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百合に人間にしてもらった作家が描く添い寝百合ドリームSF──『そいねドリーマー』

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫 JA ミ 17-6)

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫 JA ミ 17-6)

2018年5月のSFセミナーで限界フルスロットルで百合を語り甫、重い口調でVTuberの百合に突入し、風景にまで百合を見出しSFセミナー参加者たちを未知と強制遭遇させた宮沢伊織最新作は添い寝をして一緒に夢の世界に行くことで睡獣と呼ばれる人類の眠りを苛むファンタジック生物と戦う添い寝百合ドリームSFだ(意味わからん)。

あらすじとか設定とかざっと紹介する

語り手となる帆影沙耶は極度の不眠に悩む女子高生。まるで眠気がないというのならまだいいが、眠いのに眠れないという極限状況で、授業にも集中できない日々を過ごしているが、保健室で自分を眠りに引き込むことのできる、”特別な少女”と出会う──それが帆影沙耶とは真逆の、いつでもどこでも寝ている金春ひつじであった。

出会い頭に睡眠に落ちてしまい、夢の中で帆影沙耶はまだ名前も知らない金春ひつじと恋人関係という設定であったことから、目が覚めた直後の夢と現実の区別がつかない状況の中で、ふいにキスをしてしまう。そんな導入からこの『そいねドリーマー』は始まる。なぜ金春ひつじは不眠症の帆影沙耶を眠りに引きずり込むことができるのか? なぜ相手が出てくる夢を見たのか? といろいろ疑問は出てくるので、そんなに複雑でもないし、本作でも冒頭でざっと説明されるので先に紹介してしまおう。

この世界にはデイランド(みんなが起きている世界)と人類の眠りがひとつに繋がった世界であるナイトランド(夢世界)の二つの世界が存在し、ナイトランドには睡獣と呼ばれる人間の眠りを脅かすファンタジック生物が存在する。そうした謎生物に対抗するのが、金春ひつじも含まれるスリープウォーカーと呼ばれる特別な能力を持った人々だ。帆影沙耶もネヴァースリーパー、夢の中で影響されずに行動できる不眠者としての才能を見出され、なんやかやあって睡獣との戦いに身を投じることになる。

スリープウォーカーらは添い寝をすることで眠りを共有することができる=みんなで揃って夢の世界にいって、睡獣と戦えるから書名の『そいねドリーマー』に繋がっていく。町を守っているのはみんな少女で(女性だけしかなれないわけじゃあないらしい)、みなそれぞれに戦闘スタイルと特殊能力があり、夢の世界で現実の人々が知らぬ敵を狩る日々の描写は、『魔法少女まどか☆マギカ』を彷彿とさせるところだけれども、夢、睡眠というものの特殊性が、展開や百合的な関係性にガンガン盛り込まれていくのが本作独自の内容、スタイルに繋がっていておもしろい。

夢、睡眠の特殊性

たとえば夢は夢なのでだいたいなんでもありなのだが、その中でも「明晰夢」といって、これは夢だと自覚しながら見る夢がある。彼女たちはスリープウォーカーとして戦わねばならず、明晰状態に入らないと目的すら思い出せないわけなので、複数人で夢に突入した際はまず誰かが明晰状態に入って他の人々を叩き起こしていくフェイズが入る。あるいはどうしても明晰夢にならずに、荒唐無稽な話ばかりが進行することもあるのだが、そのあたりのままならなさがまた夢の扱いづらさを表している。

あと何はともあれまず寝ないといけない。そのため女の子たちが軽い服装に着替えて大きなベッド(寝具屋がメンバにいるのだ)に集まってくる。必然的に何度も女子パジャマ・パーティ的な何かが開催されるわけなので、シチュエーションとしてはまあ、素晴らしいですよね。歯ブラシで歯磨きをして、上着を脱ぎ、リボンやタイを外して、靴下をとって、寝る準備を進めていくわけですよ!『「だって、同じ寝床に横たわって、目を閉じて、お互いの体温を感じて、呼吸のリズムがゆっくりシンクロしていって……それって、ほとんど一つの生き物になっていくようなものじゃない」』

冒頭に置いたリンク先で宮澤先生は『宮澤 そうですね…本当に何も話したくないのですが……百合が好きな人たちの間には「百合について語るな、百合をやれ」という感覚が共有されていると思うんです。』と語っているが、この『そいねドリーマー』の執拗な添い寝描写を読んでいると、これが「百合をやった」結果なんですね先生! という感じでテンションが高まってくる(僕は百合が格段好きなわけじゃあないが……あと宮澤さんは他にも百合ゾーンSF『裏世界ピクニック』を出してます)。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
一番重要な関係性と睡眠の関連だけれども、これも強い。冒頭で帆影沙耶は夢の中で恋人だった金春ひつじに現実で(寝ぼけて)キスをしてしまうわけだが、夢の世界ではその後も熱々の恋人関係が持続しており、現実では夢の名残を感じながらもそこまで深い関係ではない──という絶妙な距離感が全篇通して持続していて、それがまたいいんだよなあ!『夢の中ではあんなに確信を持っていた愛情が、目覚めて十秒くらいで急速に霧散していったのも衝撃だった。おかげで、今なお喪失感の名残のようなものが胸の奥にわだかまっている。まったく根拠のない、必要のない喪失感なのに。』

果たして二人は夢の世界だけでなく現実世界でも結ばれることができるのか!? そもそもこれはそういう作品なんだろうか!? と、ドキドキして読み進めることになるわけである。いやしかしこれは最後まで読むとわかるけれども、凄い関係性、強烈な関係性で、冒頭のノホホン睡獣バトルのノリで読んでいくと「う、う、うわぁぁ〜〜〜」と浄化されてしまうだろう。最初に「添い寝百合ドリームSF」と言ったけれども、実は前半は町レベルの物語なのだが後半はその規模が人類圏レベルにまで増していき、物語がスケール・アップしていくのも読みどころである。

おわりに

描写は軽くスルスルッと読めてしまうがもう一度読み返すと後の展開に繋がる描写がそこら中に散りばめられており、いろんな面でうまさを感じさせる作品でもあるので、興味の湧いた方は是非どうぞ。