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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

鋼鉄都市 by アイザック・アシモフ

SF ハヤカワ文庫補完計画全レビュー

ハヤカワ文庫補完計画というのが現在早川書房70周年を記念して行われている。で、その一環としてこの『鋼鉄都市』の続編である『はだかの太陽』が復刊されることになったのだが、僕は現在ハヤカワ文庫補完計画全レビューを行っているところだ。鋼鉄都市はハヤカワ文庫補完計画に含まれていないし、つまるところ全レビュー対象ではないのだが、そもそもハヤカワ文庫補完計画全レビューなんて事を始めたのは「昔の海外SFぜんぜん読んでないなあ、いったん基礎的な部分を抑えておきたいなあ」という事情からなのでいそいそと読み始めた次第である。

鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)

鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)

この『鋼鉄都市』は、いわゆるロボットSFにあたる作品だ。アシモフのファウンデーションシリーズに並ぶ代表作シリーズといってもいい。何よりあの有名なロボット三原則を主軸に据えたロボットに対する理屈と、それを受容する・せざるを得ない社会の軋轢そのものを描いた非常にど真ん中ストレートなSF作品である。ロボットについては後続の作家は基本的にこのロボット三原則に付け加えたり、ルールを改変したり、あるいは裏をかいたりとパターンの変奏を奏でていることが多く礎というか、根っこというか、なんかそんな感じよ。

ロボットの生みの親でこそないものの、どう描くかという部分で偉大な元祖であるわけで、本書からはその草創期の自由さというか、やったるぜ! 感がよく伝わってくる。「今回はじめて読んだくせに偉そうに解説しやがって」という感じかもしれないが、解説として福島正実さんのアイザック・アシモフ史というか、作品群全体を俯瞰してみた時の見事なアイザック・アシモフ論が載っているのでそれを参考にしているのだ。だいたいそこを読むとその功績と偉業の全体像が知れる。

作品としてどうなんだ、古びていないのかといえば──もちろんアイディアは後続の作家にいいようにアップデートをかけられているので、核部分についてはまあまあかな。何しろ出たのは1954年とかだから。あと表現の部分で特筆すべきところがあるようにも思えないが、でも話としては抜群に面白い。個人的に面白かったのは構成的な巧みさというか、たとえば「ロボット三原則」一つとっても、その魅せ方が気に入った。そもそもただSFであるだけじゃなくて、物語の骨子としてはミステリの手法を採用しているのも特徴的なところだ。

物語の主人公であり刑事のイライジャ・ベイリは、宇宙人の科学者が何者かに殺害されてしまった事件の調査をはじめる。下手人は恐らく地球人だと思われており、地球側と宇宙人側の軋轢が高まっている状況でもあるので事態は緊迫した状況を迎えている。捜査を地球主導で進めるかわりに、宇宙人側は自分たちの作り上げた人間そっくりのロボットをパートナーとしてベイリに同行させることを要請して──と物語はバディ物のSFミステリの様相を呈してくる。誰が、なぜ、どうやって殺したのか。一つもわからない状況、「犯人はロボットの可能性すらあり得る」中でベイリはいかにして調査及び推理を進めていくのか──。

ポンコツベイリ

で、このベイリがなかなかのポンコツなんだよね。何度も自信満々に「こいつが犯人だ! なぜなら○○○○で○○○○だからだ!!」といってババーン!! 名推理ーー!!! てな具合に周りの人間に推理をお披露目するんだけど、完膚なきまでに反論を示されて「あ、マジすいませんでした」と叩き潰されてしまう。もうなんか全然「名探偵」っていう感じじゃあないし、失敗が多すぎるし根拠は薄弱だし「お前よくそんな自信満々に間違えておいて平然としてられるよな」と思わせる図太い男だ。

