基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

二酸化炭素除去技術から湿地創造プロジェクトまで、自然を操作しようとした試みを描き出す──『世界から青空がなくなる日:自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』

人類は技術が発展するたびにそれを使って自然を操作・征服しようとしてきた。その試みの中には成功したものもあれば(農耕だって自然の操作の一種である)手痛いしっぺがえしをくらったこともあるし、成功したと同時にそれがもたらした悲劇の対応に追われたこともある。本書では、特に最後の、「問題を解決しようとして生み出された問題を(主に技術で)解決しようとする」人々の姿を描き出していく一冊だ。

たとえば昨今騒がれている気候変動対策では大気中に粒子を撒いて地上に届く太陽光を減らすことで気温を下げるジオエンジニアリングと呼ばれる種類の技術も大真面目に議論されている。大気中に粒子を撒くのは即効性のある手段で今のところ有望な技術のひとつだが、結局地球温暖化の「原因」を取り除いたわけではないので、風邪でいうと体に悪いウイルスが残ったまま、熱や喉の痛みだけ取り除いたようなものだ。

炭酸カルシウムを撒くにせよ硫酸塩を撒くにせよ成層圏に投入した粒子は2年ほどで地表に落下するので、絶えず莫大な量の粒子を巻き続ける必要がある。ある時世界で戦争などが起こって粒子を撒くことができなくなれば、オーブンのようにして突如地球の気温が跳ね上がることもありうる──というように、自然を操作する技術と試みは手痛いしっぺがえしを食らうのが常である。本書では、そうしたしっぺ返しに対抗する試みや、しっぺ返しを食らう可能性のある自然操作技術を網羅していく。

著者は『6度目の大絶滅』などの著書があり、主に気候変動分野についてを扱うサイエンス系のライターだ。ただし本書は遺伝子改変による自然の問題解決などにも触れていて、扱っている分野は広い。そして、本書は決してそうした技術群を楽観的に描き出していく本ではない。専門家たちも皆、疑念を持ちながらそうした技術を追い求めている。成層圏に粒子を撒くなんてことは、本来やらなくてすむのならその方がいいのだ。しかし、地球温暖化が深刻になり、この技術をすぐにでも使わねば人命や土地が多大に損なわれるのであれば、使わざるをえない時だってくるかもしれない。

本書では、問題を解決しようとする人々の生み出した問題を解決しようとする人々を追ってきた。(……)魚を止める電気バリア、コンクリートの人工決壊口、偽物の洞窟、人工雲──それはどれも、テクノロジー楽観論というよりは、テクノロジー宿命論とでも呼べそうな精神でもって提示された。どれも本物の改良版ではない。むしろ、与えられた状況のなかで、だれかしらが思いつく最善策というべきものだ。p270

本書にはこの手の本をそれなりに読んでいる僕も知らない事例がけっこうあり(二酸化炭素除去ビジネスとか)たいへんおもしろかった。

いたちごっこの湿地創造プロジェクト

最初に紹介されているのは、気候変動や最先端の技術を用いた自然操作ではなく、湖で繁栄してしまった外来種らを別の湖に移動させないために設置された「電気バリア」の事例だ。次に「問題を解決しようとする人々の生み出した問題を解決しようとする人々」そのものの事例といえる、「土木工学」に焦点が当たる章がくる。

この章(「ミシシッピ川と沈みゆく土地」)で取り上げられるアメリカのルイジアナ州は地球上屈指のスピードで消えつつある場所だ。1930年代以降、ルイジアナ州は5000平方キロメートル以上縮み、一時間半ごとにアメリカンフットボール場ひとつぶんの土地を失っている。なぜそんなことになっているのかといえば、気候変動に伴う海面上昇は理由のひとつだが、この地を特別にしている理由にはこの中を通るミシシッピ川が関係している。この川は絶えず堆積物をばらまいて川の流れを変えるので、その時々で周辺には盛り上がった土地ができたり、水底に沈んだりもする。

