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過激主義組織はどのように人を勧誘し、虜にするのか?──『ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ』

この『ゴーイング・ダーク』は、12の過激な主義主張をかかげる組織に著者が潜入し内部を綴るルポタージュである。最近のこうした組織はオンラインで門戸を開いているものだから、著者もディスコードやスカイプと言ったアプリケーションを使って面談をしたりチャットのグループに入れてもらい、その実情をレポートしている。

著者が潜入するのは白人ナショナリストのような過激な主張を持つ人しかいないマッチングアプリから、親ISISのハッキング組織まで様々で、こんなコミュニティと思想を持つ人々がいるのか! と異なる常識が支配する異世界を探求していくようなおもしろさが第一にある。また、こうした過激主義組織の勧誘手法や、一度取り込んだ人たちに居心地の良さを与える戦略は似通ったものがあり、それをあらかじめ知っておくことは、自衛の手段にもなってくれるだろう。日本にも過激主義のコミュニティは存在するし、世界中の組織と誰もがネットを通して繋がる可能性があるからだ。

 わたしがこの本を書いた目的は、デジタルな過激主義運動の社会的な側面を可視化したいと思ったからだ。わたしたちの周囲では日々、過激主義者が新たなメンバーを訓練し、新たな標的を恐怖におののかせている。その結果は、ときに思いもよらぬかたちで、わたしたちの日常に衝撃を与える。

実際にどんな組織に潜入しているのか?

著者が第一章で潜入するのは、ネオナチと白人至上主義者たちの集うディスカッション・グループだ。著者は1991年ウィーン生まれの白人女性で、この組織を筆頭に、そうした属性がないと入れない組織(女性だけの組織など)にも数多く潜入している。

ディスコード上で展開するこのグループは世界各地から数十人のメンバーが参加していて、内訳としては10代から20代前半のアメリカ人にカナダ人、南アフリカ人にヨーロッパ人と多種多様。彼らは自分の遺伝子検査を行い、人々に公開して自分がいかに純血の白人なのかをアピールする。時々白人至上主義者にとっては都合の悪い結果が出ることもあるが、そうした時は、遺伝子検査は「シオニスト占領政府」の白人種を一掃する計画によって故意に歪められている、などといって納得するのだという。

彼らはチャットルームでの会話を「すごく面白いんだ」とか「頭の切れる人間がこんなにたくさんいるなんて」と前向きに語るが、飛び交っているのは「ユダヤ人どもをガス殺しろ。さあ人種戦争の到来だ」のような表ではいえない言葉である。

ディスカッションを観察し、音声チャットに耳をすますうちに、わたしにもだんだんとわかってきたのは、タブーを破る楽しさがどれほど退屈しのぎになるか、そして帰属意識がどれほど孤独を癒してくれるかということだ。

クローズドな場でキャッキャしているだけなら害もないが、こうしたグループの一部のリーダーたちは、白人種の国家を築くなど、壮大すぎる夢を抱いているという。

反フェミニスト女性らの団体

著者が第三章で潜入するのは、反フェミニスト女性らの団体だ。そこではノー・フェミニズムを掲げ、女性の価値とは男性に性的に求められることであり、性的価値を高めるべく行動しよう(セックスの回数が増えれば増えるほど女性の性的価値は下がるので、無闇矢鱈にセックスするのはご法度である)という規範が存在している。

彼女たちはそれにとどまらず、旧来的な女性と男性の価値観に回帰しようとしているようだ。たとえば女性は夫に付き従い、服従し、無条件に男性を喜ばせることを目的とする。なぜこのような思想を、特に女性が持つようになるのか読み始めた最初の段階ではわからなかったのだが、著者自身潜入当時は精神的に不安定で、調査の枠を超えてこのコミュニティに入れ込む様、その理由が実体験とともに描かれていく。

ここでは憎悪が他者ではなく自己に向けられているのだ。自分を責めたり、自分を侮辱したりする言葉を発してメンバーとつながることには、どこか妙な居心地のよさがあった──集団的な自己最適化が誘う、ある種の慰めが。

他にも、女性がパートナーの男性から攻撃的な言動や直接的な暴力を振るわれた時、こうしたコミュニティはある意味お手軽な答えと解決方法を与えてくれる。あなたが従順でさえあればすべては解決するし、伝統的な関係では男性は女性を“しつける“ものであり、おかしいのはそれを許容しない現代のフェミニズムなのだと。『男らしさと女らしさという考えが変化していること、また服従と支配の微妙なバランスをめぐる混乱が、男と女を本質的なアイデンティティ・クライシスに陥れている。』

攻撃対象にされる

著者は過激主義者らに対する意見を雑誌「ガーディアン」などにも寄稿しているのだが、それは当然極右組織の人々からすれば不愉快なものであり、著者が攻撃対象にされた時の体験談も本書では一章を割いて書かれている。たとえば、ある記事がきっかけとなって著者はイングランド防衛同盟という極右政治団体の創設者にして20万人以上のフォロワーを抱えるトミー・ロビンソンに目をつけられてしまう。

トミー・ロビンソンはもともとジャーナリストの家に突撃してそれを配信することで人気を得てきた人物だったが、彼が著者の働くオフィスをインターネットに配信中継しながら突撃してきたのだ。その目的は記事内容に関する抗議や話し合いではなく、ただ主流メディアへの攻撃の姿勢をみせることで視聴者を楽しませ、自分のメディアへの登録者数を増やすこと。いわば揉め事のための揉め事であり、不法行為なので警察を呼ぶとすぐに帰る。だが、攻撃がそれで終わるわけではない。

著者や著者が働いていたクィリアムという会社の同僚は、信奉者たちによる脅迫メッセージを受け、オフィスも閉鎖されてしまう。最終的には、クィリアムのCEOから著者にたいして、発言を撤回しお詫びをすると公式に声明を出してくれ、と脅しがなされることになる。もしも君の同僚に何かあったら、君はその責任を一生背負っていかないといけないんだぞというのだ。著者が自分は間違ったことを書いていないとつっぱねると、24時間も経たないうちに彼女にふたつの懲戒警告と解雇通知が届く。

この経験は、極右のメディア・インフルエンサーが組織や体制全体にどれほどの力を発揮できるかを教える一例だった。

おわりに

本書では他にも、様々な主義主張を持った極右集団の集会にオンラインで参戦し、ライブ配信やメッセージアプリを通じた新しい大規模な動員の実態を描く第九章「ユナイト・ザ・ライト」。親ISISのハッキング組織ムスリム・テックに入り、未経験者がハッキングの入門講座を受ける過程を描く第十一章「ブラックハット」など、オンラインで動員を行い、力を増していく組織の多様な姿が描き出されている。

じゃあ、我々はこのような過激さを増す組織に対抗することはできない……ってコト?! と思いそうになるが、最終章ではこうした過激主義組織にたいする対抗手段についても語られている。たとえば偽情報やプロパガンダの流布に対しては、実際にバルト諸国は謝った報道や誤解を招く統計を訂正する数千人のボランティア活動家がいることを紹介していたり、できることは数多くある。普段陽の当たらない過激主義組織の実態を暴き出した、迫真のノンフィクションだ。おもしろすぎて1月1日の年始に読み始めて、その日のうちに一気に読み切ってしまった