基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

マーベルコミックの原作者でもある著者が、本気で考える世界征服計画──『科学でかなえる世界征服』

この『科学でかなえる世界征服』は、『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』などで知られるライアン・ノースの最新作だ。

前作(『ゼロからつくる科学文明』)は、もし自分がタイムトラベラーで現代から過去の世界に飛んでしまい、(もといた時代に)戻ることができなくなってしまったとしたら、どうやって文明を再興するのが一番早いのか? を食やエネルギー、医療など様々な観点から考察していく一冊だった。それに続く今作は、マーベルやDCのようなヒーローコミックの世界における「ヴィラン」になって、世界征服を試みたら、何をすればいいのか? 何が必要なのか? を考察していく一冊だ。

秘密基地はどこに作ればいい? どういった素材で作ればいい? からはじまって、恐竜のクローン作成、気候のコントロール、タイムトラベルにインターネットの破壊まで、数々の悪事を現実的に行うために何をしたらいいのかを取り上げている。

なんで突然ヴィランが世界征服するなんて本を書いたんだ? と思うかもしれないが、著者のライアン・ノースはコミック・ライターであり、マーベルの漫画作品の原作者でもあるのだ。彼がマーベルで原作を手掛けた漫画のひとつにリスト同様の身体能力、リスと意思疎通できる能力を持つ女性が主人公の『The Unbeatable Squirrel Girl』(邦題『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』)がある。

で、そうした経歴を持つ著者なので、スーパーヴィランはアメコミの世界では必然的に負ける必要があるが、そうした物語的な都合を排して、”スーパーヴィランが負けなくていいならどうなるだろう?”を考えたのが本作の種となっている。

 本書はみなさんにスーパーヴィラン教育を受けてもらうためのテキストだ。それは今まさに始まる。あなたは今日、ポピュラーサイエンス本の読者としてスタートするが、すぐに物理学、生物学、歴史、テクノロジー、コンピュータ、宇宙──宇宙における人間の状況、宇宙のなかの森羅万象、そして私たちが宇宙で占めている地位──について、これまでよりもさらに多くのことを学ぶ。あなたがいつもなりたいと思っていた自分になれるよう、私は全力を尽くそう。大胆な者、いまだかつてなかったような者に、あなたがなれるように。スーパーヴィランと呼ぶにふさわしい者に。

世界征服とあんまり関係ない強引なトピックもあって(たとえば恐竜のクローンを作るとか地球の中心まで穴を掘るとか、世界征服とあんまり関係ない)、その点は「世界征服本」として読むと残念だが、世界征服という発想を軸に科学のおもしろトピックを語る、ポピュラーサイエンス本としてのおもしろさに溢れた本である。

スーパーヴィランには秘密基地が必要だ

最初に考察されていくテーマは「秘密基地」だ。実際問題世界征服をしようと思ったら一人ではなかなか難しいしある程度の人が入れてしかも権力に邪魔されない秘密の基地が必要になる。本書の構成はどの章も同じで、まず最初になぜそれについて考えるのが必要か、どんな可能性が考えられるのかなどの「背景」が語られる。

基地の例でいえば、最初に「人間が完全な自給自足で生きていくために必要な面積はいくつなのか?」という考察から始まる。たとえば1991年には男性4人、女性4人の合計8名が2年間、”バイオスフィア2”と呼ばれる完全に独立した複合施設で暮らす実験が行われている。その内部では食物の生産から鶏や山羊の飼育も行われていて、完全な循環を目指していたがこの実験では数々の問題が起こった(食料の不足、酸素濃度の危険なレベルまでの低下、人間関係の決裂など)ことでほぼ失敗に終わったことなど。そうした歴史に学びながら「最低限必要な面積」についての考察が行われ、一歩一歩「ヴィランの秘密基地に必要なもの」の要件定義が行われていく。

