好きだなあこういうの。冗長といえば冗長な作品。お話の構造自体は単純で批評家的な読み方をすると凄く無駄が多く見えるところが読む人を選んでしまいそうだが、しかし様々な人物が織りなすちょっとした物語が太い幹に繋がっていく快感、登場人物から時代背景まで含めての、一つ一つのディティール、そういったところに物語の醍醐味を見出す人にとっては、大変素晴らしい一冊だと思う。
簡単なあらすじ(文庫裏より)
1896年ロンドン。恋人を切り裂きジャックに惨殺され、大富豪の息子アンドリューは失意の底にあった。彼は西暦2000年へのタイムトラベル・ツアーを催す時間旅行社を訪ねた。時間をさかのぼり、切り裂きジャックから恋人を救おうというのだ。だが旅行社は過去には行けず、彼は小説『タイム・マシン』を発表したH・G・ウェルズの力を借りることに。一方、上流階級の娘クレアは、2000年へのタイムトラベルに参加するが……。
あらすじを読んで「ふんふん、タイムトラベル物ね」と至極まっとうな反応をしたあなたは盛大にズラされているわけだが、それを特に訂正することはしない。あれあれあれ、っというずるずるとズレていく快感が本書の醍醐味の1つでもあり、それを奪ってしまうのは誰に対しても申し訳ない。
それからもうひとつ気になるのは、H・G・ウェルズという名前だろうか。SFは読まなくても誰もが知っているのが時間を移動できる装置『タイム・マシン』であり、一番最初の発案者がこのH・G・ウェルズだ。その後『透明人間』などの作品を発表し、その作家としての地位を不動のものとしたばかりでなく現代にいたってもなお有名である。
このH・G・ウェルズが作中の軸となる人物となって登場する。いわゆる主人公と言うやつで、そのことから作品は非常にメタな要素を帯びてくる。メタな視点を持つと生まれるのが批評性で、H・G・ウェルズという人物、作品、それだけではなく「タイムトラベル物」への批評を含んだ、物語を語る意味についての物語にもなっている。
人間の歴史がやけにダイナミックに思えるのは、一人の人間が超人的な活躍をしたからではなく、多くの人間が自分なりの選択をとった集積として何か大きな物事に繋がっていくことにある。通常人は大きな流れの中で自分の目の前にある選択肢しか見ることが出来ないが、その傍ではたくさんの人間が決断を、選択をしているのだ。
三人称で語られる物語の醍醐味とはそれらの人々の視点をあっちへいったりこっちへいったり、全てを把握する神の立ち位置から見れることにある。僕がタイム・トラベル物で面白いなと思うのはまさにこの歴史をさかのぼって、通常知られている歴史を別の視点から眺めてみることなのだけれども──当然、本書でもその醍醐味は「語り手の設定」によって、遺憾なく発揮されている。
タイムトラベル物が好きな人、SFが好きな人、H・G・ウェルズが好きな人、ミステリィが好きな人にも(たぶん大丈夫)物語を素直に楽しみ幅広い人たちに向けてオススメする。
- 作者: フェリクス J.パルマ,宮崎真紀
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/10/08
- メディア: 文庫
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