基本読書

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資本主義以外の選択肢を模索する、経済学者・政治家によるSF経済書──『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』

この『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』は、『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』などで知られる経済学者にして政治家のヤニス・バルファキスによる、資本主義に代わる制度についての提言を記した書というか、SF経済書というかといった感じの一冊である。

体裁としては完全にSF小説で、物語で中心になる時代は2025年と現代よりも少し先の未来。中心人物であるギリシャに住むコスタは、ユーザーの欲望を読み取り、それを擬似的に(脳内で)体験させる装置であるHALPEVAMと呼ばれるシステムを構築する過程で、偶然にも平行世界の自分と通信を確立することに成功し、自分(同名の人物でややこしくなるので、作中ではコスティ)とのやりとりを開始することになる。

で、このコスティの世界は、我々のよく知る現代とは異なり2008年の世界経済危機にあたって資本主義が打倒された世界であることが判明し、コスタは、資本主義が倒れたあとの世界がどのような仕組みで回っているのかを教えられていく──というのが大まかなストーリー。基本的にはSFギミックを用いてバルファキス構想の「資本主義に代わる選択肢」を語るのがメインであって、あんまり物語が重要な作品ではないのだけれども、他に主に登場人物が二人出てきて、思想信条の異なる彼らが「資本主義に代わる選択肢」は本当にありえるのか? を議論をしていく構成になっている。

正直、本書で提示されていく「資本主義に代わる選択肢」はバカげてるんじゃないかと思う案が多くて経済書的な意味ではいまいちなのだが(経済素人の批判だが)、それはそれとして未来の世界における思考実験としてはおもしろい。また、経済についてのみの提言というよりも、Amazonを代表としたビッグなテクノロジー企業の倒し方、Facebookのような市民のプライバシーを無料で吸い上げて儲けている企業から市民に利益を戻させる方法(現在では監視資本主義と言われる問題への対応である)など現在の社会における様々な問題を取り扱っている点もなかなか楽しめた部分だ。

会社の仕組み

で、具体的にコスティの世界は資本主義が打倒された後どうやって回っているのか。ここは本書の肝の部分で分量も多いので全部紹介するわけではないが、主要なところをいくつか紹介しておくと、まずは会社の仕組み・運営について。

この世界では仕事はフラットな組織によって遂行され、プロジェクトごとにチームを組んで動き、終わったら解散するようなフリーランスの集合体のような動きが推奨されている。抜けるのも自由で、欠員が出たら会社の人事部などを通さずに各プロジェクトチームが採用の募集をかける。組織は構造だけでなく給料もフラットで、総収入の5%は国にいき、残りの95%は固定費、研究開発費、人件費(基本給)、ボーナスの4つの項目に割り振られる。この項目に95%をどう割り振るかは、社員の投票によって決定され、その1票は立場や役職にかかわらず、全員一律に1票である。

給与の仕組み

4つの項目の中で一従業員として重要なのは基本給とボーナスだが、この世界の会社では基本給は同じ組織であればキャリアや成果、職分に関わらず全員一律である。ボーナスは、活躍に応じて配分されるのではなく、社員がそれぞれ持っている100の報奨ポイントを自分以外の他の社員に入れることで決定される。よく頑張ったと周囲に認められ、報奨ポイントが与えられた社員は一番多くのボーナスが支払われるのだ。

また、コスティ世界では株式市場が存在しないので、議決権は完全に平等である。資本主義世界では保有株数に応じて議決権が与えられるのが、これは裕福なものほど多くの株を保持し、議決権を行使し、みずからの利益を追求できることを意味する。だが、このポスト資本主義世界では社員は一人一株しか持てず、自分の株は売買できず、銀行からの融資もありえない(この世界ではリテール銀行、投資銀行は必要ない)。

コスティの世界では対照的に、1人1株だけであり、議決権もひとりひとつだけだ。企業の構成員全員が議決権を行使して、経営計画や事業計画から純収入の配分にいたるまで、戦略的に重要な問題の決定に加わる。

じゃあこの世界では稼ぎはみんな横並びでわずかなボーナスだけ報奨ポイントを稼いで積んでいくしかないってこと? といえば他にも仕組みがある。

この世界では生まれたときから中央銀行に「積立」「相続」「配当」の口座が作られる。「積立」は給与所得用で、「相続」は生まれた時に国からすべての国民に同じ金額が振り込まれる口座。「配当」は全国民に定期的に一律で支払われる事実上のベーシックインカムである。この原資は、企業から徴収する5%からまかなうという。

この世界では税金は(5%の)法人税と土地税だけで、所得税も消費税も存在しない。全市民に対する社会給付は全部この5%の法人税でまかなっていると説明される。財源として足りるとは思えないが、具体的な金額が出てこないので検討もしようがない。

土地

当然だが、土地も個人の所有物ではもはやない。土地の所有権は地元当局に移転され、配分され直す。ただすべての決定権がうつったわけではなくて、土地は「社会ゾーン」と「商業ゾーン」に分かれ、前者は公営住宅と社会的企業が、後者には住宅地であり、ビジネス用の商業スペースで金を払って賃貸を借りることを選択した人々が住める場所である。商業ゾーンの売上が、社会ゾーンの開発や運営式に当てられる。

商業ゾーンの土地を誰が使用できるのかは家賃のオークションによって決定され、高い年間家賃を提示したものが(必要な期間をおいたのち)使用できるようになる。既存の使用者は安い値段を提示すれば安い家賃で住めるが、奪われる可能性があるので、そこでジレンマが発生する。この仕組はおもしろいなと思った(絶対イヤだけど)。

おわりに

本書のほんの一部を紹介してみたが、コスティの世界は僕からみると自由が失われ、その代わりに恩恵もあるんだかないんだかよくわからないシステムに置き換わっているようにしか見えない。たとえば給与が一律で、報奨ポイントでボーナスが決定されるとかサラサラごめんだ。似た制度をとっていたベンチャーのIT企業に所属していたこともあるが、報奨ポイントの割り振りは結局うまくいかなかったし。

職務内容が違うと交流もなく、他人の働きなど直接関わりのある人以外よくわからんし、他者に働きや実績が伝わりづらい仕事がたくさんあり、納得のいく結果にはならなかったのだ。しかも作中ではこの報奨ポイントは転職活動時にも重視され、ずっと記録として付きまとうことも明かされており、そりゃどうなんだとか個々の仕組みに異論をつけはじめたらきりがない。とはいえ本書の中でも、コスティの世界の仕組みについて「嫌悪感を覚えずにはいられなかった」と反論が加わったりすることも多いので、そこが理想郷であり単純に目指すべき場所として描かれているわけでもない。

税金が法人税と土地税しかないのであれば増税などの形で調整できず、インフレにたいしての対応ができないのではないかなど様々な疑問に対しても作中で議論されていくので、この記事だけを読んでこんな制度でうまくいくわけがないと思ったとしても、一度読んで見ることをオススメする。個人的には、このコスティの世界で2008年の経済危機後、どのようにして資本主義の転覆が起こった/起こしたのか、というフィクション部分がけっこうおもしろかった。