基本読書

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預言/ダニエル・キイス

アルジャーノンに花束を』の著者、ダニエル・キイスが久しぶりに放つ新作長編がこの『預言』なのです。『アルジャーノンに花束を』を読んでいないけれども名前だけは当然知っていた私は、「どれどれお手並み拝見」とばかりに読み始めたら、そのあまりのとんでも設定とキャラクター造詣に度肝を抜かれました。一言で説明すればこうなります。『色々な精神病全部ぶち込んでダヴィンチ・コード的な国家の危機と秘密の解読というようなスパイ小説の要素まで盛り込んだスーパーエンターテイメント小説』

ダニエル・キイスのこれまでの作品は、最初の長編アルジャーノンに花束をに代表されているように知的障害者や、精神障害者から眺めた社会というものに焦点が当てられてきました。しかし何だかよくわからないのですがダニエル・キイスさんは「911以後のこの混乱した世界情勢」を見た時に、これはわしがなんとかせねばならんと思ったようで、今までは「内心の葛藤」だけを書いてきたのにここにきて「変わりゆく世界情勢と内心の葛藤」を書こう、と決意したのがこの『預言』なのだそうです。

あらすじ

お話は、17NとMEKという実在の超ヤバイテロ集団が手を組んで、アメリカに対して多くの人間を殺そうとするテロを起こそうとしているところから始まります。しかしテロ集団が手を組んで作戦も組み上がったにも関わらず、作戦の全体を知る人間が突如死んでしまう。そして何だかよくわかんないけど作戦の実行される場所、時間、兵器がどこに隠してあるか、兵器はどのようにして使われるかを暗号化した「預言」を知る者は主人公の「レイヴン・スレイド」一人になってしまったのです。テロ集団も、CIAも、みんながみんな躍起になってレイヴン・スレイドを追いかける。しかしこのレイヴン・スレイドがクセモノで……。

キャラクター

ヤバイです、レイヴン・スレイド。本書の見どころは恐らくここでしょう。何がヤバイって、ダニエル・キイスが今までに書いてきた精神病がごちゃごちゃに混ぜられているのです。境界性人格障害多重人格障害演技性人格障害と火恐怖症と高所恐怖症とストックホルム症候群まで併発してさらにマインドコントロールを受けてキリスト教からイスラム教へ改心させられるなどといったことが平気で行われるのです。

さらには催眠術にかかりやすい体質ということで、父親から秘密の「預言」を「キイワード」を聞かないと思いだせないようにさせられたり、他の人間にいいように洗脳されまくっててなんかもう可哀想で仕方がないというか、洗脳? 催眠? てそんなに便利なのか? とびっくりしてしまったのです。

境界性人格障害とは、一言で説明すれば次のようになるそうです。「あなたが憎い。でもわたしを捨てないで」。こういっては非常にアレかもしれませんけど、まるでツンデレですよね。これだけを軸にしてじっくりと展開させていけば、「百舌谷さん逆上する」のような不安定な対人関係、人に見捨てられることへの絶え間ない恐怖と、同時に相手を拒絶してしまう深いジレンマが味わい深い傑作になったかもしれません。

しかし言うまでもなく本書は違うんですねぇ。同時に精神の中にもう一人誰かが居る多重人格障害と、「常に本心を言わずに別の誰かを演じてしまう」演技性人格障害と、恐怖症までよりどりみどり、さらには彼女を洗脳しようとするテロ集団から、ストックホルム症候群(高いストレス環境下におかれることによって、自分を縛っている相手に深く依存してしまう)を併発して、さらに統合失調症を発症してしょっちゅう自殺しようとする。

さらにはこの物語のもう一つの要素である「世界情勢」、まあ本書ではよりエンターテイメント性を強める為に「ダヴィンチ・コード」的なパズル、まあ「謎の四行詩」とされるレイヴンだけが知っている暗号解読的な要素が盛り込まれていて、もうしっちゃかめっちゃかです。

正直な感想

正直言って「世界情勢」なんかない方が面白かったのじゃあないでしょうかというのが感想です。何しろ謎解きはなんだかぐだぐだしてわかりづらいし、テロ集団はテロ集団でわーぎゃーやっているだけで?? とか思っている間にフェードアウトしていってしまうし、しかもその渦中に常にいるレイヴンは山ほど精神病を抱えているおかげで、その思考がトレースできない、つまり説得力、リアリティといったものが微塵も感じられません。

たとえば『アルジャーノンに花束を』であるならば、どうしても欲しかったものを得て、喜んでいたらしかしそれが段々と奪われる恐怖と闘わなければいけないという誰もが共感できるテーマが流れています。しかしこの『預言』では、精神病がごちゃごちゃになっているので今どんな葛藤を感じているのかがさっぱりわからないのですよね。狂人か正気かすら読んでいてよくわからなくなる。そんな状況でテロ集団からいいように洗脳されて、親父からも催眠を受けて、そこらじゅうで彼女の記憶を除こうとああでもないこうでもないとイジられ続けるのだから読んでいて可哀想で仕方ありませんでした。


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