基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人間の土地

素晴らしい。サン=テグジュペリは星の王子様で有名だが、ハードな部分はこちらにある。本書は未開の地を手紙を持って横断する命がけの冒険屋、飛行家という職業を体験したサン=テグジュペリ、そのエピソード集のような、小説のような、そんな曖昧な世界観で構成されている。

飛行機というのは乗り物の中でも特別な存在だ。それは唯一、人間にはできない移動方法を可能にした乗り物だから。車は単に人間が普通にできること、たとえば歩くとか、を増幅したに過ぎない。一方で飛行機は、飛べない人間を飛べるようにしてくれた。同時に、地球の別の姿を見せてくれる。

そんな特別な存在は、サン=テグジュペリの時代でもやっぱり特別だったようだ。ただし今より、もっと危険な存在だった。しょっちゅう墜落するし(測定器が整ってないから)管制もいい加減なように見えるし、そもそも不帰順地域とかいって、墜落したら現地民に捕らえられ殺されてしまうようなヤバイところが多くあったのだ。

危機的状況にあって、サン=テグジュペリは多くの事を学ぶ。例えば本当の幸福とは何なのか、とか。緊急存亡の時に、真の姿を自分で自分の中に見出す。あれがしたかった、これがしたかった。だからといって、「危機的状況に飛び込め」というのではあまりに芸がなさすぎる。

どうすれば僕たちはそのような真の姿を発見できるのだろう。想像力を養うしかないのでは、と僕などはこの本を読んでいて思った。ひとが陥る危機的状況を、まるで自分のことのように思い知り適用する想像力。そしてそれを適切に制御できる力。「地震が来てよかったこともある」なんてことをあまり言いたくない。

そういえば本書を読んでいて、いろいろなところで聞いた有名な文句が、この本からの引用だったのか〜と気がつくことが二度あった。『愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだと。』とか。最大の贅沢は人間関係の贅沢だ(だったかな?)とか。

常に圧巻の描写(しかし過度に比喩的で、合わない人には合わないだろう)の中に、するっとこうした一文が紛れ込む。非常に抽象的だが、真に広く敷衍可能なのは常に抽象的なことばである。たとえばこんな言葉には思わず線を引いてしまった。

たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから。(p.224)

なるほど。サン=テグジュペリが考える人間の役割は、恐らく世界を開拓するところにある。世界に新しい意味を付け加えること、土を耕し、空を耕し、知識を耕し、後世に残し、創造すること。人間の本質とはその相互作用、大地に、空に、人間関係に、つまるところ、状況に規定される。宮崎駿の解説も秀逸。

人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)