基本読書

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《ウィッチャー》ワールドの原点とその本質的な魅力を味わえる、入門にうってつけの一冊──『ウィッチャー短篇集1 最後の願い』

ポーランドの作家アンドレイ・サプコフスキによるファンタジィ小説シリーズ《ウィッチャー》は、小説も世界的なベストセラーであるが、本作を原作としたゲームの三部作が爆発的にヒットし本邦でも有名になった作品だ。中でもゲーム完結編となる3は、オープンワールドRPGのトップとして挙げる人が多いほど中身も傑作であった。

ゲーム完結後、Netflixでドラマも始まり(先月第二シーズンが公開)、本邦で止まっていた長篇の翻訳もリスタートし完結巻の5巻まで刊行され──と様々な展開が進行中の本作だが、その流れに乗って短篇集もこうして翻訳されることとなった。邦訳としては長篇の後の刊行になるが、作中の時系列的にも原書的にもこの短篇集の方が先であり、いわば《ウィッチャー》ワールドの原点を味わえる作品集になっている。

ウィッチャーとは何なのかを説明するプロトタイプ的な短篇に始まり、イェネファーなど作品を代表する女性と主人公ゲラルトの出会いなど、おいしいところがいっぱい詰まっているので、ドラマをみて今から《ウィッチャー》読み始めたいな〜という人は本書から読むのをおすすめしたい。では、本書には全部で6篇が収録されているので、一つずつ軽く紹介していこう。
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「ウィッチャー」とその世界観について

最初に軽く世界観について触れておくと、ベースとなっているのはスラヴ神話だ。ただ、取り入れられている要素はそれにとどまらず、エルフやドワーフ、空間同士を繋ぐ門を操る魔法使いなど、ファンタジィやゲーム的要素がごった煮になって現れている。なぜそのような世界なのか? も長篇を読んでこの世界の成り立ちを知るとわかるようになっていて、メタフィクションのような構造のおもしろさが長篇にはある。

短篇に話を戻すと、最初に収録されているのは、ウィッチャー、そして主人公のゲラルトについてを紹介する、プロトタイプ的な短篇「ウィッチャー」だ。ウィッチャーとは霊薬で体を強化し、金をもらってモンスターを殺すプロのモンスターハンターらのこと。ただ、彼らがモンスター・ハントのプロフェッショナルとして知られているのは、単純に力が強く怪物を圧倒できるから、というだけではない。

彼らは(強いのは前提として)何百種類もいる怪物の性質や生態をよく識っており、必要に応じて罠を仕掛け、特別な霊薬を調合する知識と技術を持っている。だからこそプロフェッショナルなのだ。サプコフスキはこの短篇「ウィッチャー」をポーランドの雑誌の短篇コンテストに送りつけ採用されたのだが、その時の狙いは「靴磨き職人がドラゴンを討伐するようなリアリティのないポーランドのおとぎ話を、現代のリアルな物語として蘇らせること」だったと語っている。ドラゴンを殺せるのは、素人ではなく怪物殺しの知識を持ったプロフェッショナルだ、というわけだ。*1
短篇「ウィッチャー」では王女が変質した怪物ストリガを、呪いを解いて元に戻すために奮闘するゲラルトの姿が描かれる。それはただ殺すよりも難しく、特殊な知識が必要とされるもので、実にウィッチャーらしい短篇に仕上がっている。

一粒の真実

「一粒の真実」は、怪物とは何かを問う一篇。この短篇にも呪いによって怪物に変質した男が出てくるが、男は理性を保っていて、陽気にゲラルトと会話を交わすこともできる。男はおとぎ話でよくある呪いを解くための手法として、真実の愛とキスを手に入れようと村の娘たちを金銀財宝と引き換えに一人ずつもてなしていたが、ある時からその解決をすっかり諦め、怪物の姿で生きることを受け入れるようになる──。

