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資金洗浄し放題になると何が起こるのか──『クレプトクラシー資金洗浄の巨大な闇―世界最大のマネーロンダリング天国アメリカ』

この『クリプトラシー資金洗浄の巨大な闇』は、米国でこれまで行われてきた資金洗浄の実態について書かれた一冊である。僕のような一般市民からすれば資金洗浄、マネーロンダリングと言われても一部の汚いカネを持った富裕層はそういうことを演る人もおるんやろなぐらいの認識で、特段それについて深く考えたり、問題に思ったことはなかったが、本書を読むとなかなかに被害の大きい行為であることがわかる。

副題に「世界最大のマネーロンダリング天国アメリカ」と入っているように、本書の事例はアメリカのみなので(資金洗浄を行いたい日本人も出てこない)日本人読者からすれば距離のある話ではあるが、アメリカでいかにマネーロンダリングが盛大に行われてきたのか。それを許してきた司法のシステム、抜け穴とは何なのか。実はトランプ前大統領もこのマネーロンダリングには大きく関与していて──と多少なりともアメリカ文化、金の流れに興味がある人なら誰でも楽しめるだろう。

マネーロンダリングって何?

そもそもマネーロンダリングとは何なのかという話から始めるが、ようは汚い金をきれいな金に変える行為である。汚い金とはどういうものかといえば、不正な手段、あまりおおっぴらにはできない手段で手に入れた金だ。たとえば独裁に近いかたちのトップ、あるいは上層部が不当にふところに入れる市民の金などである。

汚い金は、自分たちが支配できているうちはいいが時に政権打倒や逮捕などさまざまな理由によって権力が失墜したとき、口座や金の流れを調べられて回収される危険性がある。だからこそそうした汚い金を持っている人間は、自分の口座から切り離して自分とは無関係な──されど実質的には自分が所有している──きれいな資産に変えたいと願う。これがマネーロンダリングとそれが行われる理由の一つだ。

不法な資産逃避の問題に取り組んでいるアメリカの民間団体が作成したデータによれば、開発途上国から1980年以降記録に残らないまま国外に持ち出され失われた金は16兆3000億ドルと試算されている。全世界の富の10%近くが海外のオフショアのタックスヘイブンに移されているという試算もある。『こんな実態に驚いたとしても、それはあなた一人ではない。世界屈指のオフショア/オンショア・センターとしてのアメリカの地位は、それにふさわしい注目をあまり浴びてこなかったせいだ。』

なぜアメリカがマネーロンダリング天国なのか?

なぜアメリカはマネーロンダリング天国になってしまったのか? その大きな理由のひとつに、アメリカでは「匿名のペーパーカンパニー」を簡単に設立できたから、というのがある。たとえば歴史を振り返ること1986年。この時代アメリカで二番目に小さな州であるデラウェア州は匿名のペーパーカンパニーの設立が完全に合法化され、州の長官はまさにそれをウリ文句にして様々な国に投資を呼びかけて回った。

長官が各国で配っていたパンフレットには、「本国で敵対勢力による反乱や侵攻などの緊急事態が発生した場合、あなたの会社の所在地を一時的または恒久的にデラウェア州に移転させることで、当州の法律によってあなたの会社を保護することができます」と書かれていた。もちろん大勢の人間がデラウェア州を目指し押し寄せてくる。

匿名のペーパーカンパニーは、株主もいなければ従業員もいない。いつどこで設立された会社で、登記情報を誰が州政府に提出したのかぐらいは知ることができるかもしれないが、そんなものはいくらでも代理の人間が担当できた。で、具体的にその匿名のペーパーカンパニーで何ができるのかといえば、ものすごく簡単な話である。ペーパーカンパニー名義で口座を開設し、金を移して不動産でもヨットでもなんでも好きなものを買い漁ればよい。もちろん念には念を入れ、そこからいくつかのペーパーカンパニーをかませてもいい。どうせ対してコストは変わらないのだ。

でも、そんなふうに匿名のペーパーカンパニーを作れるのはアメリカだけじゃないんじゃないの? と読みながら疑問に思っていたのだが、実はそういうわけでもないらしく、アメリカほどもっとも容易にダミー会社が設立できる国はないという。これについて調べた研究者によれば、アメリカでは(調査当時)5分の1以上の企業サービスプロバイダーは申請者本人の身分証明写真を求めず、ほぼ半数が公的書類の提出さえ要求しなかった。国際的な最善慣行に準拠していたのはわずか1.5%だった。

大半の国では会社の設立は中央政府が管掌しているが、連邦制のアメリカでは規制の主体は州政府であり、これらは法人誘致をめぐって競い合っている。ペーパーカンパニーの設立を容易にしたほうが誘致できるなら、州政府はそうしてきたのだ。

何もしてこなかったわけではない。

とはいえアメリカも何もしてこなかったわけではない。たとえば同時多発テロが起こった直後には、資金洗浄の防止を目指す法案が承認され、アメリカの銀行は資金洗浄防止につとめなければならなくなった──はずだが、これもまた抜け穴のあるものだった。ブッシュ政権化の財務省は資金洗浄規制法の対象から複数の業界を除外したが、その中には不動産業者やその売買を仲介するエクスロー口座に関する業者、プライベートジェットや何百万ドルの自動車など超高級品の販売事業者が入っていた。

不動産業者は提供された知識が資金洗浄規制法に引っかかるものかどうかチェックする義務はないから、資金洗浄したい人間らには利用された。実はこれにはトランプ前大統領のトランプ・タワーもかかわっている。彼の所有するビルの多くは匿名、あるいはマネーロンダリングが疑われる顧客によって買われており、ニューヨークのマンハッタンにある「トランプ・ソーホー」などは実に77%もの顧客がマネーロンダリング目的でしたとみられていて、実質マネーロンダリング用のビルだ。

おわりに

高額な不動産の売買でマネロンが行われようが市民には関係がないと思うかもしれないが、実際にはこれによって不動産の値がかなり釣り上がっている。アメリカでは新たな不動産売買規制によって実質的所有者の特定が厳しくなった結果、マネーロンダリングが盛んに行われている都市の住宅価格が5%近い幅で下落したりもした。

不正融資を引き出すための窓口としてアメリカの製鉄所が利用され、表向きは融資がされながらも実態は富豪のもとに通過していくなどの操作が行われ製鉄所はろくに管理も整備もされずに事故が多発するなど、一般市民の生活とはまるで関係がなさそうなマネーロンダリングの余波がいかに大きいのかも語られている。

抜け穴だらけだった資金洗浄規制も2021年を境に匿名のペーパーカンパニーの設立を禁止する国防権限法案が可決されるなど、徐々に状況は改善されつつある。資金洗浄の必要性はいつの世にもなくならなず、常に汚れた金は洗浄する場所を求めている。そうした、お金の流れが見えてくる一冊だ。