ただ、彼が推理を間違えるのは、ポンコツだからという理由の他にそれがロボットがいる世界でミステリをやる上での「誰もが疑問に思うような穴」をついているということもある。たとえば「この人間そっくりのロボットは、本当はロボットじゃないんじゃないか? だとしたらこいつは殺人を犯すことができる!」とか、「ロボット三原則の第一原則、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。」は別段神が与えた絶対的なルールというわけじゃないんだから、破ることのできるロボットもいるのでは? とか。

説得力を持たせる必要があるから、ミステリをやる上で、こうしたいくつかのルールは最初に覆されないように明示される必要がある。「この世界にはロボット三原則があって、第一原則はロボットは人間に危害を加えられないというものです」と最初に明かされる殺人事件ミステリの種明かしが、「犯人は第一原則が適用されていない特殊なロボットでした!」だったらまあ殆どの人は「なんじゃそら」って思うよね。ベイリ刑事は結果的にポンコツのようになってしまったが、幾つもの推理と、その反論という形で「ルール上に穴はありませんよ」と明示する必要があったんだろう。それだけじゃなく、ロボット三原則のルールをここで明確に整理することもしている。一粒で二度おいしい描写だ。

未来社会描写について

また、彼がバディとして人間そっくりのロボットを連れ歩くことでこの社会が持っている「ロボット憎し」の感情が可視化されるのもお見事だ。まず、この世界は地球から出て行った移民が長い年月をかけて銀河中に広がった後また戻ってきて、地球を支配してしまっている状況下にある。そして地球人80億人は増えすぎた人口にアップアップしながら外界から隔絶された鋼鉄のドームの中で暮らしている。ぎりぎりの生活を送っている彼ら地球人に対して、宇宙人がつくったロボットは職を奪う明確な「敵」でありそこら中で破壊的な運動が起こっている。バディを組んで住む場所がないからロボットを家に連れて帰ってくれといわれ、「いや〜参ったなあ……子供も嫁さんもロボットを家に連れて帰ったら大変なことになっちゃうよ……」と真剣に悩むベイリが読んでて世知辛く笑える。

当然宇宙人の要人殺害もこうしたロボットと人間社会の軋轢が絡まってきて──と、ミステリのロジックが気持ち良い作品というよりかは、あくまでも「犯人を探す」という過程の中でこのロボットが存在している人間社会そのものが浮かび上がってくるのが面白い作品であると思う。あと今読むと面白いのは、「今の視点との差」かな。たとえば……ロボットが人間の職を奪うというのは今でもたびたび話題になることではあるけれども、それは「職が失って人間は不幸になる」文脈とはまた違う。今だと「どうなるんだろう」的な恐る恐る感がある。SFとして描かれる未来像としても「ロボットに職が奪われることに抵抗する人間」とはまた違った方の開拓が進んでいるのが現状だろう。

社会の書き方で面白いのはもちろんロボットvs人間的な枠組みだけではない。たとえば「人口過密で、さらにドームの中に引きこもり開拓の精神を忘れてしまった人類」と、宇宙に移民をして拡散したものの「人口過小社会に陥り、対抗手段として一人一人の寿命が何百年も伸びたがその代わりに突発的な死による損失が大きい宇宙人類」との対比などなど。世界的には人口過密ながら日本は人口減少が続いていたりする現代からすると、親近感が湧いてしまう人口事情だ。未来に人間が宇宙に広がっていったら、あるいは逆に引きこもりになったらと様々なパターンを考え、それぞれのプラスとマイナスを網羅してみせんかのような徹底さがあってこのあたりの描写はさすがだなあと思う。

とりとめもなく語ってきてしまったが、社会描写は今読んでも充分に面白いし、ロボットや未来についての描写は当時の考えと今の考えのズレを捉えることもまた面白い。何よりここには、ロボット三原則を基軸にした草創期の興奮があるように思う。復刊がかかったみたいだし、何より今だとKindle版もあるので(僕もKindle版で買った)、もうすぐ出る続編の『はだかの太陽』と合わせてアシモフを読んでみるのもよいのではないか。