基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

魚舟・獣舟

タイトルは「うおぶね・けものぶね」と読みます。2009年の日本SF大賞の候補でもあり、結果的に選ばれた伊藤計劃『ハーモニー』とせっていたのが上田早夕里さんによるこの『魚舟・獣舟』だったとか*1 その時の選評が以下の通り。これも飛先生のブログからの転載です。

上田さんの作品は短編集でありますが、短い枚数でアイディアを存分に発展させる手腕がすばらしく、凝集された文体、ほの暗いトーンがお互いに引き立てあって、読みごたえたっぷりとなっています。今回の候補作は非常に先鋭であったり、渋かったりという中で、上田作品では明快なストーリーと鮮やかな思考実験が両立している点が評価を集めました。とりわけて、壮大なスケールを誇る表題作、それに「くさびらの道」の心憎いまでの巧みさを称える声がありました。

短編集ということもあり、おしくも受賞は逃されてしまったようですが、こうして読んでみると素晴らしい出来栄え。2009年度のSF大賞候補作になったものを、佐藤哲也さんの「下りの船」以外はすべて読んだことになりますが、今更ながらに「驚くほどの豊作だったんだなぁ」と改めて感心しました。

アンブロークンアローにあなたのための物語にハーモニーって凄まじい戦いですよ。

選評にもあるように、どの短編をとってもアイディアが素晴らしかったです。特に表題作の『魚舟・獣舟』は圧巻。現在発売されている『華竜の宮』という作品のプロトタイプ的な短編なのですが、そのSF的な発想から生まれている世界観が美しいです。現代社会が崩壊し、陸地の大半が海に沈んでしまった後の物語。

陸の大半が沈んでしまったことにより、海上で暮らすように適応した特殊な海上民がいて──。とにかく「世界崩壊 後」という全てが崩れ去った後の世界の感覚が素晴らしいと思った。感じとしてはファイファナルファンタジー10とかそんなアレ。そして魚舟・獣舟といった設定もまたイカス。

「世界が丸ごとどうにかなってしまう」というSFが僕は好きなのですが(そして最近はあまりないような気がする)本書はまさにそれ。本書描き下ろしの中編、『小鳥の墓』にあるこんなセリフが、脳をよぎります。

「この世に存在しないものを、まるで在るかの如く魅力的に創造する……。これは、とてつもなく手間とセンスがいるんだよ、在るものを撮るのとは、ちょっと方向性が違う」

デビューする前から温められていたと言うこの『魚舟・獣舟』の世界観。そしてそれをしっかりと表現しきるセンス、かなり素晴らしかったです。同じ世界観を共有しているという『華竜の宮』への期待がガシガシ高まっていく……。

もうひとつ、素晴らしかったのが『小鳥の墓』という中編。さっき引用したセリフもここからとっています。これはデビュー作の『火星ダーク・バラード』の前日譚のようだけど(僕がこの短編集を好きになったのも、大きな物語への繋がりが感じ取れるからかもしれない)これだけでも充分楽しめました。

未来の地球を書いた作品で、主人公の少年はダブルE地区という教育実験都市、誰もが清らかで暴力が存在せず、子供の非行を防ぎ優しい大人になるように教育する──、そういう理想都市へと引っ越していくところからお話は始まります。しかし少年はどうしてもその街になじめず、壁の「外」へとちょくちょく出て行くようになる。

人間の暗い部分を排除したらどうなるのか、してもいいのか、というようなテーマ性から、個人の存在意義について、そして映画トゥルーマンショーにおいて明かされるような、現実崩壊、そして自分の人生を掴みとるまでの物語。

ケッコウオススメ!

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

魚舟・獣舟 (光文社文庫)