基本読書

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『三体』三部作の裏側で起こってきたことに光を当てる、まさにこれが読みたかった! と思える公式スピンオフ──『三体X 観想之宙』

この『三体X』は、劉慈欣による中国SF最大の話題作である《三体》三部作の、宝樹による公式外伝(スピンオフ)である。公式外伝といっても種類はたくさんあるが、本作が描き出すのは基本的には『三体』の第三部で起こっていたことの裏側になる。

三体の第三部はそれまでの第二部とは異なって極めてスケールが大きくなったこともあって、小さなことは置いてけぼりに物語が進行していった。本作(『三体X』)はそのあたりの拾われなかったSF設定を広げたり、キャラクタ間のありえたかもしれないやりとりを補完したりといった、二次創作的な色の強い作品となっている*1。扱い的にも正史の中に組み込まれているわけではなく、あくまでもパラレルワールドだ。

《三体》三部作は楽しんだけど二次創作はええかな〜という人もいるだろうし、僕も読み始める前はその気持ちがあったが、読み終えてみればそうもいっていられなくなった。本作は三体がどうこう以前に一個のSF作品として優れている。宝樹はその後の活躍をみれば三体どうこう抜きに作家としての実力があることは明らかだが『三体X』の筆致は劉慈欣が書いたと言われても信じそうなほどであり、後半に行けば行くほど宝樹の個性、独自性が光り、正伝に劣らぬスケールで進行していく。読み終えたときには、よくも宝樹はここまでのことをやったものだ……と呆然としたほどだ。

そのスケールの大きさ、そして大胆な手法は『三体』に果敢な挑戦を挑んでいるようでもあり、中国でも発表当時は賛否両論あったようだが(それとは関係なくハルヒのエンドレスエイトの話題が普通にたとえ話の中で出てきたりと本編では起こり得なさそうなオタク性が発揮されている箇所があるのもあるが)、僕は完全に賛である。

二次創作、それも歴史に残る壮大な作品の二次創作ならこれぐらいのチャレンジングなことはやってほしい!! ということを全部やってくれていて、《三体》三部作と並んで大好きな作品になってくれた。というわけなので、三体三部作を読み終えたファンには、そこまでいったならぜひここまでいってほしいところである。念のためだが、完全に裏側の話なので、まだ第三部を読んでない人は読まないほうがいい。

あらすじ、世界観など。

『三体X』は大きく三部に分かれているが、主に第三部死神永生の内容を補完していくので中心的な人物はどれも(第三部で中心だった)雲天明となっている。

ざっと第三部の内容を振り返っておくと、地球に攻めてくる三体星人に対して、人類はスパイをひとり送り込むことを決定する。その対象となったのが自死をしようとしていた雲天明で、彼は脳みそだけを射出、三体星人に捕獲・再生され、そこで三体星人の情報を得ることになるのだった──というのが第三部での彼の運命であった。

死神永生では雲天明が三体星人に囚われた間のエピソードはほぼ語られず、突然地球人と再会し物語の形で人類に情報を伝えようとしてくれるのだが、三体Xの第一部「時の内側の過去」では、その本編では空白だった囚われの時期にていたのかが語られていく。その囚われの期間は、天国でも地獄のようでもありといった日々である。三体星人は自分たちとまるで異なる人間を理解するために、雲天明に対して様々な情報、感覚を意識に投影し、雲天明はそれをリアルな体験として経験していくのだ。

三体星人はその性質上「嘘」をつくことができないし理解できない存在として本編では描かれていたが、三体星人もその能力(嘘をつき、理解する)を得ようと、様々な形で雲天明を利用する。地球のフィクションを理解し、雲天明の脳を解析、モデル化し、自分たちが嘘をつけるような機構に応用し、”雲天明式欺瞞コンピューティング”、略して”雲(クラウドコンピューティング)”を創り出す──とこのへんは与太話に過ぎないが、そうした三体星人がフィクションを理解していく過程で、三体星人の真の姿、なぜ智子が美しい日本人女性の姿で実体化していたのか、人類の大戦犯といえる程心が暴徒に殺されずに生き延びることができたのはなぜなのかなど、本編を読んでいたら一度は疑問に思うようなことに次々と答えが与えられていく。

