基本読書

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遺伝子特許の是非を問い、不可能に挑戦した人々の物語──『ゲノム裁判――ヒト遺伝子は誰のものか』

この『ゲノム裁判』は、ヒトの遺伝子に特許が認められるのが当たりまえだった時代のアメリカで「誰かが発明したわけでもない、自然に存在するヒト遺伝子に特許が認められるのは人間の権利の侵害といえるのではないか?」と疑問を抱き、歴史的な裁判を起こし、最高裁で判決が下るまでの流れを記録した一冊である。

遺伝子特許がとられると何が起こるのかと言えば、特定の疾患のリスク要因となっている遺伝子を検査する時に特許使用料をとれるので、ほぼ独占的に検査ができるのである。しかしそれは検査を行いたい個人からすればはなはだ不都合な状態だ。

普遍的な書名に惹かれて買ったので、読み始めてから「アメリカの裁判の話なのか〜」と若干読む気が失せたのだが、読み進めてみたらこれが意外なことにめちゃくちゃおもしろい! 「自然の産物」ついての特許面での新しい解釈や、ヒト遺伝子の科学的に詳細な解説、特定の遺伝子で特許が取得されることの医療分野への影響といった本書の概要から期待できる部分のみならず、30年以上の伝統を持つ分野を相手取る大規模な訴訟がどのように仕掛けられるのか、その入念な準備、戦略検討の描写、最終的には三権分立の意義まで浮かび上がってきて──と、読みどころが次々現れる。

助言を求めた専門家たちは、勝算はないと声を揃えた。それでも、熱心なアドボケイトたちの一団は、三〇年以上にわたって施行されてきた伝統的な政策を覆すため、バイオ業界、商務省、そして厳格な特許弁護士や特許エージェントに挑みかかった。勝ち目がないように聞こえるなら、その通りだったのかもしれない。これは不可能に挑戦した人々の物語である。

値段も安くはないし(4950円)ページも分厚いのだが(544ページ)、読み通すだけの価値がある一冊であった。

裁判の大まかな概要

最初にこの訴訟の概要と前提について紹介しておこう。前提として、1980年代から20年以上もの間、単離された(本来の状態にあるゲノムDNAから特定の遺伝子領域を切り出したもののこと)遺伝子は特許対象として認められてきた。

数多くの遺伝子特許が民間企業に取得されたが、目立っていたのは乳がんや卵巣がんのリスクに関連するBRCA1とBRCA2と名付けられた遺伝子だ。ミリアド社はこの特許を取得しており、遺伝子検査を独占的に、高額で実施していた。そうした状況に対して異議を唱えたのが、175万人の会員を持つ非営利団体の米国自由人権協会(ACLU)だ。ACLU曰く、人間の遺伝子は自然に存在するものであり、特許の対象にはならない。一方ミリアド社は、遺伝子を体外で単離精製することは人工的なプロセスであり、自然界に存在する状態とは異なるため、特許対象だと主張する──。

どのようにしてこの歴史的特許訴訟がはじまったのか

というのが大まかな流れだが、ここまで大きな裁判なので、そこには無数のドラマが存在する。最初に誰がこの裁判を引き起こしたのか? 地方裁判所、二審ではどのような判断がなされたのか? 判事は何を考えていたのか? ミリアド社は死にものぐるいで抵抗するわけだが、彼らは何をし、法廷ではどのようなやりとりが行われたのか──そうした無数の細部が、本書では突き詰めて語られていくことになる。

この物語の中心の一つは、アメリカ自由人権協会(ACLU)という組織だ。名前の通り自由と人権のための組織で、人種差別、報道の自由、女性の権利など、各種のテーマに取り組んできた。その流れで、遺伝子特許にも行き着いたのだ。ヒト遺伝子は普通に考えたら自然の産物なのに、そこに特許が付され、検査に膨大な費用がかかるのは権利侵害なのではないか? と。ACLUの科学顧問のターニャ・シモンチェリは、遺伝子特許に異議を申し立て、訴訟を起こすアイデアをACLU内で最初に表明した人物だ。シモンチェリは法に関する実務経験がないので、同じくACLUの訴訟弁護士クリス・ハンセンが仲間に加わることになるのだが──、彼の描写がまたおもしろい。

ハンセンはACLUのナショナルリーガルスタッフであり、その中でもひと握りの特定任務を負わない――つまり自分が最も重要だと考える案件ならどんなことでも、権限と予算を行使して追求することのできる在野の戦士、ジェダイ・マスターだった。ハンセンは言う。「私の仕事は、この国のどこか、どんなところからでも、不正義を探し出してくることでした。テーマとする領域に制約はなく、地理的制限もありません。見つけるべきは市民の自由に関連する不正義であり、その解決策を考え出すのが責務でした。素晴らしい仕事でしたよ」

自分が最も重要だと考える案件を追求できる法廷の在野の戦士とはあまりにもカッコいい。シモンチェリはハンセンと話すうちに遺伝子特許のおかしな部分を話題にあげ、盛り上がり、二人は次第にこの訴訟闘争にのめり込んでいくことになる。

