テーマとしては、気候大災害は防げる、といって現在バリバリに進行している全世界規模の気候変動にたいして、我々は何をしてどう考えていけばいいのか、というものになる。ゲイツは実業家で別に気候科学の研究者でもなんでもないわけだから、ただの金持ちが書いた内容を真に受ける必要があるのか、と疑問に思うかもしれないが、ゲイツの場合財団を立ち上げてから10年以上に渡ってこの問題に最前線から取り組んできたわけであって、その知識量・幅広さは凄まじいものがある。
ゲイツは猛烈な読書家としても知られ、毎年オススメの本を何冊も紹介しており本邦でも話題になるが、そこには常に統計や貧困、気候科学や医療についてのノンフィクションが含まれていて、彼が常に最新の情報を得ることを怠らず、勉強し続けていることがわかる。そのうえ、基本的には「人類と地球の未来のために」やっている行動なので、研究者とは違って特定の分野に縛られることもない。
気候変動を防ぐために有望な分野を片っ端から視野に入れて、投資をするにしても30年、40年後に最大のリターンをあげるのは何なのかと対象を厳しく見定める必要がある。何しろ、金は大量に持っているとはいえ、全人類を救うにはほど遠い金額なのだ。しかもこれまでにないことを可能にしようとしている分野への技術投資は、成果が出るのが20年、30年後といったことが当たり前なので、その最初の投資段階で、実現可能性のあるものなのか、詐欺師のプレゼンなのかを判断する必要がある。
そうした判断を積み重ねてきた(そして実際に彼の投資対象は、時間が経ってみてもおおむね納得しかないものだった)背景では、どのような思考が展開しているのかずっと気になっていたのだが、本書にはその一端が明かされている。
510億からゼロへ
本書の主張はある意味では単純なものである。それは510億からゼロへで、510億とは毎年世界中の大気に増える温室効果ガスのトン数になる。この数字は多少の増減はあれ(たとえば新型コロナが蔓延して人の移動が減ると、連動して減ることもある)おおむね増え続けているから、将来的には対処すべき数字はより増える。
なぜ減らさなければいけないのかといえば、これが間違いなく地球の温暖化に一役かっているからだ。すでに気候変動の影響は日々の気温が明らかに暑くなっていたり、異常気象が増えたりといった形で我々の生活に如実にあらわれているが、ゼロにしなければこの流れが止まらない。もちろん99%削減しても意味ないってことかよといえばそうではないが、ゼロを目指すべきだ、ということだ。
ゼロを達成しなければならない理由は単純だ。温室効果ガスは熱を閉じこめ、地球の地表面平均温度を上昇させる。ガスが多ければ多いほど温度は上がる。また、排出された温室効果ガスは非常に長いあいだ大気中にとどまる。いま排出した二酸化炭素のおよそ五分の一は、一万年後も残っているのだ。
どうやったらゼロを達成できるの?
さて、ではどうやったらその「ゼロ」を達成できるのか? というところが本書の肝の部分である。もちろん太陽光発電や水力、風力発電などの再生エネルギーの話は展開するのだが、それだけではだめだ。太陽はずっと照っているわけではないし、風も吹いたり吹かなかったりする。それ以上に、地球全体でゼロを目指すということは、ある地域ではよくても別の地域では使えない的な事例を極力減らす必要がある。
温室効果ガス削減に関してやり玉に挙げられやすいのは車などの移動・輸送手段だが、実は全世界のうち、輸送手段が占める排出量は16%にすぎない。セメント、鋼鉄、プラスティックなどのものの製造が全体の31%、電気が27%、植物や動物といったものを育てるのに19%と、これらすべての領域をゼロもしくはゼロに近づける必要がある。そのため、太陽光や風力、電気自動車の話をしてそれで終わりではない。これをゼロにするためには、幅広い分野で横断的に改革を入れていく必要があるのだ。
グリーン・プレミアム
普通に考えたら難しいわけだが、ゲイツは可能であるという。その達成のための考え方も実業家らしく合理的だ。彼の考え方、シミュレーションの核になっているのは”グリーン・プレミアム”というもの。これは、温室効果ガスを排出しない手法、たとえば炭素を排出するエネルギー源ではなく太陽光などの再エネを使うなどを使うことによって、どれだけの追加コストがかかるのか、という指標である。
たとえば、アメリカのすべての電力系統を炭素ゼロの電源に置き換えると、平均料金は一キロワット時あたり1.3~1.7セント、およそ15%増で平均的な家庭では一ヶ月あたり18ドルのグリーンプレミアムになる。安い額ではないが、受け入れも不可能ではないといったところか。単純化してしまえば、このグリーンプレミアムがマイナスになれば、その温室効果ガスを使わない手法にみんな殺到するはずなので、それが全分野で達成できれば、政策や人の善意に頼らなくてもゼロが達成できることになる。
そして、このグリーンプレミアムを算出することによって、気候問題解決のために最初に手をつけるべきなのは、グリーンプレミアムが高すぎる領域であることがわかる。たとえば、現在セメントの1トンあたりの平均価格は125$。セメントを作るにはカルシウムが必要で、カルシウムを作るためには石灰石を他の材料と一緒に炉で燃やす必要があり、石灰石には炭素と酸素が含まれているので、二酸化炭素が出る。
この過程は化学的に必要なものでなんとかするのは難しく、セメントの製造コストに炭素回収を加えた際の価格は219$〜300$になる。グリーンプレミアムは100$以上になるので、非常に高いといえる。
原子力
セメントなどの物質製造についで温室効果ガス排出量の多い電気だが、こちらでも単純な再エネの技術革新以外に考えることは多くある。たとえば再エネ重視に舵を切った場合の場所の問題(太陽光などを遠くに運ぶのが難しいので、その場所で使う必要がある)。また、それに伴う送電網の構築をどうするのかという問題や、電気をたくわえておくバッテリーの技術革新についても本書では議論されている。
また、再エネだけにこだわる必要もない。原子力があるからだ。福島第一原発のことを思い出すようにリスクはあるが、原子力発電も技術革新が進んでいて、より安全な形での原子炉は一考の余地がある。ゲイツは原発推進派で、テラパワーと呼ばれる新世代の原子炉に取り組む会社を設立している。ほかの原子力施設で出た廃棄物で動き、攻撃から守るために地下に作られ、事故時も人の介在なしで、物理的に状況が収まるような仕組みなど、この分野でもイノベーションは進められている。
おわりに
本書では他にも、蓄電技術について。セメントを作る際の二酸化炭素排出を抑える方法、牛などが出すメタンの量を減らす方法など、様々な分野での最先端技術とこれから研究が進められていく分野についての紹介が行われている。
さらに、全体を推し進めるためには技術だけではだめで、技術革新と政策、そして市場の3つの動きが連動していなければならない──と、「現実的に人を動かす」ための手法にも言及しており、年老いてなおすごいやつだなあ本当に、と思わずにはいられない。また新しい、未知の技術を楽しそうに語るのが良いんだよね。読みやすい本でもあり、サクッと読めるので地球に住むあらゆる人間にオススメしたい一冊だ。