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人体特許: 狙われる遺伝子情報 (PHPサイエンス・ワールド新書 75) by 五十嵐享平

特許の中でもとりわけ人体の遺伝子とか、治療法における特許について焦点をあてた一冊。特許がなければ、苦労して、コストをかけて新しい物を発明してもあっという間にパクられて利益がなくなってしまう。そんな状態になったら発明のハードルは上がる。モチベーションは下がる。かといって何もかもを特許に認定してしまえば、広く敷衍すべき技術や手法が独占的状況下におかれてしまう。特許とは常にこういったジレンマの中、微妙な線を引き続けるものであるが人間の遺伝子となるとそれがまた一段と難しい問題をはらんできて──と遺伝子特許における多様な事例を紹介していく一冊。

別に何らかの結論を導き出すような本ではない事例集ではあるが、特許の世界や意外と進んでいる遺伝子と病気の発動率の関係の話などが面白い。どろどろしているのと割り切れないところをなんとか割りきってみせようとする特許設定時の独特な葛藤がも読み応えがある。またはじめて人工的に改良された生物(微生物)にたいして特許が認められた事例から現代までをたどる「生物特許史」も含まれていて、それもまたよし。

しかしなるほど特許とは重要なものだが人間の遺伝子にかかわる特許とはいったいなんだろうかと思うかもしれない。まずはじめに簡単に説明しておくならば、遺伝子とは生命における設計図であるとされる。DNAと混同されることがあるが、DNAは物質であり遺伝子はそのDNAを構築する遺伝情報である。DNAはアデニン、チミン、グアニン、シトシンと呼ばれる4つの塩基の並び順によって遺伝情報の表現となる。とここまでは一般常識の範囲。

問題となっているのは遺伝子それ自体に特許が認められていることについてだ。遺伝子が体外に抽出され、機能が解明されたり利用法が明示されたりすることに対して「特許」が与えられるのである。たとえばHIVへの抵抗遺伝子があれば、この機能を発見した企業はそのライセンスを製薬会社に供与することで利益をあげることができるようになる。遺伝子は誰かが発明するわけではなく、あるがままに存在しているものを「発見」しているだけでは? 「発明」でもなんでもないのに? と思うし、だいたいそんなことしたら医療が著しく滞るんじゃないの、と純粋に疑問に思うが、認められているのだから仕方がない。

ところがさすがに遺伝子を解析し意味を見出すのは「発見」であって「発明」ではないとする考えはまだ根強いようで、確かに特許として認められてはいるもののアメリカの最高裁ではそのあたり微妙に複雑な判定を下していたりする(発見は特許にはできないが、人為的な操作、生成の過程が入れば認められる)。通常医薬品の開発は生成の過程が含まれるものなのでこれをもって「遺伝子の特許が認められなくなった」とするのはどうも難しいかもしれない、どうとでもとれるという意味で複雑な判定と書いてみたわけだ。

恐ろしいまでのコストをかけて、開発者たちは胃をきりきりさせながら特許争いに精を出している昨今(特許レースなんかに巻き込まれたくないなあ)この流れがどこかで一旦止まる、ということもないのだろうと思う。元々があやふやな、線が明確に引けない微妙なところだ。本書は最初に書いたように解決策を提示するものではないが状況の把握には悪くない一冊だ。

人体特許: 狙われる遺伝子情報 (PHPサイエンス・ワールド新書 75)

人体特許: 狙われる遺伝子情報 (PHPサイエンス・ワールド新書 75)