基本読書

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地球人口が100億人にいたり、地球の負荷が高まる時代に何をすべきなのか──『魔術師と予言者――2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い』

この『魔術師と予言者』は書名だけみるとファンタジィ小説だが、その実態は2050年、人口が100億に達した時の地球環境の危機について考察する大著である(ページ数は700を超える)。現在の地球人口は約77億人だが、すでに限界ぎりぎりの地球の資源状況が人口が増えればここから厳しくなっていくのは火を見るより明らかだ。

このままだと、食料も、エネルギーも、水も、気候も、すべてが破綻しかねない。では、我々は未来に備えて何をすべきなのか? その対抗策について、本書では科学の力を駆使することで、農業の生産性を上げ、エネルギーの供給量を増し、問題を解決せよ! と唱える一派らをノーマン・ボーローグを模範とする「魔術師派」。

地球資源には限界があり、人間は科学に頼るだけでなく抑制もしなければならない! と語るウィリアム・ヴォートを代表とする「予言者派」に分け、この二派が歴史的にどのように主張を展開し、議論を発展させてきたのかを追っていく。

重要なのはどちらの意見が「正しいのか」にはない。いずれ科学がすべてを解決する可能性はあるが、そこにはタイムラグが存在するのだから、今まさに崩壊しかかっている環境を守るためには部分部分で抑制が必要なのは間違いない。同時に、科学の歩みを止める必要もない。そのどちらの意見も良いところを取り入れるべきだが、対立は激しい。遺伝子組み換え食物を受け入れる人々は、そう簡単にステーキを諦め環境に優しいベジタブルバーガーを食さないように、そこには相容れぬ価値観がある。

 ヴォート派とボーローグ派の対立が激化する最大の理由は、それが事実をめぐる争いではなく、価値観の対立であることだ。ヴォートもボーローグもほとんど認めたことはないが、彼らの主張の根っこには、倫理的、精神的なビジョン、つまり世界とそこに生きる人類に対する考え方の相違がある。

著者は歴史ノンフィクションの大著で世界的な評価も高い『1491』『1493』のチャールズ・C・マンで、事前から期待していたのだけれども、その高まる期待を裏切らぬ一冊であった。未来の指針を示すような本ではないが、これまでの環境問題をめぐる広範な議論をどこまでも深く追っており、読むと世界の見通しがよくなるだろう。

魔術師と予言者、その代表的人物

予言者派の代表者といえるウィリアム・ヴォートは1902年生まれで、その著書『生き残る道』を通じて、人類はこの先消費を減らし環境を保護しなければ、限界ある資源を食い尽くして破滅が訪れるだろうと警戒をした人物だ。彼の活動は現在の環境保護運動の基礎を築いた。一方の魔術師派ボーローグは1914年生まれで、耕作技術と高収量品種の開発によって穀物の収穫量を増やし、ノーベル平和賞を受賞するまでに至った人物。彼の中心的な思想は、抑制ではなく科学技術を適切に利用すれば、苦境から抜け出す道筋をみつけられるはず──というものだ。

二人とも、限りある地球の資源を人類の未来のためになんとかしなければならい! という使命感を共有しているが、その解決のためのアプローチは大きく異なっている。本書ではまず、この二人の人物がどのような人生を歩んでそのような思想にたどり着いたのか、また彼らの発言や行動が、世界をいかに大きく変えるきっかけとなったのかを描き出す。その後、土、水、火(エネルギー)、空気(気候変動)の4項目について、現在の地球はどのような(切迫した)状態なのか、各事項に対して魔術師派と予言者派がどのような主張を展開してきたのかを眺めていくことになる。

土──食料をめぐる魔術師派と予言者派の対立

たとえば、土の章では土壌と食料生産をめぐる魔術師派と予言者派の対立が描かれていく。いくつか試算をみていくと、人口100億人時代を支えようと思ったら食糧生産を今から50〜100%増加させる必要があるという。幅が広いが、これは人口がどうというよりも世界がどれだけ豊かになるか、豊かになった人たちがどれだけの食料を求めるのか見当もつかないからだ。人は豊かになれば肉を食べるようになるが、肉を育てるには穀物の生産量増大も不可欠である。仮に、少し先の数十億人が欧米人と同じほど肉を好んで食べたなら、世界の穀物生産は2倍以上求められる。

穀物生産量を50年までに2倍以上にしようと思ったら、収穫量を1年あたり2.4%ずつ上げていく必要があるが、現在のところ全世界のコムギ、イネなどの収穫増加率は一年あたり0.9〜1.6%で、必要な水準にまるで届いていない。しかも、耕作可能な土地はすでにほぼすべて利用されていて、農地の拡大による収穫増加も期待薄である。

これにたいしてどのように魔術師派と予言者派の意見が割れているのかといえば、大規模な工業型農業や農作物・土壌の改良を薦める魔術師派に対して、土壌を豊かに保ち土が支える農場生態系の健康を第一に考える予言者派がある。

「どのような農業が良いのか?」と問いかけた時に、魔術師派は農地の単位面積あたりから生産されるカロリー量を第一に考えるが、予言者派はそうは考えない。生産カロリーのみに焦点をあてると、過剰な施肥、生息地の喪失、流域の劣化による巨大な地球資源への負荷コストが計算外になっていると反論し、重要なのは生態環境と人間から成るコミュニティを長期的に維持することだ、と語る。

一方はある種の自由に価値を置き、他方はある種のコミュニティを重視する。一方にとって自然は手段であり、自由に使える原材料の集合である。他方にとっての自然は、ひとつひとつの生態系が内なる調和を持つ、意味のある存在であり、人間の行動を制限してでも守るべきものだ。どちらを選ぶかによって、まったく異なった生き方が見えてくる。実際的な問題をめぐる論争のように見えて、じつのところは、心と心のせめぎ合いなのだ。

食料生産には水が不可欠だが、人口100億人の世界では食料の増産に伴い水の需要も現在より50%増加する見込みとなる。利用されていない湖や河川はほとんどなく、帯水層の水量も減少している。気候変動で氷河は縮小し、川が干上がっている。

魔術師派はダムの拡張、海水淡水化プラントの建造を主張し、予言者派は海水淡水化プラントは海洋生物の命を奪い、廃棄物で海を汚染するとして、水のリサイクルや雨水の貯留など、削減、再利用、再資源化を呼びかける──とあらゆる領域で意見は対立していく。どちらも正しい側面があり、重要なのはそれをどう組み合わせるかだ。

おわりに

人口が100億人に到達するとはいうものの、世界人口は2045年頃を境に減少に転じてその後戻ることはないとするシミュレーションもある。そう考えれば数十年苦しくとも人口が減るまで我慢すればええんじゃね? と思いそうになるが、崩れたバランスをもとに戻すのは難しく、先んじて手を打っておいたほうがいいのは間違いない。

極端な思想をあえて交互にみていくことによって、環境危機の全体像が浮かび上がってくる。700ページ以上あるうえに5000円近くするので買うのも読み通すのもなかなかに困難な本だが、それだけの価値のある一冊だ。