結末はビターで、おとぎ話の結末のように呪いが解けてよかったよかった、といくわけではない。とはいえ、おとぎ話にも「一粒の真実」は含まれていて──と、これもサプコフスキ流の”おとぎ話のリアルな解釈”譚といえるだろう。

小さな悪

ゲラルトはゲームでも長篇でも短篇でもよく正解のない問いの前で葛藤するが、この「小さな悪」はそれが最もわかりやすい形で現れている短篇だ。

ゲラルトはかつての友である魔法使いストレゴボルに、自分(ストレゴボル)を狙う暗殺者の女性レンフリを殺してくれと頼まれるが、ゲラルトは彼には恨まれるに足る理由があると判断し、これを拒否。ストレゴボルはなお引き下がらず、レンフリの危険性を指摘し、大きな善のために、小さな悪を受け入れろとゲラルトに迫る。

「悪は悪だ、ストレゴボル」ゲラルトは真剣な表情で立ち上がった。「小さな悪、大きな悪、その中間の悪、どれも同じだ。区分は交渉しだい、境界線はあいまいだ。おれは敬虔な隠遁者ではない。これまでの人生、善行ばかりではなかった。だが、ひとつの悪と別の悪のどちらかを選べと言われたら、どちらも選ばない道をとる。そろそろ失礼する。明日また会おう」

確固たる意志をここでは述べているゲラルトだが、その後出会ったレンフリからも「小さな悪」の提案をもちかけられ、どちらかを選ばざるを得ない状況へと引きずり込まれていく。善と悪、悪と大きな悪の境界、怪物と非怪物の境界など、線上で揺れ動く様が描かれる。「ウィッチャー」に続き、実にウィッチャーらしい短篇だ。

値段の問題

長篇にも大きく関わってくる、〈驚きの法〉と運命についての一篇。〈驚きの法〉とはこの世界においては人類の歴史と同じぐらい古くからある契約のひとつで、誰かの命を助けたものが求めうる対価のこと。それは、”汝を最初に出迎えしものを我に与えよ”や”おまえがそうと知らずに家に残してきたものをくれ”だったり、何かしらの不確定性をはらむ対価のことであり、たとえその対価が王女のような重要な人物であったとしても、契約は必ず遂行されなければならない。

ゲラルトはある人物の命を助け、この〈驚きの法〉を持ちかけられることになる。はたして、その対価とは──。この短篇は登場人物がみな高潔な倫理観を持った人物で、読んていて気持ちが良い(ドラマでも一番好きな話数のひとつ)。

世界の果て

環境の変化に適応できず、数を減らし食糧難に陥りつつあるエルフと人間の境界についてを描き出す一篇。詩人ダンディリオン初登場回で、他と比べるとコミカル(プロのはずのゲラルトが軽いノリで気絶して命の危機にひんしていたりする)。

最後の願い

ラストは気高き女魔法使いイェネファーとゲラルトの出会いを描く「最後の願い」。3つの願いを叶えるジンの存在と、その力を欲したイェネファーがもたらす騒動を描き出しているが、これはなんといってもイェネファーのキャラが全てを持っていく。

イェネファーはおとぎ話は願いや欲望を自分でかなえようと夢見ることができぬ愚か者が作り出したものであるといい、次のように続けてみせる。『ほしいものがあれば、わたしはそれを夢みない──行動する。そしていつだってほしいものを手に入れる。』激烈にロマンチックな話でもあり、ラストに相応しい一篇だ。

おわりに

「値段の問題」に出てきた〈驚きの法〉はグリム童話の「ルンペルシュティルツヒェン」に源流があるし、「一粒の真実」は「美女と野獣」。「小さな悪」には「白雪姫」を彷彿とさせる要素があり──と、この短篇集のテーマを見つけ出すとするならばやはり「おとぎ話の語り直し」にあるといえるだろう。

ちなみに第二短篇集も2022年の早いうちに出してくれるそうなので、こちらにも期待したいところ。今、心の底から安心して推せる海外ファンタジィだ(ちゃんと刊行してくれるという安心感も含めて)