基本読書

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億万長者は金とその影響力によって政治を好き勝手操作する──『ダボスマン 世界経済をぶち壊した億万長者たち』

「ダボスマン」とは、スイスのダボスで行われる世界経済フォーラム総会(ダボス会議)に参加する億万長者たちの呼称である。大勢いるが、有名所では、アマゾンのジェフ・ベゾス、投資ファンド運営の大物スティーヴ・シュワルツマン、合衆国最大の銀行を切り盛りするジェイミー・ダイモンといった面々のことを指している。

で、本書は副題に「世界経済をぶち壊した億万長者たち」とあるように、ダボス会議に参加する億万長者たちを非難する一冊である。こうした億万長者たちはダボスに集まって気候変動や感染症、ジェンダー間の不平等といった話題について、国家の枠を超えて対処が必要な多くの議題を討論する。ダボスマンは表向きは世界のため、地球のために私財をなげうってでも献身する──そんなイメージを発している。

たしかに彼らは一般的な生活をしている人々からすれば多額の金を慈善事業に投資しているように見える。しかし、その裏側では寄付された金額の何十、何百倍にもなる金を税金でとられぬために保護、移動させているのだ。慈善活動にあてられる金額など、そうやって逃れた税金からすれば僅かなものだ。彼らは莫大な金をロビー活動に費やし、富裕層向けの税を減額させ、それがかなわない領域についてはできるかぎり国外へと資産を移し奪われないようにしてきた。

ダボスマンがグローバル資本主義の果実を独占するようになったのは、偶然ではない。彼らは、政治や文化の中に、「果てしない噓」をこっそりと浸透させてきた。減税や規制緩和をすれば、最富裕層がいっそう豊かになるばかりか、その恩恵は大衆にまで及ぶと、まことしやかに主張している。だが、そんな恩恵の波及が起きたことは、現実には一度もない。

具体的な事例

620pもあるので本作は億万長者が政治をハックする具体例に満ち溢れている。

たとえばクラウドサービス企業のセールスフォーム・ドットコムの創業者マーク・ベニオフ。2018年にサンフランシスコでは、セールスフォースも含むサンフランシスコの企業に新税を課しホームレス問題解決の財源とする案が住民投票にかけられたが、ベニオフは彼個人と会社で700万ドルを寄付して支援することで条約を成立させた。

これによってセールスフォースには年間1000万ドルの追加負担が生じると見積もられた。これだけみれば、ベニオフは社会のニーズ、正義のために自らの利益を犠牲にできる勇気ある億万長者のようだ。しかし、ベニオフが新税を後押ししたのと同じ年、彼の会社の収入は130億ドルを超えたが連邦税の納付額はゼロだった。

セールスフォースは海外子会社を14社も立ち上げて、そこに資金や資産を移動させ、課税対象となる収益を消失させた。低い法人税の国に子会社を設置し、そこへ自社の知的財産権を移し、そこがグループ内のほかの法人に法外な額の知的財産権使用量を請求することで、米国内の本体企業は赤字製造機のような状態となって税金を払わなくてよくなった。こうやって節税される金額からしてみれば、1000万ドルなど誤差の範囲にすぎず、これで慈善活動家のように思ってもらえるのなら安い投資といえる。

ダボスマンの多くが主張するのが、富裕層に向けて余計な課税をされると、無能な公的機関の官僚がその金を必ず浪費してしまうという理屈だ。そうであるなら、自分で寄付先の活動を選定したほうが効率的に慈善活動を行うことができる。なるほどもっともな部分もあるかもしれないが、そうやって彼らが慈善活動に割り振るのは、本来徴収できるはずだった税を大幅に下回る額でしかないのだ。

法人税の引き下げ

これは表向き合法な税逃れだが、法人税率を引き下げる働きかけは常に行われている。たとえばアマゾンは売上税の導入を州が検討すると、州内での事業を別の州へと移すかもしれないと脅した。2018年の段階でアマゾンがワシントンで雇っているロビイストは28人。それに加えて100人以上が契約で業務を請け負っているという。

ベゾスは長年基本給を年8万ドルしか受け取っていないので、その給与にたいした税はかからない。無論、彼の莫大な資産を形成するアマゾンの株式を現金化する時にはキャピタルゲイン税はかかるのだが、それもまたロビイストたちの提案によって80年代はじめから現在までの間で最高税率は35%から20%まで引き下げられてきた。

ダボスマンが法人税引き下げに奔走する事例はいくらでもあげることができる。LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンのCEOベルナール・アルノーは、経済相に在任中のマクロンと毎週のように夕食をともにしていた。アルノーは税金を回避するため資産を租税回避地のペーパーカンパニーに移して自分自身には「貸し出す」形で提供するなど猪口才な節税手段を駆使し報道もされていたが、マクロンはその事実を指摘されても徹底的にアルノーをかばい(法律上刑事罰に処すことはできないといって)、所得への課税などの政策提案にたいしても経済相として反対を繰り返した。

これによってマクロンは使える候補者として認定され、ほかの富裕層からも彼の選挙運動への寄付を促す結果になった。彼の選挙資金集めは銀行家、起業家、ロビイスト、インフルエンサーたちを標的にし、税負担からの解放を約束していた。

マクロンはその後も富裕税を骨抜きにし実質的に70%削減。億万長者を厚遇すれば海外からの投資を呼び込みさらなる経済成長に繋がると主張し続けたが、結局下向きの波及効果など存在せず、ただただ富裕層への贈り物をしただけだった。

推定によればダボスマンらは租税回避地を使って7兆6000億ドルを秘蔵しており、こうした金の大半は未申告状態で各国の税務当局の手が及ばない。米国では収入最上位1%の富裕層は収入の2割以上を税務当局から隠していることを示す研究もある。

どうしたらいいのか

ただでさえ富は富を呼ぶのに、一部の億万長者はその資産をつかって税までも自分たちの都合の良いようにコントロールする。ではどうすればいいのか。もちろん富裕税を導入するのはそのひとつだろう。資産にたいして課税すればよい。

米国のエリザベス・ウォーレン上院議員は5000万ドルを超える資産に毎年2%、10億ドル超えは3%の富裕税の導入を提案している。サンダースはもう少し攻め、3200万ドル以上の場合は年1%、その後累進的に増加し100億ドル以上なら年8%まで増額する案を提案した。これが成立すれば3兆ドル以上の歳入が生じるはずである。

とはいえ、当然億万長者は激しく反発している。こんなものが導入されればみな出ていくだろうとか、資産を推計するのは不可能だ、などお決まりの理屈である。こうした富裕税で持っていかれる金額は彼らが慈善活動として寄付した金額の7倍以上になるのでそれも当然だ。本書はダボスマンから権力を奪還するために必要なのは民主主義を賢く使いこなすことだけだ、といって締められるが、正直人間が金や権力や動員によって動く存在である限り、この流れを変えるのは簡単なことではないだろうな。*1

おわりに

ダボスマンとは言えない人までが取り上げられていて正直ダボスマンというくくりが必要だったのかいまいちわからん本でもあるのだけど、本書では他にも億万長者たちがベーシックインカムに賛成する理由、パンデミックをだしに莫大な儲けを出したのは誰なのかとその手法、年金を食いものにするダボスマンなどこの記事で取り上げていない事例が山盛りになっているので、興味がある人は読んでみてね。

*1:2022年の3月にはバイデン政権では富裕層の未実現キャピタルゲイン最低20%課税を提案するなど、攻めてはいるようだけれども