基本読書

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誰もが関係する皮膚の科学──『皮膚、人間のすべてを語る――万能の臓器と巡る10章』

皮膚は見過ごされがちだが、人間を語る上で外すことのできない臓器である。ニキビができたり、通常より荒れていただけで気分は大きく落ち込み、人と話す気力も、会いたいという気持ちも萎えてしまう。皮膚は我々の身体から水が漏出するのを防ぎ、太陽光のダメージからも守り、時にはタトゥーを入れることでその人の文化やアイデンティティを形作る、身体的にも心理的にも社会的にも重要な臓器だ。

本書『皮膚、人間のすべてを語る』は、皮膚科学者である著者が、そうした皮膚の多様な側面を科学的に紹介していく一冊である。スキンケア──たとえば今のところ科学的に成果が出ているスキンケア方は何で、どんな対策をとったらいいのかなど──についての話題もあるが、それはトピックの一つでしかない。皮膚が我々にどのように繊細な触覚を伝えるのか。どのように太陽光から守ってくれているのか、老化はどんな作用によって皮膚に変化をもたらすのか、タトゥーが持つ意味など、「人間のすべてを語る」というように、皮膚を通して人間の様々な側面をあらわにしていく。

皮膚の話は個人的にも興味があったので期待して読み始めたが、本書の内容は科学から文化、心理的な内容にまで幅広く及び、次から次へと興味深い情報が流れてくるのであっという間に読み終えてしまった。記述は簡潔かつ明瞭で、誰もが一度は肌の悩みを抱えた(抱えている)であろうことを考えると(ニキビに悩み自殺を考えたことがある人は、アメリカとイギリスでは5人に1人に達する)本書は誰もが楽しめるだろう。

皮膚がどのように我々を守っているのか。

様々なトピックが展開していく本書であるが、まずは基本的なところから紹介していこう。たとえば、ざっくいいえば皮膚は表皮と真皮に分けられる。表皮は文字通り体の一番外側に位置する皮膚の層のことで、真皮はその下に位置する層だ。

表皮の厚みは1ミリメートルにも満たないが、ケラチノサイトと呼ばれる細胞を何層も積んだ構造(25〜50層)があり、これが皮膚のバリア機能を一手に担っている。ケラチノサイトは30日ほどの命だが、擦ったり引掻かれたりした時に剥がれ落ち、表皮の下から新しいケラチノサイトが生み出され体は守られることになる。ケラチノサイトを含めて人間の体からは一日100万個以上の皮膚細胞が生み出されているが、その分消費も激しく、家の中のちりやほこりの半分くらいは皮膚からはがれ落ちたものだ。

表皮の基底層にはメラノサイトがあり、これがメラニンという黒、褐色と赤系の色素を吐き出すことで、紫外線領域の波長をほぼすべて吸収できるようになっている。天然の日焼け止めのようなもので、もしこれがなければあっという間に我々の体は紫外線によってDNAがばらばらに切られて皮膚がんになって早死してしまうだろう。

表皮が体を守る壁の役割をはたすなら、その下にある真皮は皮膚の厚みの大部分を占め、皮膚の状態を維持するための活動を行う。たとえば真皮にあるフィブロブラストと呼ばれる細胞は皮膚の構造を支えるコラーゲンやエラスチンなどのたんぱく質を作り、体温調節な不可欠な汗腺や脂線、毛包といった小器官も真皮の中に存在する。

老化による皮膚の劣化

皮膚の表面に巣食うシラミや菌類がどれほど多様なのかという話をしてもいいのだが、多くの人が気になるのは老化による皮膚の劣化と、それをどう防ぐのかだろう。

まず、歳をとると表皮の入れ替わり周期が30〜40日よりも長くなり、表皮と真皮を統合する層が平になっていく。真皮の奥で生産されていたコラーゲン、エラスチン、グリコサミノグリカンを産生するスピードも遅くなり、若い時の状態は維持できなくなる。皮膚のコラーゲンは、20代のはじめから年に1%程度ずつ減少していく。じゃあ、といってコラーゲンを皮膚から塗り込んでも吸収できないのでほぼ意味はない。とはいえ、誰しもが同じように老化するものでもない。黒人の皮膚は脂質とメラニンが多めで、年齢によるしわができにくい人種のランキング一位だ(びりは色白の白人)。

皮膚の老化は太陽光に当たることでも引き起こされる。紫外線A波(UV-A)は真皮に到達し、炎症経路を刺激することでタンパク質分解酵素の放出を促す。これによって皮膚を支えるコラーゲンが分解され、コラーゲンの産生自体も遅らせる。日光は明らかに皮膚にとっては天敵だ。『若々しい肌を保つには紫外線対策が何よりも大切だから、最高に効くアンチエイジングクリームは日焼け止めということになる』

錠剤を飲んだりクリームを塗ったりでなんとかならんのか?? と疑問に思うが、あまり期待の持てる論文はない。唯一データらしいデータがあるのはビタミンAの代謝物質のレチノイン酸で、これはアンチエイジング効果について確かな証拠が示されている唯一のクリーム(日焼け止めを除いて)となる。

心理と皮膚の関係

興味深かったのは心理と皮膚の関係を扱った章だ。僕も一時期アトピーではなく、何もしていないにも関わらず顔を含む体中に謎の傷が頻出する時期があって悩まされたのだが、皮膚の状態が悪化することはその人の精神状態を著しく損なう。

また、精神的なストレスは炎症を増加させ、免疫反応を低下させる。これは皮膚のバランスを崩すので、湿疹が悪化したり、皮膚が老化するスピードを増加させたりする。感情的なストレスは乾癬を悪化させる筆頭要因であるなど、精神状態は皮膚の健康と密接に繋がっている。肌の状態が悪化したら皮膚科に行くと思うが、一週間の休みを強引にでもとるなど、メンタル面の改善をはかったほうがいいこともあるのだ。

ニキビは体の不調というよりもむしろ心の病気だ。ニキビのブツブツは不潔にしているからではないのだが、そのような誤解から成長期にいじめを受け、社会面や心理面の発達が妨げられることもある。(……)誰でもできる、大したことはないと放置されてしまうことがあまりにも多いニキビだが、その症状のために人生が変わったという話をよく見聞きするようになってきた以上、社会としても医療関係者としても、もっと真剣な取り組みが必要だ。

皮膚の状態が悪化しても、命には関係がないといったり、たかが見た目だけ、一時的なこと、といって軽視され、からかいのネタにされることも多い。だが、最初に「ニキビに悩み自殺を考えたことがある人は、アメリカとイギリスでは5人に1人に達する」と書いたように、皮膚の状態の悪化は、ときには命を断つ選択肢を思い浮かべるほどには深刻な事態なのである。容易に茶化せず、真剣に向き合うべきだ。

おわりに

他にも、髪の毛が抜けた箇所に短い毛が生えているようにみせかけたり、傷跡や白斑を半永久的にカモフラージュしたりと、タトゥーには人を変身させる力があることをタトゥーを扱った章では示し、皮膚の色が人種や差別に繋がる意味について考察した章もあり、皮膚を通して人間と社会のあらゆる側面に触れていくことになる。

私たちの身体でいちばん人間らしい臓器は、矛盾しているようだが、最大限個性的であることによって、もっとも社会性のある臓器となっている。人間が思想や象徴を表す印を自分たちの身体に入れているというのは、まったく驚くべきことだ。

チョコレートとニキビには意外と関係がないなど、日常生活の行動を変えるきっかけになりえるお役立ち情報も数多く含まれているので、学究的好奇心がなくとも読んで楽しめるはずだ。