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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

いま、目の前で変わりつつある歴史──『双生児』 by クリストファー・プリースト

双生児(上) (ハヤカワ文庫FT)

双生児(上) (ハヤカワ文庫FT)

双生児(下) (ハヤカワ文庫FT)

双生児(下) (ハヤカワ文庫FT)

クリストファー・プリーストの代表作ともいえる作品が上下巻の文庫で登場。主にファンタジー作品を出しているハヤカワ文庫FTから出ているが、ハヤカワ内でもどこが出すのかは難しい問題だったのではなかろうか。ハヤカワ文庫NVで出そうが、ハヤカワ文庫SFで出そうが、ハヤカワ・ミステリは微妙かもしれないが、とにかくジャンル越境的な──というよりかは、ジャンル小説的に「わかりやすい」書き方をあえて拒否した結果生まれた作品だろう。

第二次世界大戦期の、それぞれまったく別の形で戦争に関わることになる双子の兄弟の運命をおった本書は、「戦争とはこういうものだ」という単純化でもなく、戦場の心理描写をこれでもかと具体的に描くのでもなく、ただただそこに居る人々、軍人や民間人の生活をその両極端にいる双子を中心として淡々と描いていく。魔王を倒す、というわかりやすい目的や何らかのテーマが一番最初にみえてくるわけではなく、物語の全貌は上巻を読んだだけではよくわからない。

それでも本書がページをめくる手が止まらない高いリーダビリティを誇っているのは、単なる風景描写の一つであってもいつまでも読んでいたくなるような文章の心地よさ、さらっと描かれていく言葉の一つ一つに深く惹きつける文体の魅力、全貌がわからなくとも単体として読んでも面白い各挿話の面白さゆえだろう。実際、上巻を読んでいるときは「この物語はいったい何なんだろう」と疑問に思う間もなかった。

簡単なあらすじ、構成

物語は全五部で構成されており、第一部は1999年を舞台にしたノンフィクション歴史物を主軸とする作家のサイン会からはじまる。そこへ、かつて空軍に所属していた父の手記を持った娘が現れ──。作家はチャーチルがソウヤーという人物について「良心的兵役拒否者でありながら、現役の英空軍爆撃機操縦士である。どうしてそのようなことが可能なのか、調べるように」と述べていることにある時気が付き、できれば本を書きたいと考え、戦時中の「ソウヤー」なる人物についての情報を求むと広告をうっていたのだ。

兵役拒否者にして軍所属なのだから。確かにそれは奇妙な話のように思える。ただ、この謎それ自体は第二部が始まってすぐに明かされてしまう。第二部からは作家が受け取った英空軍爆撃機操縦士であるソウヤー氏の手記(1936年➖1945年)がそのまま載せられており、戦争文学のように、淡々と戦場について、彼が戦場に至るまでの過程について、そして彼がその生活の大部分を共にしてきた双子のジョーについての話が展開する。ようは、ソウヤー氏が良心的兵役拒否者でありながら英空軍爆撃機操縦士であるのは、単に「それぞれの仕事についた、イニシャルが同じで文字列だけでは判別不可能な双子」がいたという、ただそれだけの話なのである。

二人は一卵性双生児の双子で、常にペアとして扱われ、「いつでも入れ替わることができますね」というくだらない、繰り返される文言に晒され続ける。その実二人の内面は(片方が良心的兵役拒否者で片方が爆撃機操縦士になるように)大きく異なっており、その「ズレ」と、それでも同じ環境で同じ遺伝子を持って生まれてきてしまったばっかりに生まれる「同調性」とそれ故の葛藤──根底では繋がっている思想の違い、同じ女の子を好きになる──がここでは丁寧に描かれていく。

戦争が起こりつつあり、二人が同じく好きになった美しい女の子ビルギットをドイツからイギリスへと連れだそうとする。双子が、同じ女の子を好きになり、状況も危機的。物語を劇的なものにしようと思えばここは感情を煽り立てるように書くべきかもしれないが、本書はあくまでもその後戦争を生き延びて長い年月を生きることになるソウヤー氏の振り返りの日記なのだ。全てはかつて起こったことであり、葛藤さえも懐かしむような手触りと距離感が心地よい文体となって残っている。

