基本読書

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階層世界を舞台に、作家らの個性が奔放に炸裂した傑作──『BLAME! THE ANTHOLOGY』

BLAME! THE ANTHOLOGY (ハヤカワ文庫JA)

BLAME! THE ANTHOLOGY (ハヤカワ文庫JA)

本書は弐瓶勉による傑作『BLAME!』の世界観を題材とし、九岡望、小川一水、野崎まど、酉島伝法、飛浩隆と実力が確かな第一線の作家らが短篇をよせたアンソロジー。正直登場面子を聞いた時から「これは凄いものになるぞ」とワクワクが止まらなかったわけだけれども、出てきたものはそれを遥かに超える水準の作品である。

この水準の高さは、単に短篇単品で傑作であることにとどまらない。それぞれの作家が好き放題やらかしているにも関わらず、まるでびくともせずに、尽きせぬ魅力を発揮し続ける『BLAME!』という原作の素晴らしさを再確認させてくれたことも関係している。何しろ、誰がどんなとんでもないことをやっても、この階層世界はそれを受け止めてくれるのである。たとえ原作を知らなかったとしても、何度も読んでいても、読み終えた時にはどうしても原作が読みたくてたまらなくなってくるはずだ。

さあ、とはいえ『BLAME!』である。ほぼ主人公のセリフがなく、主役となっているのは人間(かそれに類するもの)のキャラクタというより、ほとんどその背景たる巨大な建築物。文庫版の表紙からしてそうであるかのように、終わりなき風景の中によく見なければわからないほどぽつんと存在する"人型の何か"。それこそが『BLAME!』の風景であり、文章をその基本骨子とする小説陣はそこにどう挑むのだろうか。

九岡望「はぐれ者のブルー」は階層世界で暮らす"はぐれ者たち"の生き様を描き出し、小川一水「破綻円盤 ―Disc Crash―」はたとえそこが果てのない階層世界であっても、閉じられているのであれば、"外へ"──と飽くなき探究心を現出させ、野崎まど「乱暴な安全装置 -涙の接続者支援箱-」は原作の根幹設定をお得意の強引さでこじあけ、酉島伝法「堕天の塔」は、階層都市をひたすらに落ち続けていく特異な密室環境をつくりだし、飛浩隆「射線」は原作が持つあの圧倒的な情景を、小説ならではの長大な時間スケールで描き出し、最後には超特大の射出線を通してみせた。

原作に対して、間隙を縫うもの、真正面から組み合うもの、視点を変えるもの、作家ごとにみなそれぞれ異なるやり方でこの世界を自分なりに成立させてみせており、『BLAME!』ファンとしても大変満足な一冊になっている。『BLAME!』未読でも基本は問題ないが、幾つか基本的な設定は抑えておいたほうがより楽しめるだろう。*1

以下、5作品しかないので、上でちらっとした紹介をもう少し詳細にしよう。

九岡望「はぐれ者のブルー」

都市を探索し、装備や食料を補給することでギリギリ成り立っている村がある。本来ならば生きるためには狩り以外の他のことをしている余裕などないのだが、"間抜け"と呼ばれる鈍丸は夢で見たある光景を再現するために、青い塗料を探している。一方、人間とは基本的に敵対している珪素生物のアグラは、自身に与えられた目的にこだわれず、ただひたすらに"なぜ"と問い続ける、特異な精神構造をしていて──。

鈍丸もアゴラも、どちらも自身の所属するコミュニティからは理解されない"はぐれ者"でしかない。その二人が出会い、目的のため一時的な協力が成立した時、物語は大きく動き出す。この生きていくだけでも精一杯な過酷な世界で、二人は他者に理解され難いその生き様を通すことができるのか。後の短篇群に比べると派手さこそないものの、この階層世界の確かな広がりを感じさせる、気持ちの良い一篇だ。

