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経済から文化まで、未来を知るにはまず人口に注目すべし──『人口は未来を語る 「10の数字」で知る経済、少子化、環境問題』

未来に何が起こるのか予測するのは簡単なことではないが、人口は比較的確度の高い予測が可能な分野である。日本の人口が突然倍増することはありえないし仮に数々の施策を打ったり移民受け入れが進んだとしても、増える人口はわずかでしかない(からシミュレーションしやすい)。さらに、人口は国家のあらゆる側面に関わってくるから、「未来を語りたい」のならばまずは各国と世界の「人口」に注目すべきだ。

というわけで本書『人口は未来を語る』は、人口学者のポール・モーランドによる「人口統計を使って未来を考えてみよう」という一冊である。たとえば世界人口はいつ頃減少をはじめるのか、またそうなった時各国の経済はどうなっているのか。人口が減少し高齢化が進んでいく国と紛争・革命の関係、人口はまだしばらくは増えていくと思われるが、食糧生産は問題ないのだろうか。また、少子化を止め、出生率を上げるためにできる手段はあるのか、その効果はどれぐらい出ると思われるのか──そうした人口にまつわる様々なトピックを扱っていて、本書を読むと今後の社会でどような変化が起きるのか、その見通しがぐっと良くなるだろう。

世界人口は今後どう推移していくのか

今、先進国の多くは出生率が人口置換水準(2.07)を下回っている。その原因はいくつもあるが、ひとつには教育水準や衛生基準の進歩が伴って幼少期に子供が亡くなることが減り、たくさんの子供を産む必要がなくなったことがあげあれる。

また、中世ヨーロッパの社会では人口の90%が農業をして暮らしていたが、そんな時代では子供は働き手となり家計を助けてくれるので「投資」になった。しかし都市化&都市への移住が進むと、子供は労働力にならないどころか現代の高水準化した労働環境に適用させるために20年以上にわたって高コストな教育を与える「負債」になってしまい、そう何人も産むことが難しい。男女平等がすすみ、女性も男性と同様に働くのが当然という社会に移行すると当然それに伴って子育てのコストもあがり、より出生率は下がる──といった流れで、特に先進国ではどこも出生率が下がっている。

たとえば韓国の合計特殊出生率(すべて2021)は驚愕の0.81、シンガポールは1.12、中国は1.16、日本1.3と東アジア地域は軒並み低い。欧米も状況はたいして変わらない、米国1.66、イギリス1.56、ドイツ1.58だ。南欧と東欧も状況はかわらず、クロアチア、セルビア、ウクライナなどどれも特殊出生率は1.75を下回っている。2023年、中国を追い越して人口世界一の国になったインドも出生率は年々下がり出生率は2.0、特に都市部では1.6と大幅な下落が認められる。世界的に少子化傾向なのだ。

とはいえ依然として上昇している地域(アフリカの諸地域。たとえばニジェールは2021年の合計特殊出生率が6.82だ)があるので、世界人口自体は増え続けている(増加速度は鈍っているが)。人口が今伸びている地域もいずれ先進国と同じように衛生水準や教育の普及が進めば、先進国と同じように出生率は低下していくはずだが、それがどのような速度と度合いで進むかは、人口学者の間でも意見が割れているようだ。

2014年にランセット誌に掲載された研究によれば、世界人口は2064年で100億人弱でピークを迎え、2100年には90億人を切るという。一方、国連の2022年の予測では世界人口は2086年に104億人でピークに達しその後も減少に転じず緩やかに推移するという。『2050年 世界人口大減少』によれば、人口減少が始まるのはもっと早く、2050年から人口が減り始めてもおかしくないとするシミュレーションもある。

人口推移のシミュレーションにこれだけ幅がある原因

世界人口推移のシミュレーションに幅がある原因のひとつは、アフリカの人口推移が読みづらいところにある。たとえばアフリカでももちろん教育水準の上昇や幼児死亡率の低下も進み、出生率も徐々に下がっているのだが、その歩みは相対的に遅い。

