基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

サダム・フセインやポル・ポトのような独裁者は何を食べてきたのか──『独裁者の料理人 厨房から覗いた政権の舞台裏と食卓』

この『独裁者の料理人』は、その書名通りの一冊である。カンボジアのポル・ポト。イラクのサダム・フセイン。ウガンダの大統領イディ・アミン。アルバニアの首相エンヴェル・ホッジャ。キューバのフィデル・カストロ──。そうした独裁者と呼ばれることもある彼らにかつて仕えた料理人らにインタビューを行い、彼らが何を食べ、何を好み、どのようなコミュニケーションをとってきたのかをまとめている。

最初はそんなに期待しないで読み始めたのだけど、これが大変におもしろい! 独裁者は常に暗殺に怯えるものだが、この世でもっとも使い古されてきた暗殺手段の一つは「毒殺」だ。もちろんそんなことは独裁者側だってわかっているから、毒味役もいるし成分検査が行われることだってある。とはいえ、だから料理人が誰であってもいいという話にはならない。独裁者の料理人には一定以上の信頼と腕が求められる。

どんな食事を好むのかや、食事の時の立ち居振舞は、その人物の個人的な側面が出る瞬間でもある。そうした「信頼された」料理人の視点からしか見えてこない人柄やエピソードが、本書ではしっかりと語られていくのだ。

 たちまち次の問いが浮かんだ。サダム・フセインは何万人ものクルド人をガスで殺すよう命じた後、何を食べたのか? その後、腹は痛くならなかったのか? 二百万近いクメール人が飢え死にしかけていたとき、ポル・ポトは何を食べていたのか? フィデル・カストロは世界を核戦争の瀬戸際に立たせていたとき、何を食べていたのか? そのうちだれが辛いものを好み、だれが味の薄いものを好んだのか? だれが大食漢で、だれがフォークで皿をつつくだけだったのか? だれが血のしたたるビーフステーキを好み、だれがよく焼いたのを好んだのだろう?
 そして結局のところ、彼らの食べたものは政治に影響を与えたのか? もしかしたら料理人のだれかが食べ物に付随する魔法を使って、自国の歴史に何らかの役割を果たしたのでは?

本書では、特に重要な料理についてはそのレシピや作り方についても太字で言及してくれていて、レシピ本的に使うこともできる。地域はバラバラに独裁者と料理人を取り上げているので、各大陸の料理が出てくるのが楽しい。

サダム・フセインの料理人

最初に語られていくのはサダム・フセインの料理人だ。経歴をざっと紹介すると、イラクの政治家で、2001年の同時多発テロ事件以降アメリカと激しく対立。2003年にアメリカ軍に捕らえられ、06年末に死刑が執行されている。その料理人だったのが、アブー・アリだ。彼はもともとバクダード医療センターや兵士たちのために料理をしていて、その後大臣や大統領、国の代表団のための料理を作るようになった。

その時はサダム・フセイン専属ではなかったのだが、ある時突然、サダム・フセインのお付きの料理人として厨房で働くことを告げられたのだという(もちろんその前に犯罪歴などの調査は行われていたのだが)。その待遇は良かったのだという。たとえば、サダム・フセインには4人の専属料理人がいて、2人で一日働いたら次の日は休み。機嫌が良ければサダムからのチップもはずみ(機嫌が悪いと給料を減らされることもあったが)、トータルでは大きくプラスになったという。それどころか、料理人には一年に一度新車がプレゼントされるなど、金銭的な気前はよかったようだ。

アブー・アリを通して語られるサダムは、なかなかに魅力的な人物だ。兵士らを気にかけていると示そうとし、事前にアブー・アリがほとんどを用意したものではあったが料理をふるまったこともあったとか(塩を入れすぎたり写真をとったりしているあいだに焦げ付きすぎたりで失敗も多々あったようだが)。前線の部隊をサダムが訪れた時、敵が決死の攻撃をしかけてきて、(イラクの)兵士が一目散に逃げてもサダムは一切動じず踏みとどまって、逃げたアブー・アリを処分することもなかったとか。

もちろん、メインの「何を食べていたのか」もしっかりと語られている。サダムの好物のひとつは魚のスープで、「泥棒の魚スープ」と呼ばれていたものだ。本来脂の多いガッターンという魚を使うが、鮭や鯉でもできるという。魚は二センチ幅に切って小麦粉をまぶし、鍋底に玉ねぎと脂を少し入れ──と、本書では何分煮込むかまで含めて各料理の作り方が紹介されているので、試しに作ってみることもできるだろう。

サダムが暗殺を恐れて居住を転々としていた時、料理人がどう対応していたかのエピソードであったり、辞職を申し出た時のやりとり(あっさりと受け入れられたが、好物の干し牛肉だけは一年に一度ストックするため作りにきてくれと頼まれたなど)など、独裁者と料理人の親密な関係性が、この章ではよく語られている。

イディ・アミンの料理人

ただ、独裁者と料理人は(当然だけど)常に良い関係を築けるわけではない。続くイディ・アミンはウガンダの独裁者で、人肉も食べていた残虐な男という噂が流れている人物だ。その料理人オトンデ・オデラは、前代の大統領に仕えていたのだが、当時(1971年)参謀総長だったイディ・アミンはクーデターを起こし権力を掌握。

権力を脅かしそうな人物は手足や舌を切り取られ残虐に殺されたが、オデラはそのままアミンの料理人として雇われることになった。イディ・アミンは疑り深くその気になればすぐに部下を殺す男であり、そうした人物のもとで料理人をやるのはやはり簡単ではない。たとえばある時、料理人(オデラ)がレーズン入りのピラフを作ると、アミンの13歳の息子はそれがおいしくてばくばくと食べ、ひどい腹痛を起こした。

普通に考えたら食べ過ぎてお腹が痛くなっただけだが、アミンは息子が毒を盛られたと勘違いして、宮殿中を走り回って、うちの息子になにかあったらお前らを全員殺してやる!! と叫んでいたという。料理人(オデラ)はこのままじゃ自分の命がまずいと思い、アミンの息子を連れて裏口からこっそり抜け出し、大統領一家のかかりつけ医にかけこみ、腹を押してもらっておならをだし、息子の腹痛を楽にさせた。

すぐに料理人(オデラ)は医者に電話をかけさせ、お子さんは大丈夫ですと連絡したが、アミンはその時気も狂わんばかりに毒だ! 毒だ! と叫んでいて、電話が繋がっている間も料理人のひとりの頭にピストルをつきつけていたらしい。その後、アミンは料理人(オデラ)をみかけるたびに笑って「おなら、おなら!」と叫んでいたというが、料理人からすればまったく笑い話ではない。

私は別に可笑しくはなかった。仮に冷静さを失って、モーゼスを病院に連れていかなければ、私はとっくに死んでいたかもしれない。

おわりに

他にもアルバニアの独裁者エンヴェル・ホッジャは糖尿病により、一日1200キロカロリーしかとることが許されない。ホッジャが死んだら責任問題となって、最悪死刑にされることから、命がけで低カロリーの料理(しかも満足するほどおいしい)を作るはめになった料理人の話など、とにかくどのエピソードも面白い。

ポル・ポトやカストロ、ゲバラなど、このあともいろいろな人物が取り上げられるが、料理を通してはじめて見えてくる人間性というのもある。訳も良いので、サクッと読み通せるだろう。おすすめの一冊だ。

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