 戦争勃発にともない、すべての人の生活が変わった。多くの人と同様、わたしは自分がはじめたわけではなく、望んだわけでもなく、戦う理由もろくにわからない戦争を戦うことで、自分の生活にあらたな目的を見いだした。戦争は問題を単純化する。数多くの小さな関心ごとを一掃し、大きな感心事で置き換えてしまう。多くの人にとって、個人的な優先事項の変化は、歓迎すべきものだった。わたしもそんな連中のひとりだった。一連の、大規模な社会的かつ政治的変革が国じゅうを席巻し、それを止める手だてもなければ、疑義を唱える者もいなかった。そうした過程のなかで、わたしはわれわれ全員がそうであったように、取るに足りない存在でしかなかった。当時、なにが進行しているのかだれも理解していなかった。われわれは毎日それを体験していたというのに。われわれにわかっているのは、戦わねばならない相手がヒトラーであり、戦争を最後まで完遂しなければならないということだった。あとになってはじめて、われわれは振り返り、なにが起こったのか、なにが変わったのか考えはじめることができるのだ。

実はこのソウヤー操縦士、かつて双子の兄弟揃ってボート競技のオリンピックメダリストであり、当時のドイツ労働党副総統まで上り詰める権力者であるルドルフ・ヘスに出会っている。その事が引き金になり、チャーチルに呼び出され極秘任務の為歴史に多少の関与をすることになるのだが──というあたりから本作が単なる兄弟の物語を超えて「歴史秘話」の物語要素が強くなる。

いま、目の前で変わりつつある歴史

物語が追求する「歴史秘話」の部分は、実際の歴史でも謎とされている部分で、ここまでだけだと単なる「よく出来た語られざる歴史を想像力で補う、歴史小説」の枠内に収まってしまう。もちろんそれでも十分に面白いのであるが、上巻の最後に収録されている第四部、それから下巻の第五部からの物語を読むとこれまで読んできたことの印象が破壊され、今まで読んできたものはいったいなんだったんだ?? と揺さぶられることになる。

たとえば、下巻をまるまる占有している第五部のメインとなるのは良心的兵役拒否者として、戦争に行かず赤十字で働くソウヤー(ジョー)の手記であり、不可思議なことに彼が体験していく「歴史」は軍人でありチャーチルの極秘任務に関わったソウヤー(ジャック)とはまた異なった歴史をたどっていくことになるのだ。赤十字のソウヤー(ジョー)は、こっちはこっちで和平締結に向けてドイツとイギリスの間で重要な役割を果たすなど、イギリスの歴史に深く関与する働きをすることになる。

それぞれの歴史、手記において、彼らはそれを「唯一の歴史」として生きている。それでも、それを横に並べて読んでいく読者側からすれば双子が経験している歴史に存在しているズレを知覚することができ、まるで電車のレールが切り替わるように、歴史は「どの部分で」変わってしまったのか、どのような原因がそれを引き起こしたのかをまざまざと目撃することができる。「変わってしまった歴史」ではなく、「いま、まさに目の前で変わりつつある歴史」を我々は体験していくことになるのだ。

序盤から後半へ向けて複雑な、しかし読み味を損ねない構成。細部まで読み込んでいくと数々の仕掛けが物語中に仕掛けられているその徹底さ。歴史改変という基軸を、各世代にまたがる家族、兄弟の物語、そして歴史の物語とさまざまなレベルまで敷衍させ、ラストへ向けて鮮やかに収束させていくなど、著者が自身をして「”完成”された小説(にいちばん近づいた)」と言わしめるだけはある高いレベルで構築されている作品だ*1

特定のジャンルに振り分けることが不可能に思われる作品ではあるが、一度読み始めてしまえば本書のジャンルが何かなどという問題は小事として意識の片隅に追いやられ、ただただ「物語」そのものに惹きつけられることになるだろう。

*1:解説(大森望さん)には著者であるプリーストいわくお気に入りの自作長編のひとつとして本書を挙げ、『”完成”された小説にいちばん近づいた作品。バランスがよくてシリアスで複雑。しかも、純SFの(しかし軽く見られている)設定を採用している』と述べたエピソードが書かれている。