基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの

ジブリでプロデューサーをやっている鈴木敏夫さんの本。

そこらじゅう、色々な媒体で書かれた文章を一冊に編集しなおした本。

全部書きおろしもしくは語りおろしかと思ってわくわくして読み始めたら、過去の文章ばかりですわ失敗かと思ったが、面白すぎてどうでもよくなった。

そう、めちゃくちゃ面白いのである。元々鈴木敏夫さんが書かれた『仕事道楽』という本が、これまた抜群に面白くて、氏の本がこの世に本書を含めて三冊しか出ていないのは大きな損失だ。

それぐらい『鈴木敏夫』という人間は凄い、と僕は思う。本書にはジブリの哲学とある。実際に内容もジブリ作品について語った内容、宮崎駿や吾郎といった監督たちについての話が大半を占めている。しかしその面白さの核は、鈴木敏夫の目線の面白さ、論理の明快さである。

タイトルは鈴木敏夫の哲学、という方が個人的にはしっくりくる。
何が面白いのか考えると、感情的な面と、論理的な面が、すごくバランスよく成立している。「論理がすべて」でもないし、「感情がすべて」でもない。暖まるような良い話があれば、泣ける話、笑える話がある。ひとたび分析があれば思いもしなかった視点にあっと驚く。

バランスが良いといえば良いのだが、それ以上によくもこれだけ色々な話をうまく書けるものだと感心してしまう。いろいろとお手本にしたいなあ。

鈴木敏夫さんは加藤周一という作家の大ファンで、この本でもたびたび名前が出てくる。影響を受けたと書いている中でも特に印象的なのは、「中肉中背という生き方」という文章で、少し引用する。

 とくに印象的だったのは、あとがきに「中肉中背を守る」と書かれていたことです。太りすぎてもだめだし、やせ過ぎてもだめ。それを自分の生き方のひとつとしているとありました。これは肉体のことだけを言っているわけではなく、お金についても、政治についても、宗教についても同じ事を言っておられる。お金持ちになってはいけないし、だからといって貧乏であってもいけない。政治に対しては中立。宗教も、無宗教だが無関心ではない。この四項目を自分に課して、そこから物事を見ていく。

これなんかはまさに、僕が鈴木敏夫の思想から受ける印象ですね。中立、とここでは書いていますが、僕には「バランス」の方がしっくりくる。なぜなら、周囲の状況は常に揺れ動くものだからです。

そうそう、本書を読んでいてついつい考えてしまうのは、「プロデューサーという仕事」についてである。鈴木敏夫さんがプロデューサーということもあって、仕事哲学みたいなものが何度も出てくる。これがまた凄い。プロデューサー志望の人間は読むと刺激になるだろう。

プロデューサーとは、アイデアを語り、作者も意識していない面を言語化し、まとめあげ、方向性を示し、製作者にドンと任せる。周囲の環境から作品を脅かされそうになれば、利益と譲れない物のバランスを考えてノーと強く言うところは云わなければならない。

真剣勝負なのだ。だからこそ、作者の言いなりになってはいけないところも出てくる。プロデューサーとは作者のイエスマンではないからだ。印象的なエピソードとして、『もののけ姫』というタイトルを決めるときの話がある。

もののけ姫』というタイトルを、宮崎駿が『アシタカせっ(草冠の下に耳が二つある漢字)記』に変更したいとある時言ってきたそうである。せっ記とは宮崎駿の造語で、耳から耳へと伝えられた物語の意味。

意見を求められたが、『もののけ姫』の方がよいとほとんど直感で思ったという。話し合いはその後に持ち越された。そして、次回の話し合いが持たれる前に、『となりのトトロ』をテレビで放映することになり、そこで宣伝第一弾として、『もののけ姫』のタイトルを勝手に流してしまったのである。

賭け(決裂してしまうかもしれない)だったというが、すごい話だ。決して、面白おかしく作品について適当なアイデアを言ったりおべんちゃらを使ったりして「じゃ、あとよろしく」といって丸投げすればいい仕事じゃない(ほとんど僕のイメージ(笑))

ジブリについても、いろいろわかる。宮崎吾朗がどのようにして監督になったか、とかアリエッティの監督である米林宏昌はどうして監督になったのかとか。借りぐらしのアリエッティのシナリオはどうやって出来上がったのか、なんかが面白かった。

あと対談もある。押井守との対談は、このふたり真逆を向いていてやり取りが面白い。スターウォーズのプロデューサーなどをやっているリック・マッカラムとの対談では二人のピクサー評が面白いが悲しい。

ジョン・ラセターは15年たって自分の映画が世界中に支持されるようになってから、どんどん元気じゃなくなってきたという。「会社を大きくするから大変なんだ」と鈴木敏夫さんがいうと、「本当はもっと小さなスタジオで、手書きのアニメーションをやりたい」と言ったのだそうだ。

ピクサーの最大の間違いは上場してしまったことだという。収益を上げて株主に還元しなければならず、それだけの責任をおって、フィルムメーカーからビジネスマンになってしまう。なんとも悲しい話である。今でも素晴らしい作品を世に送り届けているのが、光であるけれど。

ここはもう書かない。今上げたようなことに興味がある人は是非。絶対面白い。

ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの

ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの