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原作《三体》三部作にたいする大胆な再構成を試み、芯を同じくした別物として生まれ変わったNetflix版──『三体』

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世界累計2900万部、日本で中国SFブームを引き起こすきっかけになった劉慈欣による壮大なSF長篇《三体》三部作。そのNetflixドラマ版が先日公開された。エピソード数は全部で8話で、原作(第二部、第三部は上下巻)の分量のことを思えば8話でその物語が全部語り尽くせるわけもないから、ドラマ版は原作の途中までになる。

で、SF超大作ドラマだし原作も好きだしですぐに観てみたのだけど、これが大変おもしろかった。原作とは大きく変わっている部分も多いが芯はブレずに残っていて、たしかに『三体』を観たという感触が強く残る。たとえば、原作では冒頭に配置され、作中の重要な人物が人類に絶望するきっかけを与える中国の文革のシーンも、Netflix版の前に公開済みのテンセント版とは違ってきっちりと冒頭で描かれている。

物語の大まかな流れは基本的に同一だし、ガジェットや重要な出来事もそのままなので、原作ファンも「地方によって味付けが異なる料理」を楽しむようにして楽しむことができるだろう。とはいえ誰もが満足できる完全無欠の傑作かといえば、決してそいうわけでもなく文句もあるんだけど──といった細かなところは、下記で詳しく紹介していこう。原作派だけでなく原作を知らなくても十分満足できる作品に仕上がっていると思うので、できるだけ両者にわかりやすく触れていきたい。

『ゲーム・オブ・スローンズ』のスタッフが再集結

この『三体』、そもそも近年のSF小説の中では爆発的にヒットした原作というのもあって注目度は高かったが、スタッフが大きく話題になったファンタジイ大作でドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』と共通している(製作総指揮を務めていたデイヴィッド・ベニオフや監督・脚本だったD・B・ワイスは本作のショーランナー)ことも関係している。また、ゲースロで魅力的な群像劇を描き出してきたスタッフだからか、本作でも原作を「キャラクターの魅力を前面に押し出す」形で再構成している。

簡単なあらすじ・世界観

ドラマは最初、1960年代、大規模な社会的・政治的運動である文化大革命が進行中の中国と、2024年現在のパートが交互に進行していく。文化大革命では、資本主義的な傾向や伝統的な文化を廃止し、社会主義イデオロギーを推進するために当時の知識人や文化財が激しい攻撃を受けた。本作も、原爆製造に協力したアインシュタインが発表したからという理由で、相対性理論を教えそのことを詫びなかった科学者が罪に問われ、集まった民衆の目の前でタコ殴りにされ処刑される場面で幕を開ける。

科学者の娘である葉文潔は父が殺されるのを間近で見てショックを受けるが(母親も壇上に上げられいかに夫が間違っていたのかをとうとうと述べさせたのだ)、反骨の科学者である父親の血と知識を継いだ葉文潔は周囲の状況に流されるわけではない! 現状への不満を捨てず、最終的に彼女はレイチェル・カーソンの『沈黙の春』*1を所持していたことで罪に問われてしまうのだが──と、「科学的な事実を語ると罪に問われる」絶望的な状況の中国の歴史・過去が彼女のパートでは描き出されていく。

もう一方の現代(2024年)パートでは、最先端の領域の研究を行っている科学者らが次々と不審死を遂げ、同時に過去60年築き上げられてきた科学の理論がなぜか突然再現できなくなり、「科学が壊れた」とでもいうべき不可解な状態が進行していく。過去篇はじっくりと中国の歴史が描かれていく──最終的にはSF的な部分に結実する──が、現代パートではナノテクノロジーの権威にして最新技術の開発責任者の女性(オギー・サラザール)の視界に常に謎のカウントダウンが映るようになったり、諜報捜査官らが科学者らの不審死の謎を解き明かそうと奮闘したり、謎のテクノロジーによって実現しているVRゲーム「三体」が登場したりと、最初からSF色が強くなっている。

両パートは無関係なものではなく、葉文潔が「文革や『沈黙の春』没収時の事件により、人類に絶望した」後に行う、人類の命運に関する大きな決断が、2024年パートの人類の苦境に関係してくるのだが、それが明らかになるあたりから物語は急速にスケール感を増し、おもしろくなってくる。はたして、誰がこの世界の科学を壊しているのか? また、カウントダウンが0になった時、何が起こるのか? 

原作からの一番大きな相違点

原作からの相違点について触れておくと、大きな変更点としては第一部の主な舞台を中国からイギリス・オックスフォードに移し、もともとオックスフォード大学の物理学の研究室に所属していた旧友五人を物語の主人公に据えたところにある。

この五人は原作に登場する人物を分裂させたり、二・三部に登場する人物を先んじて出した人物で、当たり前だが彼らの関係性についての部分は多くがオリジナルになる。原作第一部で主人公となる汪森はナノテクの研究者で、後にVRゲーム「三体」を体験し地球に迫りくる危機の真相に気がついていくが、この人物はドラマではオギー・サラザール(ナノテク研究者)とジン・チェン(VRゲームを体験し何者が科学者らを自殺に追い込んでいるのを知る)に役割が分割されていたりする。他にもオックスフォードの五人の◯◯は第二部の◯◯で、あいつは第三部の──と、各部で主演をはる人物・その役割が本ドラマでは最初のタイミングでおおむね揃っているのだ。

原作からの脚色は良かったのか?

大胆な脚本変更が良いのか悪いのかといえば、その両面があったといえるだろう。原作はどちらかといえばキャラクタの扱いは淡白だ。キャラクターの関係性やそのドラマを重視するというよりも、それぞれの行動の結果「世界がどう変化するのか」や、「世界が変化した結果、そうした人々が何を思うのか」に焦点があたってきた。

ドラマ版では登場人物を増やし、また一気に登場させたことで、多様性(人種的にもジェンダー的にも多様な人物が配置されている)や無数の人間関係を通してのドラマ性という点では間違いなくプラスだといえる。それで違和感があれば問題だが、僕も原作を知らなければ原作からこうだったのだろうな、と何も疑いなく思ったであろうぐらい自然に「オックスフォードの5人」を前提に再構築されているのは本作の凄さだ。

一方でわかりやすさ、序盤のテンポ(全体でみればこれは問題ではないんだけど)は犠牲になっているように思う。SF的事象の発現(壊れた科学、視界の端で進行する謎のカウントダウン、VRゲーム三体の謎など)やそれに対抗する科学者という構造だけでなく人間関係の描写が入ってきたことは原作の純粋なSF的な部分が好きだった人からすれば煩わしく感じられるだろうし、ドラマ版では第二部、第三部の登場人物を先んじて出している関係上、物語が無数の軸で進行していくので、本来シンプルだった筋がドラマ化によって逆にわかりづらくなってしまっている。

とはいえ、最初から第二部、第三部の登場人物を登場させしかも相互に関係性をもたせたこと、序盤でその関係性の紹介やドラマの下地を作っておいたことで、後半は登場人物らの深く感情移入した上で原作のスペクタクルな展開を迎えることができる大きなメリットもある。現在公開されている第一シーズンでさえ後半話数のスピード感と魅力はかなりのものだし、このあと第二、第三とシリーズが続いて完結までたどり着けるなら、このNetflixオリジナル版ならではの境地やおもしろさに到達してくれるはずだ──と、「まだみぬ続篇」に期待を持たせてくれる改変といえる。

なぜこうした改変が必要だったのか?

そもそもの話として、改変はドラマの権利的な問題で仕方がなかったものでもあるようだ。インタビューで制作者の一人のD・B・ワイスは次のように答えている。──『もう1つ、制約として、私たちは「英語版」の権利しか持っていません。中国語が出てくることは許可されていましたが、あくまで「ドラマを英語版として作る」権利だけです。そうすると、登場人物はみな英語で話すことになる、というのもわかっていたことなのです。』──「英語版の権利」の詳細についてはよくわからないが、要は「英語圏向けに作り変えること前提」の権利を獲得した、ということなのだろう。
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原作に比較的忠実なものはすでにテンセント版があることだし、そうした要請があることは理解できる。「(最初は)中国が主な舞台の物語を英語圏向けに作り変える必要がある」前提で考えると、本作は素晴らしい翻案を遂げたのではないか。

映像表現に関して

劉慈欣の作品を読む楽しみのひとつは常に視覚的に楽しませてくれる、印象的なシーンが挟まれる点にある──ようは、ヴィジュアルの演出力がずば抜けている──が、本作はそうした映像表現については超えてきた部分もあればいまいちな部分もあり、という感じかな。原作にあるシーンはあんまり評価できず、原作にないシーンはSFサスペンス映画として魅力的な仕上がりになっていた(あと文革周りも良い)。

たとえばある一人のために星が一斉にまたたく場面はオックスフォード大学の印象的な場面に舞台を移してちと期待していたけどまぬけなシーンに見えたし、VRゲーム「三体」絡みのシーンが軒並み退屈な演出で、しかも説明がカットされすぎてそれだけみせられてもわけのわからない状態になっていたと思う。そもそもの尺が異なるのでテンセント版と比べても仕方がない部分もあるが、こっちはVRパートが特に良かっただけに、残念な気持ちが増したのもある。現代世界の技術では再現できない特殊なVR機器のデザインとか、細かいところはよかったけどね。

おわりに

原作と異なるポイントも数多くあるし文句もあるが、原作の精神にのっとった映像化であるというのが第一シーズンをみた時点での感想だ。すべてのきっかけである文化大革命のシーンから始まるのもそうだし、劉慈欣作品の核でもある「基礎科学へのリスペクト」や、中国の歴史とSFを接続する部分など、重要な部分はそのまま残っている。まだ続きのシーズンの制作は決定していないが、決定したら、完結まで(シーズン4構想らしい)はもっとも続きが楽しみなドラマシリーズになるだろう。

ドラマを観て続きが気になる人はぜひ原作も読んでみてね。ちょうど第一部の文庫版が出たばかりで、近いうちにには第二部、第三部の文庫版も出るみたい。いや、あくまでも映像でみたい! という人は、テンセント版がU-NEXTやバンダイチャンネルに加入すればみれるので、こっちでどうぞ。これはこれで大変おもしろい。
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*1:一部の殺虫剤や農薬の過剰な使用が多くの虫を殺し環境を破壊することを暴き、環境問題への歴史的な転換点をもたらしたノンフィクション。