹による、壮絶なる体験記──『裏切り者』

本書『裏切り者』は、映画にもなった「ハイネケンCEO誘拐事件」の実行犯として知られ、その後も犯罪を重ね「オランダ史上最悪の犯罪者」と恐れられるまでになった男ウィレム・ホーレーダーについて書かれた犯罪ノンフィクション/体験記である。

現在ウィレムは逮捕され、終身刑を食らっているのだが、彼の罪を告発し終身刑にまで追い込んだのは実の妹で、本書の著者であるアストリッド・ホーレーダーなのだ。本書は著者が幼少期を過ごした1970年代から、ホーレーダー家がどのような家庭環境だったのか。また、著名な犯罪者の実の妹として日々を過ごすとはどういうことなのか。兄を告発すると決めた決定的な理由、そして告発を決めた後の戦いが、まるでスパイ小説か映画のような緊迫感の中で描かれていくことになる。

とはいえ、実の妹なんだから信頼されているだろうし、別に告発もそんなに難しいことじゃなくない?? と思っていたのだけどこれが思った以上に壮絶な関係性で、妹だから許されるとか殺されないとか、そんな保険が一切存在しないことが読み進めるうちにわかってくる。何しろ、最終的に告発は成功し終身刑にしたといっても、ウィレムは多数の殺しを厭わぬ仲間を抱え、獄中から妹の暗殺指令を出すことに成功したせいで、いまだに著者とその家族は心安らかに過ごすことができないのだ。

著者自身も最終的にそうなることは予測していて、数年に渡る情報提供期間中、バレたら殺されるのは間違いないので命を賭けて立ち向かっていく。正直、オランダで有名な犯罪者といっても聞いたことないし、あんまり興味ないかな〜と思いながら読み始めたのだけどおもしろすぎて一気に最後まで読んでしまった。

どのような家庭で育ったのか。

ウィレムと著者ははどのような家庭で育ったのか。ウィレムは後に犯罪者となって家族中に迷惑をかけるのだが、迷惑なのは彼だけではなく、その父もであった。浴びるように酒を飲み、母の交友関係に口を出し、仕事をやめさせた。絶え間なく恫喝し、毎日ボスは誰だ? と怒鳴りつけ、ボスはあなたです、と答えさせていたという。

著者は4人きょうだいの末の子で、上にウィレムを含む二人の兄と、姉が一人いる。父に殴られ、恫喝されるのは子供も同様で、散々な幼少期を送っていたようだ。ある時父親に反抗的な態度をとり、出ていけ、と言われこれ幸いと母と姉と兄と共に出ていって、4人で家を借りて暮らし始めたら周囲の圧力を使ってまた戻るように仕向けさせる、父に習って兄二人も妹を殴っていうことをきかせようとするなど、とにかく、特に幼少期に関しては母親以外すべてが最悪の家庭環境という他ない。

状況が変わるのは著者が15歳の頃で、いつものように父親が暴れていると、(著者の)兄のヘラルトの中で何かがぷつんときれたのか、父に猛然と向かっていき、顎をきれいに拳でぶちぬいて、その独裁に終わりを告げる。一家は家を出て、ウィレムはその後地下の犯罪組織に自分の居場所を見出すことになる。

ウィレムに受け継がれた暴力

父親から逃げることに成功した著者らだったが、次に家族を支配するのはウィレムだった。ウィレムがハイネケン誘拐事件を起こし逮捕されたことで、ホーレーダー家は一切無関係だったにも関わらずやりとりは監視されるようになり、世間から「犯罪一家」とみなされるようになった。『メディアは世論に熱烈に同調した。反論はするだけ無駄だった。私たちは「悪」であり、更生は不可能とされた。どこへ行っても、私たちは犯罪者の「親族」であり、独立した個人ではなかった。』

ウィレムは逮捕されたとはいえ数年程度で出所し、犯罪社会に舞い戻り、契約殺人の請負人としての彼の名は高まっていくことになる。彼は何件もの殺人に関与していたが、具体的に著者が実の兄を刑務所に送り込まねばならぬ、と決意するようになったのは、かつてはウィレムの親友で彼と共にハイネケン事件に関わったコルの殺害に兄が関与していることに気づいてからだった。コルは兄の友人であっただけでなく、著者の姉であるソーニャの旦那でもあり、著者自身も親交の深い人物だった。

当時、ウィレムはかつての父のように暴力と恫喝できょうだいを従わせていたが、著者と姉は(コルを殺すきっかけとなったであろう)ウィレムと日々過ごすうちに、コルを裏切っているという罪悪感に苛まされていく。一方、ウィレムを告発するのは家族にたいする裏切りだ。だが、人殺しを放置するのは社会に対する裏切りでもあり──と著者はさまざまな立場の「裏切り者」となるジレンマを抱えている。

もちろん、最後には告発という結論に至るのだけれども。

 昔は違った。
 兄のために命を差し出したに違いない時代もあった。
 ハイネケン誘拐事件のあと、家族全員が白い目で見られていた頃には、兄が私たちに吹き込んだ、家族への忠誠心に関する「私たちvs社会」という虚構を完全に信じ込んでいた。
 しかし、ウィムが自分の家族を殺せることに気づいたとき、私は悟った。敵は外の世界ではない。彼なのだと。

カッコいい女性たち

こうして著者はウィレムを告発し刑務所に送り込むための行動に出るのだが、その道のりは苦難の連続だ。何しろ、かつての親友さえも平気で殺す男なのである。妹であってもバレたら殺される。一気にかたがつく問題でもなく、証拠のために兄との会話を盗聴したり、兄の愛人とコンタクトをとって仲間に引き込んだり、情報を集めながら数年がかりでその時に向けて準備を進めていくのだ。

メインで告発をしたのは、著者とその姉と、兄の愛人で同じく恫喝の犠牲になっていたサンドラという女性陣なのだけれども、とにかく彼女たちがカッコいいのも読みどころの一つ。たとえば下記は、著者がサンドラをウィレムの情報提供者仲間として引き入れようとしている場面だが、現実の会話とは思えないほどにキマっている。

「あなたはどう思う?」
「それは、私も自殺したいかってこと?」
「まあ、そんなところね」私は笑みを浮かべた。
「ええ、のるわ。若くて美しいうちに死にたいとずっと思ってたから」彼女は言った。
 サンドラには風変わりなところはあったが、非常に強い意志の持ち主だった。一度やると言ったことは、かならず実行した。

おわりに
自分が一切関わっていないことで、ひどく人生が損なわれていき、終身刑という達成を得ても、殺し屋に命を狙われる恐怖は消えない。あまりにも過酷な人生という他ないが、それでも彼女は肉親の人殺しを止めるために動いたのだ。それも、ウィレムに対する愛情を持ったままに。それがまた本書の凄まじさを増している。

犯罪ノンフィクションとしては最高峰のレベルでおもしろいので、ぜひ手にとって見てね。