たとえばイランと中国は合計特殊出生率が6から3になるまで10年しかかからなかったが、ナイジェリアは2021年は5.24で、20年前の6からの減少幅はわずかだ。これには行政サービスの不備、政情不安、女性の識字率の問題などいろいろな要因があるが、根強い多産奨励主義のような「価値観」も関係している。この価値観がどこまで実際の出生率に影響を及ぼすのかがわからないので、予測にも幅がでてしまうのだ。

著者は、アフリカの合計特殊出生率は少しずつ下がっていくが、最終的に人口置換水準の上で推移するのではないかと予想をたてている。とはいえどちらにせよ今後しばらくはアフリカの人口が増えていくのは間違いなく、世界の人口バランスは大きく変わっていく。それは経済に人口ボーナス効果を与え、新しい才能も次々と現れるだろう。ナイジェリアの映画産業ノリウッドがハリウッドに肩を並べるような時代がくるのかもしれない。世界人口の3分の1がアフリカ人になるような時代がくれば、国連安全保障理事会にアフリカの国が入ることも現実的になる。

長期的観点に立てば、人類の未来は子供を産み育てることを望む文化や社会のものになる。ヨーロッパ、東アジア、アメリカ大陸の大半はこの試験に落第しそうなので、人類の希望はかつてヨーロッパ人が「暗黒大陸」と呼んだアフリカにかかっていると言うべきなのかもしれない。(p87)

「価値観」による出生率の増減は、実は意外と重要な観点かもしれない。たとえば超正統派ユダヤ教徒(ハレーディーム)は信仰上の理由から出生率が高い。アメリカにハレーディームのコミュニティは複数あって、どれも人口は急増している。ユダヤ教徒の多い中東イスラエルの合計特殊出生率は3.04(2020年)で、主に先進国が加盟する経済協力開発機構では最も高い数値だ。仮にこうした「信仰による多産」が継続可能なものなのだとしたら、国家の大半が少子化に向かう地球の未来は、そうした「多産を良しとする価値観のコミュニティ」が担うことになるのかもしれない。*1

高齢化と暴力の関係

少子化が進むと当然高齢化社会が現れるわけだが、その関連でおもしろかったのが「高齢化と暴力の関係」を扱った章。意外というほどではないが、人口動態で平均年齢が高齢に寄っていると、紛争や戦争が起こりにくくなるという統計がある。

たとえば数十年にわたる研究によって、人口の55%以上が30歳を超えている国では内戦がほとんど起こらないことがわかっている。ナチスの台頭もドイツ人口に占める若い男性の割合の急増の時期と重なっていた。若さが関係しているのは戦争・紛争だけでなく、革命や犯罪の頻度とも関わっているようだ(その理由として、ホルモンの分泌量などの生物学的差異と社会的差異が挙げられているが、この記事では紹介は割愛)。

おわりに

世界的に少子高齢化に向かっていくわけだが、日本はそうした未来における象徴的存在として本書では語られている。

 出生率に関して、今後アフリカが急速にほかの大陸のあとを追い、スリランカのような国でももう1段階の低下が起こるとしたら、世界全体が「日本化」することもないとはいえない。それはつまり、どの国も教育が行きわたって豊かになるが、合計特殊出生率は人口置換水準を下回り、男性にも女性にも多くの子供を育てる時間的・金銭的余裕がないという世界である。(p148)

先にも書いたが、人口は未来を考えるにあたってもっとも主要な要素といえるので、本書は何度も参照することになるであろう重要な一冊だ。著者の前作である『人口で語る世界史』もこの前文庫化したばかりなので、あわせておすすめしたい。

*1:多産を奨励する政策でもなんとかなるのではないかと思うかもしれない。実際、多くの国が少子化対策に予算を投じているが、予算のわりに効果が出たと思っても一時的なものだったりと評価は芳しくない。短期的な時間稼ぎ、人口の急速な減少を防ぎソフトランディングさせることはできるので無意味ではないのだが、長期的に出生率を上昇・維持し続けるのは難しいとみられている