宇宙が静かな理由と三体Xの壮大なスケールについて

一部がそんな感じなので、このあともずっと「本編の疑問点に一個一個解決を与えていく物語なのかな」と思っていると、第二部からはスタイルがガラッと切り替わる。

宇宙は広く、そこに住まう生物たちが友好的な生物か否かを事前に知るのは難しい。また、科学技術は数世紀もあれば飛躍的に進歩する可能性があり、現時点でレベルが低い文明でも少し放置しておくと引き戻しのできないレベルの攻撃手段を備えている可能性がある。本編中では「猜疑連鎖」と「技術爆発」として説明されるこうした二つの理屈によって、この宇宙において生物の兆候が見えたのであれば、先制攻撃で潰してしまうのが生存戦略的には安全・安心であり、誰もがその理屈を理解しているがために、自分たちの居所が異星生物にバレないように秘匿する。

それが三体本編で語られた「宇宙が静かな理由」だったわけだが、『三体X』の第二部「茶の湯会談」で語られていくのはその実態というか、この宇宙で他者を攻撃する圧倒的な力を持った二大勢力「潜伏者」と「マスター」の存在である。その後のキャリアが示すように、宝樹の作家としてのメインテーマは「時間」にあるが、この宇宙で全生命を巻き込んで行われている「潜伏者」と「マスター」の争いの焦点は、まさに時間をどうとらえるかにかかってきており、物語はここに至って三体のスピンオフであると同時に宝樹が作家として花開いていく作品として飛躍しはじめる。

三体Xの第二部、第三部では無数のテーマ・題材が取り上げられるが、たとえば本編で語られた「次元を破壊する攻撃(たとえば五次元世界が四次元に低次元化される)」がなぜ行われているのか? どのような目的で(敵を倒すためだけなのか? 自分も低次元化されるのに?)それが行われるのか? といった謎の解明。本編で太陽系文明をいともたやすく行われるえげつない行為によって破壊してみせた〝歌い手〟文明が逆に何者かによって致死的な攻撃を食らう、壮絶な宇宙の生存戦略の過程。

重力勾配をコントロールする超常的な攻撃手段など、戦闘のスケール性だけでいえば本編をしのぐ勢いで物語は展開している。

おわりに

そうした「わースケールが大きかったな〜すご〜い」という花火みたいな評価だけではなく、終盤の終盤にはそれら全てをひっくり返すような大ネタも仕込まれている。

三体本編を読んだら誰もが疑問に思う部分への説得力のある解答。三体本編では魅力的な要素が噴出したために一個一個が掘り下げられなかったという不満もあったが、それをしっかりと掘り下げていくSF作品としての深み。また宝樹の得意とする時間テーマの掘り下げによる独自性と、「独自の作家性を出しつつ、本編の疑問を勝手に解消し、物足りなかった部分を最大限掘り下げる」という僕が考える「最強のスピンオフ」といえる姿がここにはある。果敢な解釈を行っているために自分の解釈とは違う! と思う人も多いだろうが、そうした人まで含めてオススメしたい一冊だ。

*1:そもそも、本作はアマチュアだった宝樹が『三体』の完結を受けて、その興奮をそのまま叩きつけるようにして一ヶ月ほどで書き上げネットで発表した作品である。それが刊行後の読者たちの熱が冷めやらぬうちに書かれたこともあって話題になり、『三体』と同じ出版社から即座に刊行。それも劉慈欣公認のお墨付きありで──と、「完全なる二次創作作品」なので、色の強いも何も二次創作そのものなのだけれども。