「背景」の説明が終わったら次は「小悪党の間抜けなプラン」として、実際の歴史においてどのような試みが失敗に終わってきたのかを紹介していく。たとえば海の基地の失敗例としては、超富裕層向けに地球で最大の住居型客船として分譲マンションのように販売されたクルーズ客船ザ・ワールドが紹介されている。ザ・ワールドは所有者には1000万ドル以上の資産が求められる高くて素敵な船だが、当然無補給とはいかない。COVID-19が世界を襲った2020年3月には、ザ・ワールドも運行中止となってしまった。こうした事態は、ヴィランの秘密基地としては避けたほうがよいだろう。

「背景」と「小悪党の間抜けなプラン」として失敗例がいくつも語られた後、ようやく「あなたの計画」として使えそうな案が出現する。秘密基地でいうと、どの国家の法律も及ばない「国際空域」に注目し、そこに拠点を構えようとしていく。

一例としてアメリカの場合、海抜5.5から18.3キロメートルの範囲──大半の航空機が飛ぶ範囲──を飛ぶ際、飛行機は常に航空管制の指示に従い、しかも、その空域に入っていいという明確な許可を取っていなければならない。ところが、18.3キロメートルより上まで逃げおおせたなら、あなたは違った扱いを受ける。その空域では、無線通信はまったく使えず、航空管制の許可もまったく必要ない。そこは歴史的に、恒常的には大して何にも使われてこなかった空域なのだ。つまり、私たちが好き勝手に使い放題ということだ。

空域が空いてるっていってもそこに基地なんか建設できないだろ、と思うかもしれない。だが、「ある物体が形を保ったままで拡大されるとき、その表面積は、拡大率の2乗で大きくなるのに対し、体積は3乗で大きくなる」法則を活用し、人間が何人も暮らせるだけの超巨大な気球基地を浮かべよう──と壮大な着想に至って見せる。

気球でもエネルギー補給は必要でしょ? と思うかもしれないが、一定以上に大きくなれば内部に含まれる空気の量が大きくて気球の重量が逆に軽くなって、日光によるわずかな内部の空気の上昇だけで浮かんで飛べるようになる可能性があるという。ただ、もちろんそう簡単にできるものでもなくて(そんなに巨大な構造物を作ることができる軽くて頑丈な材料が現時点では存在しない)──と、計画の「マイナス面」、そしてこの計画を実施した時にどのような罪に問われるのかについても言及される。

それ以外の章

流れを含めて一章紹介していたらけっこうな分量になってしまったのでこれ以上の詳細な紹介は控えるが、他の章もおもしろいものが多い。二章「自分自身の国を始めるには」ではこの地球上であらたな土地を支配するには何が必要でどこがいいのかを考察していくし(「あなたの計画」では南極が候補にあがる)、五章「地球の中心まで穴を掘って、地球のコアを人質にする方法」は世界征服との関連度でいうと微妙だが、どれぐらい掘り進むと熱くなるのかなど、考察の内容自体はおもしろい。

章の全体像は下記のとおりだ。

おことわり/はじめに
第1部:スーパーヴィランの超基本〈スーパーベーシック〉
 第1章:スーパーヴィランには秘密基地が必要だ
 第2章:自分自身の国を始めるには
第2部:世界征服について語るときに我々の語ること
 第3章:恐竜のクローン作成と、それに反対するすべての人への恐ろしいニュース
 第4章:完全犯罪のために気候をコントロールする
 第5章:地球の中心まで穴を掘って、地球のコアを人質にする方法
 第6章:タイムトラベル
 第7章: 私たち全員を救うためにインターネットを破壊する
第3部: 犯罪が罰せられなければ、犯人はそれを犯したことを決して悔いない
 第8章:不死身となり、文字通り永遠に生きるには
 第9章:あなたが決して忘れられないようにするために
結び/謝辞/参考文献/訳者あとがき

おわりに

世界征服してえ〜〜!! という人はそんなに多くないんじゃないかと思うが、大きな夢、発想を擬似的にもたせ、勇気を与えてくれるような一冊だ。類書としては岡田斗司夫の『「世界征服」は可能か?』なんかもあって、これは昔読んで記憶が曖昧だがそもそも「悪」や「世界征服」の定義を試みていておもしろかった記憶がある。