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新型コロナを人類最後のパンデミックにするためには、何をすればよいのか?──『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』

この『パンデミックなき未来へ』は、ビル・ゲイツによる、気候変動をテーマに地球人類全体が何をして、どこに予算を集中させなければいけないのかを書いた『地球の未来のため僕が決断したこと』(2021)に続く、感染症についての一冊である。

テーマとして共通しているのは、気候変動とパンデミックはどちらも「対策しなければ、このあと確実に人類の存続を脅かす脅威」になるという点にある。ビル・ゲイツはもちろんマイクロソフトの共同創業者でパンデミックや気候変動の専門家ではないが、彼が2000年に夫婦で立ち上げた世界最大の慈善基金団体ビル&メリンダ・ゲイツ財団では豊富な資産を用いて世界から病気や貧困を減少させることを目的に、最先端のテクノロジーや、コミュニティへの支援を行ってきた。

つまりビル・ゲイツは一つの国家や組織にとらわれず、全世界を見渡しながら「どこに資金を投入するのが最も人類の保健と衛生にとって有益なのか」を20年以上にわたって行ってきた人物なわけで、その視点は貴重だ。で、本書『パンデミックなき未来へ』では、世界の感染症対策に関わり、その危機を新型コロナウイルスより何年も前から警告してきたビル・ゲイツが、新型コロナウイルス騒動を踏まえ、今後二度と同じことを繰り返さないためになにを行えばよいのか? を論じた一冊だ。

何をしたら良いのか?

何をしたらいいのかと一言でいっても、やらなければいけないことは多岐にわたる。そのひとつはワクチンだ。今我々が被害を抑えられているのはmRNAワクチンが高速で製造され、行き渡ったから、という理由がある。だが、これは新型コロナウイルス用に作られたワクチンで、ウイルスが変異していけば効き目が弱くなっていく。

それは、仕組み上いまのCOVIDワクチンはコロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質の一部を攻撃するように免疫系に教えているからだが(そこが変化してしまえば効かなくなる)、COVIDとその親類を含むすべてのコロナウイルスに見られる形状、あるいはこれから先ありえる形までをターゲットにした「汎用ワクチン」を作ることさえできれば、体は存在しない危機にたいしても備えることができるようになる。

ほな、それを作れるように、そこにだけ資金を集中させればいいのか? といえばそうそう簡単な話でもない。というのも、ワクチンは作ったらすぐに人間に接種できるわけではないからだ。開発し、承認を受け、大量製造し、届けるという4つの段階があり、そのどれもないがしろにすることはできない。

日本やアメリカのような先進国であれば比較的容易にワクチンを購入し、希望者にまで行き渡らせることができるだろう。だが、低所得国ではどうだろうか? COVIDワクチンの分配は貧困国の多くの人にもかつてなく早く届いたが、それでもまだ足りていなかった。ワクチンの製造会社も利益のためにやっているのであって、貧困国のところに届くのはどうしても遅くなる。市場に力がない場合、足りない時に新しいワクチンを要求することさえ難しい。ワクチンをただ開発するだけでなく、それを迅速に承認し、製造拠点を確保し、貧困国まで届ける仕組みづくりが必要だなのだ。

 ゲイツ財団の最初の主要事業のひとつが、寄付金をプールして貧困国がワクチンを購入する際に役立てる組織、〈Gaviワクチン・アライアンス〉をつくって組織化する手助けをしたことだ。Gaviは市場がないところに市場をつくった。二〇〇〇年以降、八億八八〇〇万人の子どもが予防接種を受けられるよう手助けし、一五〇〇万人ほどの死を未然に防いできたのだ。

ワクチン以外も必要だ

無論次のパンデミックを防ぐために必要なのはワクチンだけではない。事前に防ぐのも大事だし、未知の感染症の場合できるだけ早くアラートを上げる仕組みづくりも重要だ。後のワクチン、治療法をすばやく確立するためにはあたらしいウイルスを研究・網羅する態勢も必要不可欠だし──と考えていくと、何よりこうした多くを一国だけでなく世界を横断して取り組んでくれる「全体を見据えたチーム」が必要だ。

本書では二章「パンデミック予防チームをつくる」で、世界がパンデミックを防ぐのをフルタイムで助ける、地球レベルの専門家グループが求められると論じている。

担当すべき職務は、起こる可能性のあるアウトブレイクを警戒し、実際に起こったときに警告を発して、それを封じこめる手助けをし、感染者数などの情報を共有するデータシステムをつくって、政策提言や研修の統一を図り、世界に新しいツールを迅速に展開する能力があるか判断して、制度の弱点を探す訓練を実施することである。また、国レベルでこの仕事に取り組む世界中のさまざまな専門家と制度を調整する役割も果たすべきだ。

今は、こうした組織は存在しない(WHOは感染症専門ではない。)。ビル・ゲイツは、COVIDが起こったことは、それを防ごうとする優秀な人が足りなかったからではなく、そうした人たちが準備の整った強力な体制の一部としてスキルを発揮できる環境を世界が作っていなかったからだと語るが、これはマイケル・ルイスの『最悪の予感 パンデミックとの戦い』の中でも描かれていることだ。警告をあげるひとはいつの時代にもいるのだが、それに政府や国際的な組織が耳を貸すかどうかは別問題なのだ。

ビル・ゲイツはこの組織のことをGERM(グローバル・エピデミック対応・動員)チームと呼んでいる。具体的な試算としては(このあたりの具体的なシミュレーションを行うときの数字がビル・ゲイツの語りのおもしろいところだ)およそ3000人の常勤動員が必要であり、彼らには疫学、遺伝学、ワクチン開発、データシステム、外交、緊急対応、ロジスティクス、コンピュータ・モデリングなどのスキルが求められる。

GERMのデータ科学者は感染が疑われる人々のクラスターについて報告をモニターするシステムをつくり、いつどのように国境を閉鎖しマスクを勧めたりするか、優先度の高い医薬品とワクチンについての指示など、グローバルな統治機関として指示・支援を出す。3000人分の給料、備品、旅費などの費用を賄うために年間10億ドルを見込んでいるが、これは世界の年間国防費の1000分の1であり、COVIDのように世界に何兆ドルもの損害を与える悲劇を事前に防ぐ意義を考えると安い投資とはいえる。

おわりに

本書ではこの後、ではこのような組織が出来たとして、どのように世界中の感染症の発生を監視するのか。現代のテクノロジーで感染症対策に有効なものはどれで、どこに投資すべきなのか──など、最先端テクノロジーオタクらしい語りが『地球の未来のため僕が決断したこと』と同様のワクワクする筆致で描き出されていく。

人口が増え、家畜が異常な密集状況で飼われるようになり、飛行機での移動が増えとあらゆる変化が感染症サイドに有利を与えている昨今、COVIDが収まったとしても次の感染症が必ず現れる。今のうちにできることは何なのか、本書を読めばその大枠が理解できることだろう。前作と合わせてオススメしたい。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp