基本読書

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幼年期の終わり/クラーク

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

 何十もの──いや、何百もの鈍い輝きを帯びた銀色の防空気球がロンドン上空に浮かんでいた。その寸詰まりの魚雷を思わせる物体は夕陽の最後の光を跳ね返してきらめき、その様はさながらロンドン上空で待機する宇宙船団だった。長い一瞬が過ぎた。その間に、私たちは遠い未来を夢見た。空に鋼鉄のフェンスを設けさせた戦争のことなど、そのときは頭からきれいに消えていた。
 ひょっとしたら、『幼年期の終わり』のアイディアはあの瞬間に生まれたのかもしれない。

 いうまでもなく名文なのであるが、実際に情景を想像出来てしかもなんだか納得させられてしまうような凄い名文である。つまるところ名文なのである。銀色の防空気球を見て宇宙船団を思い浮かべるというエピソードそのものが美しいではないか。それよりもうらやましいとさえ感じる。そんな風に、感じてみたい。何しろ自分らはもうそういうビジョンを映画その他で大量に刷り込まれてしまっている。自分で気球を見て大船団を思い浮かべたとしてもそれは自力で思い起こしたとはどうしても思えない。自力で思い浮かべてみたい、ということなのだがこれこそわがままというか、無知なのかもしれない。

 解説を読んでいてなるほど、と思ったのが主人公はオーヴァーロードであるという話。そういえば人間にしか感情移入していなくてあまり意識していなかったが、確かにそうだと思った。第一部と第三部のラストが文句なしにすばらしくて、第二部と第三部の途中までは少々退屈であった。第一部でオーヴァーロードの姿形が謎だったり、数々の謎が提示されてそれを想像するのが楽しかったのだが第二部であっさりと出てきてしまい少し興ざめである。第二部は書かれている人たちも退屈そうなので読んでいて退屈なのは狙い通りなのかもしれない。ああでもさすがに終わりの方は盛り上がっていた。まあそうはいっても傑作であることは間違いない事実だ。しかしなんで今まで読んでなかったんだろうなあ? 不思議だ。

 読んでいる間、さまざまな作品が脳裏をよぎった。最期の人類になってしまって狂ったように状況を実況する場面は田中ロミオのCCを思い出させるし、田中ロミオといえば最果てのイマのことも何故か思い出したな。最近読んだものの中で時間についての説明はテッド・チャンのあなたの人生の物語やらカート・ヴォネガットを思い起こさせる。ルーツを読んでいたのだから当然だ。様々な要素を含んでいるからこそ、こうやってたくさんの作品を回想させるのだろう。思えば過去に読んだ傑作と呼べる作品は、読んで日数がたった後もあの作品ではこうだった〜と話の引き合いに出すことが多い。世の多くの人が話の引き合いに幼年期の終わりを持ち出す。誰にとっても原風景になってしまっているのだろう。ここで使われているものっていったら超能力、ファーストコンタクト、人類進化とどれもこれもSFから外すことのできないものばかり。どれを使ったとしてもクラークの魔の手からのがれることはできないだろう。

 オーヴァーロードのカレラン君は人類が進化しちゃったことについて、わしらみたいな知性体は嫉妬みたいな感情はないもんねーとへらず口を叩いていたが、終わり方とかみていると妙に物悲しい。嫉妬とはいかないまでも、憧れの芽ぐらいは宿っているだろうなあ。それから、50年以上前の作品なのに古びたところが物質面でしかないのは人間の感情ってものをよりよくとらえているからかなーと。何百年も前から近頃の若いもんは・・・という表現があったっていうしね。ということは近頃の若いもんは・・・というキャラクターさえ出しとけば何百年たっても古びないってことだよね。幼年期の終わりにはそんなやついないけど。

 しかし第二部で人間がみんな幸せそうに暮らしていたが、暇なヤツらがSEXしまくって人口爆発がおきるんでねーかなあ? ピルが発達したのと、DNA鑑定が進化して子どもが誰の子かすぐにわかるようになったから大丈夫みたいな説明だったけど、それぐらいで子供が生まれなくなるとはどーしても思えないんだが。まあいいか。それはそうと第三部のクライマックスの素晴らしさは本当に語りつくせないぐらいだよなあ。読んでいて熱くなってしまった。人類側に感情移入していたにも関わらず、人類が消えようとしている時に安心してしまう終末論者。

 いま──これは決して錯覚ではありません──世界が空っぽになったのがわかりました。そう、完全に空っぽです。急に音の出なくなったラジオに耳を澄ましているみたいな感覚です。

 不思議とこの場面を読んだ時にこっちの感情まで空っぽになったかのような衝撃を受けた。空っぽ・・空っぽか・・・。世界がからっぽって、どんな感じなんだろうか。僕らはあなたたちが決してなれないものに変わりました、っていうセリフもなんかイヤミっぽくていいねえ。いやでもこれを読んだ時にイヤミだと感じたって事は、オーヴァーロード側に感情移入していたってことかな。よくわからない。