そうした状況に対応するのは直観的には簡単で、堤防を作ればいい。実際ミシシッピ川周辺では川が氾濫するたびに堤防は改良され、より高く、長くなっていった。しかしそうやって水量を管理するようになると、別の問題も生み出される。たとえば、ルイジアナに堤防や水門や放水路がない時代であれば、極端に水が多い時がくると、ミシシッピ川は氾濫し周辺に数千万トンの砂と粘土をまきちらす。そうしたら、周辺に被害はでるが、それが新たな土壌の層となり、土地の沈没を相殺してくれていた。

しかし人為的な技術の介入で氾濫が起こらなくなると、土地に新たな層ができることもなくなり、ルイジアナ南部は水没への一途を辿ることになってしまう。そうした状況に対抗するため、ミシシッピ川の底から砂と泥をえぐりだし、別の場所に運ぶことで「人工的な湿地を作り出そう」とする試みも行われるようになった。当然これはいたちごっこの施策であり、そのコストも莫大なものになっていく。

そこで、ミシシッピ川の堤防に8つの巨大な穴を穿ち「自然な土砂堆積プロセスを再構築する」試みも計画されている。決壊を防ぐために作った堤防が結局回り回って土地を破壊し、今度は人工的に決壊を再現しようという、なんとも迂遠な状況になっている。しかし、人間が未だに理解しきれない自然を相手にする時、こうしたいたちごっこは起こりがちであることが本書を読むとよくわかるのだ。

二酸化炭素除去

個人的におもしろかったのは二酸化炭素除去技術を扱った章。大気中に二酸化炭素を出さないのではなく、排出された大気中の二酸化炭素を除去する。実際、これが大規模にできるのであれば、無尽蔵に二酸化炭素を出してもいいわけではないが、それでも「二酸化炭素を出すな」というより話はずっと簡単になる。

そして二酸化炭素を除去する方法は無数に存在する。一番わかりやすいのは空気中から直接除去する方法だろう。スイスのクライムワークスは、大気中の二酸化炭素を回収し、石に変えて地中に埋める技術を開発している。手法としては、扇風機のような装置で空気を吸い込んで、二酸化炭素と化学結合するフィルターを通して二酸化炭素の粒子を集め、それを100度まで加熱して二酸化炭素分子を分離。それを今度は水に溶かして地中に送り、周囲の岩石と反応させて、2年も経てば石に変化する。これは自然界で起こるプロセスと同じなので、特に危険性もないのがウリだ。

植物の光合成を利用するのも手のひとつだ。植物は成長中に二酸化炭素を吸収するが、その後腐敗する時に二酸化炭素を待機中に戻してしまう。そのため、二酸化炭素を除去したい場合、成熟した樹木は後に切り倒し、地面に掘った溝に埋めるか、深海に沈める(深海の真っ暗で冷たい環境では腐敗はゆっくりにしか進まない)。玄武岩を掘り出して粉砕した後、高温で湿度の高い耕作地に散布する方法もある。こうすると、粉砕された岩石は二酸化炭素と反応して、空気から抽出してくれるのだ。

ジオエンジニアリング

最初に紹介したような、大気中に粒子を撒いて太陽光を反射させ気温を下げるジオエンジニアリングの手法も紹介されている。これは数年後には落ちてくるので影響はそこまで大きくないともいわれるが、どうだろうか。ある試算では、気温上昇分を相殺するために撒く必要のある量は年々増え、初年度は硫黄10万トン前後で済んだのが、10年目までには100万トン超に増加するという。そのためのフライトも一年あたり4000回から4万回に増大し、「気温を減少させるための作業それ自体が(二酸化炭素を生み出して)気温を上昇させる」、悪循環を生み出す可能性も見積もられている。

成層圏に投入する粒子が増えるほど、空の見た目もかわる。560ppmの二酸化炭素濃度を相殺するケースを検証したケースでは、空の色は白く変わるという。後世の人々が空と聞いて思い浮かべる色は、青色ではなく白色になっているかもしれない。

おわりに

本書では、自然を操作する技術を、こうやって影の部分まで含めてしっかりと取り上げていく。ここで紹介できていない事例(遺伝子操作とか)にもおもしろいものがたくさんあるので、気になった人はぜひ読んでみてね。