感想 ネタバレ有
もう十八巻も読み終わってしまった。残りあと一巻・・・。
といっても楊令伝があるのであれだけれど。
もうだいぶ長いこと読んでいて、あれだな。読んでいる間、ずっと水滸伝の世界が頭にあるような感じで、武将が飛びまわっておった。途中から読むのがもったいなくなったりしながらここまで読み進めてきた事を思うともう後戻りはできないなぁというところ。
解説の夢枕獏はどう考えても水滸伝読んでねえ!結局最初から最後まで全部自分の話じゃねぇか!水滸伝に一言も触れてないぜ。読んでない事がわかるっていうのは水滸伝、確か巻数がかなりありましたよねぇ、という本人のセリフからわかる。一度でも読んでいれば全十九巻という事は絶対に忘れないだろう。その後解説を書くためにひょっとしたら読んでいるのかもしれないが、物凄い忙しさをアピールしていたので恐らく読んでいないだろう。というか読んでたらこんな必死にネタを絞り出すような事を書かねえ!夢枕獏の話になってしまうが、ユーモアのセンスとシリアスのセンスは表裏一体なんだろうな、という気がする。ギャグを描いている人間が、シリアスをかけないというのは全くの間違いで、シリアスよりずっとギャグの方が難しい。というよりも、どうもシリアスとユーモアっていうのはプラスとマイナスが違うだけで根本的に働いている力というか、方向は同じなのだろうと思う。だから全く逆のように見えても、基本的に同じなのだ。夢枕獏の解説を読んでいて、どこか夢枕獏の他の作品と通じるセンスを感じる。
まぁ全十九巻、十九個の解説があるのだ。一つぐらいそういうのがあっても、もちろん面白い。というか結構解説、内容がかぶっているのが多い。締切の都合などがあって、事前に他の人の解説が読めないなどという理由があるのかもしれないが。正直読者からしたらあまり意味のない解説が多かったように思う。
その中でも、水滸伝とは全く関係がないけれども笑わせてくれた夢枕獏の解説が一番良かった、と言ったらあれだろうか。ていうか単純に自分が夢枕獏ファンなだけの話なのだが。
あと面白い解説といえばロックンローラーの古川だか吉川さんだろう。薬でもキメてんのか?と疑ってしまうような解説だった。ロックンローラーは薬をキメないといけないという暗黙のルールでもあるのだろうか。
この巻で、楊令が梁山泊に入る。一人一人の将に会いに行き、話をする楊令の行動が、まるでゲームやアニメのラストバトルに行く前に入る過去の仲間たちとの回想シーンのようでなんとも切ない。これによって楊令に梁山泊の全てが引き継がれていくのだろう。楊令の存在がもはや梁山泊といっていいぐらいだ。
多少納得いかないのが、楊令の用兵がうますぎることである。全く戦場に出た事が無いのに、それだけ強いのはいったいどういうことなのだろうか。戦を立ち合いに見立てて、楊令は立ち合いが強いから用兵もうまいのだ、というような説明がつけられているが、まだ楊令は立ち合いでも、確かに強いのだろうが林冲にもまだ勝てないぐらいなのだ。そこまで用兵をうまくつかえていいものだろうか。さらに林冲の騎馬隊を受け継いで、林冲を同レベルにはうまくやるっていうのは更に納得がいかない。林冲をなめてんのか?あぁん!?と怒りが込み上げてくる思いだ。林冲より弱くてさらに経験が少ない楊令が林冲と同じレベルで騎馬隊を扱えるだと・・・!?まぁ実際に出来るんだろうから仕方ないが、何故出来るのか、という事に少し納得がいかない気がする。
あぁ、それにしても終わりが近づくというのはなんてひどいんだろうか。どんどんキャラクターが死んでいく。前巻、十二人死んだのに比べればまだ少ないが、この巻でも八人の死者が出た。それも梁山泊の主力メンバーからだ。それにしても未だに公孫勝が前の巻で死ななかったのが納得いかない感じである。どう考えても公孫勝が死ぬ場所はあそこしかなかったのではないか、と読んでいてずっと思っている。
何故林冲が死んで公孫勝が生き残っているのか。なんとなく、この二人は死ぬのならほぼ同時期か、もしくは同じ戦場で死ぬのだろうと思っていた。何か覆された気持である。
信じられないのは、林冲の死だ。まさか、まさかである。戦場で倒れるところが、まったく想像できなかった。というのもずば抜けた勘というものを何回も描写されており、兵を退くタイミングを間違える事が無かった。ただ、死に方はこれ以外になかった、という気はしている。というか随分前から林冲がこういう死に方をする事は、作者の中では決まっていたことだったのだろう。水滸伝九巻で林冲が
女一人救えなくて、なんの志か。なんの夢か。
と言っているが、まさに雇三娘を助けるための台詞だったのかもしれない。というか、しきりに雇三娘に厳しく当たって、女だから容赦をしないと言い続けていたのはあるいはこういった状況になった時に、自分は雇三娘を見捨てて逃げていくことなど絶対に出来ないという思いがあったからこそ、厳しかったのかもしれない。どんなに男として扱ってくれと言われても女だという事は変わらないのだから。そう考えれば林冲の騎馬隊に雇三娘が配属されてきた時点でこの終わりは決定されていたようなものだ。
林冲が死に向かうシーンで涙を流すな、という方が無茶であろう。
「言うことを聞け、扈三娘」
「百里風なら、まだ逃げられます」
「頼むから、乗って逃げてくれ。生涯に一度ぐらい、女を助けた男になりたい」
「林冲殿」
「俺は、女の命を救いたいのだ。女の命も救えない男に、俺をしないでくれ」
扈三娘が、馬に飛び乗るのを、林冲は眼の端で捉えた。駆け去っていく。
気づくと、郁保四がそばにいた。
「行け」
「林冲騎馬隊の旗持ちは、いつも隊長のそばにいます。時には、ついていけないこともありますが」
「この馬鹿が」
扈三娘は、もうかなり駆けただろう。
目前にいる騎馬隊は、数千だった。横にも、背後にも回っている。一騎も、扈三娘を追いはしなかった。
「俺でも、女を助けられる」
呟くように、林冲は口に出した。助けられる。救える。
過去に女房を助けられなかったトラウマがここで解消されたなー。あるいはここから生き延びられれば、林冲の弱さを克服した最強の男になったかもしれないのだが。女を救ったという事よりも、命と引き換えに女を救った、という事が大事なのかもしれない。
それにしても郁保四のかっこよさは異常じゃ。特に語る事はないけれど、かっこよすぎる。
脚に力を入れると、百里風が前へ出た。
よく、闘ったよな。百里風に語りかけた。俺たちが行くところに、敵などいなかった。しかし、もう疲れた。なにもない。白い世界も悪くないかもしれんぞ。
林冲は、自分が笑っているのを感じた。
林冲、没。
しかしこの世界に林冲がもういないというのは何とも不思議な感覚である。魯達がいなくなったのとはまた別の不思議な感覚である。魯達はじょじょにフェードアウトしていった感があるが、林冲は一巻から死亡するシーンまで常に第一線で、梁山泊軍で誰よりも強い男として書かれ続けてきた。誰にも負ける事無く最強の座を維持し続けて、そのまま死んだ。だからだろうか。
あぁーしかし死んでしまうとはな・・・。
秦明も死んでいった。それにしても秦明の最後は微妙だったと言わざるを得ない。ここまで梁山泊を支えてきた将の一人であるというのに。まだまだこれからだろーというところで死んでしまった。それも全身に矢を受けるという実に微妙な方法で。もう少し何とかならなかったのか秦明・・・。
それから自分のずっと懸念だった馬桂暗殺の事実が李富に伝わる展開があったが、もしかりにバレたとしてもここまで憎悪の炎を燃やしてきた李富が迷うなんていう事はないだろうな。それはもうずっと前からわかっていたことだが。
ここにきてその話を回収してくるのか、という感じである。扈三娘とブンカンショウがどうなるのかもまだ全く書かれていないし、それは楊令伝に持ち越しなのだろうか。