小川一水「破綻円盤 ―Disc Crash―」

何故これ程に小川一水とBLAME!の相性がいいんだ……と絶句するほどおもしろい、小川一水全短篇の中でも大好きな部類。階層世界は歩いても歩いても終わりがこないほど広いとはいえ、基本的には"閉じた"世界だ。そんな密閉された広大な世界を、霧亥は小型の重力子放射線射出装置で射線を放ちまくりながら破壊的に進んでいくわけだが、本短篇の中心人物夷澱(イオリ)は、穿つのではなくその外に出ようとする。

果たして、階層世界の外には何が存在しているのか。恒星は存在しているのか。存在しているとしたら、上下右左どこにあるのか。そういったことを内部から科学的に知る、あるいは仮説を立てることだけでも可能なのか。可能だとしたら、どうやって──そうした検証を、何千年もかけながら一歩一歩進めていく、狂気じみた探究心と科学的考察。ある意味ではこれも階層世界を真正面から穿とうとしてみせた。

野崎まど「乱暴な安全装置 -涙の接続者支援箱-」

階層都市に流れる重油の川。その近辺で暮らす人々は、頻繁に発生する火災を消化するため対火機構を組織している。序盤でやたらと起こる火災の描写から思い起こされるのは、階層世界というよりかはまるで江戸のよう。だが、言葉の喋れぬ子供、神経細胞の塊と化した元人間、かつてはネットスフィアに接続可能だった接続者支援箱など幾つもの要素が混交し、原作の超重要設定を強引にこじあけようとしてみせる。やけに派手で、あまりにバカバカしいが、同時に"らしい"としかいいようがない。

酉島伝法「堕天の塔」

統治局からの命令で月の発掘を行っていた代理構成体の一群は、何者かによって放たれた"大いなる光"によって、階層都市に穿たれた大陥穽を落下し続けるハメになってしまう。果たして"大いなる光"とは何なのか、なぜ落ち続け終点につかないのか、どうやったら落下を止められるのか──。そうした議論の数々もSF的におもしろいが、原作の情景が関連してくる小ネタの数々、ネットスフィアから切り離され、物理的な肉体を持ったことからくる寂寥感の表現、"落ち続けている"という特異な情景、時空隙を使った時間SF的展開など非常にテクニカルかつ遊び心に満ちた一篇だ。

飛浩隆「射線」

これは凄まじい傑作。原作と関連して、この階層世界に生まれ落ちた環境調和機連合知性体。こいつを視点の中心に置いた本作では、原作同様ほとんど会話が存在せず、環境調和機連合知性体がいかに未来を計画し、階層世界の情景や勢力図がどう変化していくのかを"数万年に及ぶ時間スケールの中で"、ダイナミックに描いていく。

長大な時間スケールの中で発生する変化の描写も、異種知性である環境調和機連合知性体の綿密な思考描写も、原作が持つ漫画ならではの圧倒的な情景に対して、小説という形式で勝負するにあたって選び取った手段であっただろう。本作はそれだけにとどまらず、「射線」というタイトルが示すとおりに、この強靭かつ広大な構造を持つ階層世界に対して徹底的に暴れ、破壊し、最終的には射出線を通してみせる。

おわりに

『BLAME!』のアンソロジーだけあって、各自それぞれ思い思いの情景描写が存分に楽しめるのも良い。しかし、やはり読み終えて思うのは、これだけみなが好き勝手暴れても、微塵も揺らがない原作の強靭さよ。弐瓶勉描き下ろしの表紙も"最高かよ"以外の感想が出てこないし、装丁も素晴らしいいので、BLAME!ファンだろうがファンじゃなかろうがオススメしたいところである。ちなみに、『BLAME! 』を今から読むなら新装版がクソかっこいい

新装版 BLAME!(1) (アフタヌーンコミックス)

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新シリーズ『人形の国』もクッソおもしろいぞ!
人形の国(1) (シリウスコミックス)

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*1:舞台となるのは超未来で、指示者を失ったシステムが延々と建造物を構築しつづけており、人類はかつて栄華を誇った情報が格納されているネットに繋ぐ資格を失っている。接続しようとすればセーフガードと呼ばれるやべーヤツに攻撃される……などなど。