基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

宇宙文明が遭遇すると想定される、普遍的な危機への考察──『地球外生命と人類の未来 ―人新世の宇宙生物学―』

地球外生命と人類の未来 ―人新世の宇宙生物学―

地球外生命と人類の未来 ―人新世の宇宙生物学―

この広い宇宙に、文明を発達させた生物の住まう惑星はいくつあるのだろうか。実測しているか否かでいえば現状は間違いなくゼロだが、だからといって宇宙のすべてを観測したわけではないのだから、何十、何千、何兆といった文明が他に存在していたっておかしくはない。実際、それは物凄くワクワクさせられる問いかけであると同時に、我々の行末を考えるにあたっても重要な問いかけであるから、様々な仮説が立てられ、計測が行われてきた。本書も、そんな流れの中に組み入れられる一冊である。

 人新世の宇宙生物学は、革新的な見方をもたらすだろう。地球外生命体(や地球外文明)の存在を真剣に考えるときが来た。最近の数十年間で起こった宇宙生物学革命によって得られたあらゆる知見は、人類文明が、宇宙の歴史のなかで唯一の文明プロジェクトであるとはほとんど考えられないことを示している。この認識は、私たちに次のことを教えてくれる。あまたの系外惑星の発見に基づいて正しく問いを立てれば、私たちが直面している地球の危機にも関連する、地球外文明の科学の輪郭を浮き彫りにすることができるだろう。

上記の引用部には本書で検討されていく著者の主張の重要な部分が含まれている。まず一つは、「人類文明が、宇宙の歴史の中で唯一の文明プロジェクトであるとはほとんど考えられないこと」のしっかりとした根拠を示すこと。もう一つは、想定されるであろう「文明を宿した地球外惑星惑星の気候」についての精巧なモデルを構築して、「宇宙文明における普遍的な危機」を導き出すことで、地球という惑星の危機の未来予測のために役立てることができるのではないかという大きな視点だ。著者はそのためのツールとして、宇宙生物学および天体物理学の知識・視点を用いていく。

非常にワクワクさせられる本書ではあるが、序盤はそこにたどり着くための基礎的な知識の紹介になっている。たとえば、地球外生命が存在する可能性が高いにも関わらず、人類がそれらと出会ったことがないのはなぜか?(高度な文明を発達させた生物がもし宇宙のどこかにいるのであれば、何種類かぐらいは我々のところに来ていてしかるべきなのではないか?)を問いかけた有名なフェルミのパラドックスについてや、地球外文明の数を推定するためのドレイクの方程式についての紹介になる。

第二章「ロボット大使は惑星について何を語るのか」は、金星、火星、地球など各惑星の気候の状況、推移からどのようなことがわかるのかといった「天体物理学で何がわかるのか」という話題になる。火星と金星と地球は気候の状態が大きく異なっているが、とはいえそれぞれに別の物理学や化学が働いているわけではないから、気候的には類似パターンが多くみられる。地球の赤道から極地へと向かう大気は、慣性力の一種であるコリオリの力によって曲げられ、大きな循環が発生するが、これは自転しているから起こる現象であって、火星でも同様にこの循環が発生する。また、地球の大気の高層に存在する空気の高速の流れであるジェット気流も存在しているようだ。

重要なのは、そうした類似は地球と火星だけで起こるのではなく、自転していたり、同じような組成を持つ惑星は何百万光年離れていようが同じ規則に従っているということだ。それは、本書でここから述べられていく、地球外文明を宿した惑星が、どのような歴史をたどるのかを考察するための基礎となる部分である。

人類外文明はおそらく存在する。

第三章では地球の過去の歴史を紐解いていくが、ここで重要なのは「生物は、ただ地球の上に乗っかって生きているわけではなく、地球の環境を大きく変えながら生きている」ということ。人間が温暖化の原因になっているのはもちろんだが、光合成を行う能力を持った生物が生まれたことで、大気中の酸素含有率が飛躍的に高まった事例など、生物と惑星気候が切っても切れない関係性であることを明らかにしていく。

で、そうした前提をふまえた上で、四章と五章で大きな仮説を立てて踏み込んでみせる。まず四章で著者が試みるのは、「現在、いくつの地球外文明が存在しているのか?」というドレイクの問いかけを少し変え、「宇宙の全歴史を通じて誕生した文明が人類文明のみである確率はどのくらいなのか」を問うことだ。そうすることで、ドレイクの方程式から邪魔な文明の平均寿命の問題を取り除き、よりシンプルな方程式にすることができる。ここではその詳細な方程式は省くが、系外惑星のデータに基づくと、先程の問いかけに対する答えは100億×1兆分の1という途方もない数になる。

そんなざっくりとした恣意的な方程式で何がわかるねんというのはもっともな疑問ではあるし、本書でも彼らに寄せられた反論への再反論が行われている。正直、この方程式が正しいかどうか僕にはまるで検討もつかないのだけれども、近年の観測精度の上昇によるハビタブル惑星の多くの発見・観測と、生命の発生過程への研究(奇跡的な確率というわけではなさそうである)の進展と合わせて、僕自身「地球外文明がこの広い宇宙のどこかに存在しない」ということは考えにくいのではないかと思う。

で、五章では「じゃあ、地球外文明が普遍的に存在するというのは前提とすると、そうした文明はどのような発達の過程をたどるんだろう?」と問いかけてみせる。そこで関わってくるのが、二章で語られた惑星気候学と、三章と(全体で語られてきた)宇宙生物学の関連だ。生物は──というよりこの〝宇宙〟は、熱力学第二法則から逃れることはかなわず、生物の活動は惑星の気候に少なからず影響を与える。『よって私たちが関心をいだいているような広域的でエネルギー集約的な文明は、惑星に何らかの影響を及ぼさずには構築し得ない。それどころか、物理法則は惑星に影響を及ぼすことを求める。その法則とは、熱力学第二法則のことである。』

関連して重要なのは、エネルギー源は無限ではないということだ。太陽エネルギーがあるじゃんと思うかもしれないが、太陽だっていずれ燃え尽きる。たいていの場合、若い文明がエネルギー源として用いるのは惑星に内在している資源だろうし、種類は燃焼エネルギー、水力、風力、潮力、地熱、太陽光、原子力あたりに絞られ、その数ならば、使用することで惑星にいかなる影響が及ぶのか計算することができる。そうして本書は手に入れた基礎的な情報とコンピュータのパワーを使って地球外文明がエネルギー収支的にどのような運命をたどるのか、モデル化に着手してみせる。

『このモデルは、文明が抱える人口と、それを宿す惑星システムが、時間の経過とともにどのように変化するのかを予測する二つの方程式で示される。』もちろん与えられる変数によってそのモデルが示す状態は様々だが──ここでは、まだみぬ文明の歴史を、単なるフィクション以上の精度で予測しえる可能性を示しているのだ。

おわりに

この記事では具体的にそれがどのようなモデルを示したのかというおいしい部分は書かないので、気になる方はぜひ読んで確かめてもらいたい。今年もっともワクワクさせられた一冊だ。