仲間を集め、戦略と魅力的な物語を練る。

盛り上がったからといってこの訴訟は容易に手をつけられるものではない。特許訴訟に詳しい弁護士はACLUにはおらず、経験も乏しい。そのうえ遺伝子特許は30年近く当たり前のものとして運用されてきたのだ。その間、ハンチントン病、糖尿病、アルツハイマー病など、疾患へのかかりやすさを診断するのに役立つ可能性のある遺伝子は次々と見つかり、取得数は着々と増加していた。その壁を崩すのは容易ではない。

そこで重要なのは、仲間集めと戦略の構築だ。ハンセンとシモンチェリは遺伝子特許に関する文献を読み漁り、専門家に話を聞いて、法廷に持ち込める法理論の構築を行った。また、「誰を相手取るか」も重要だ。遺伝子特許を取得している企業は数多く、誰も聞いたことがない珍しい病気の原因遺伝子に関わる特許訴訟を巻き起こしても、医療雑誌に掲載される程度で終わってしまう。誰もが興味を惹かれ、自分と関係した問題だと考えられる遺伝子と、それを独占している企業を相手にする必要がある。

最終的にハンセンとシモンチェリは(乳がんなどに関わる)BRCA1と2の特許を持つミリアド社を相手にするわけだが、それが「魅力的な物語」を提供してくれるからだった。たとえば、この遺伝子の検査には3100ドルもの料金がかかり、ミリアド社は無断でBRCA遺伝子検査を行ったものを訴える脅迫的な態度をとっていたから、ミリアド社は悪い言い方をすれば「悪役」としてちょうどいい企業だった*1。同時に乳がんは有名な疾患であり、女性がかかることがほとんどであることから、女性の権利を守るための訴訟というイメージも与えられる。国民が反応を示すのは必至だ。

法理論の構築と訴訟相手と具体的な特許内容を定めたら最終段階として必要となるのは原告を揃えることだ。ハンセンらは狭義の法の問題を超えた物語を語るためにも、遺伝カウンセラーから研究者、女性の権利団体や実際のがん患者まで、幅広い人々を原告として仲間にしていく──と、このあたりの描写には、こうした必然的に社会問題化する大規模な訴訟には「その訴訟に触れた人を感化できる、物語として優れたものにする手法」が必要とされるんだなと考えさせられる部分があった。

あらゆる「インパクト狙いの訴訟」において、国民の支持を得ることは不可欠なのである。判事も陪審員も人間であり、人間は時代精神や周囲の人々の考え方に影響される。

訴訟パート

訴訟はまだ始まってすらいないので、本筋はまだまだこれからだ。訴訟パートは準備パート以上にドラマチックで、二転三転していくのである。最初の判決がくだされるニューヨークの地方裁判所では、驚くべきことにミリアド社の特許無効が言い渡された。ミリアド社が控訴して移った連邦巡回区控訴裁判所*2の判決では逆に特許は有効であるとの判決が下り──と、最終的に最高裁判所までもつれこむことになる。

参戦者はミリアド社と原告だけではない。裁判所にたいして当事者ら以外の第三者が事件に有用な意見や資料を提出するアミカスブリーフという制度があるが、アメリカ政府がこのアミカスブリーフを、単離されたヒトDNAは自然の産物であり、特許適格性を有さないという見解を示して提出し*3、このヒト遺伝子訴訟がもたらした火種は大きく燃え広がっていくのである。

おわりに

最高裁での判決が出て(『ヒトの体内に存在するのと同じゲノムDNAは、特許適格性のない自然の産物である。』)、すぐにBRCA遺伝子検査の値段は下がり、現在は199ドルほどで提供され、今日では検査を望むほぼすべての女性が受診できるようになったという。これが歴史的な裁判だったのは間違いないが、本作の魅力はそうした歴史的な裁判の裏側でどれほどの人とと思惑が渦巻いているのかがよく見えるところにもある。本記事ではヒト遺伝子の科学的な議論の部分には踏み入れなかったが、本文中では仔細に説明されているので、気になる人はぜひ読んでみてね。

*1:重要なのはあくまでも大衆に説明するための「物語」の「悪役」としてミリアド社がちょうど良かったというだけで、別にミリアド社は違法なことをしていたわけではない。あくまでも正当な手順に則って、他のすべての企業がやっているように特許を取得しただけだ。

*2:この連邦巡回区控訴裁判所は特許法が関わる時の控訴で使われる裁判所で、特許裁判所とも呼ばれる。で、それだけでなくこの裁判所の判事はかなりの割合が特許弁護士で、特許弁護士ほど特許を高く評価する者はいないから、目に見えて特許重視、特許擁護の判決が出るのだという。だから、CAFCに特許訴訟でいった時点で勝ち目が薄い。特許訴訟に関しては判断に相当の知識が必要とされるからこういう仕組みが必要なのはわかるが、それで判断にブレが出るようだとちと変なきもする。

*3:これで特許庁と政府はバチバチの関係になったり(当時の特許庁長官は何百時間もかけて特許庁が発展させてきた見解を、アメリカ訟務長官は弁護すべきではないのか? 仲間なのではないか?)と、