基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

小澤征爾さんと、音楽について話をする

世界でも有数の指揮者として日本で一番有名な小澤征爾さんと世界でも有数の小説家として日本で一番有名な村上春樹の対談集。音楽と文章。ジャンルこそ違えど、この二人の間にはやはりそれぞれのプロフェッショナルとしての響きあう物、共通点がいくつも発見できて、とても感動的でした。

この感動というのはとても説明に困るものではあるのだけど、二人は「日本で一番、世界でもそれぞれの分野で五本の指に入る」偉人なのだということ。この二人が同じ時代に生き、時間をとってゆっくりと話を交わし、これを読めるということの希少さへの感動というのが一番しっくりくる。

小澤征爾さんなんてこの対談を読んでいればわかるけれども、「音楽音楽音楽」の人でもう音楽をやるんだ!! っていう熱意に溢れている人。『ボクの音楽武者修行』っていう小澤征爾さんが26歳の時に書いた本がある。ここでも「ヨーロッパの音楽に触れたくて仕方がなくて日本を飛び出した」とかそういう事が平気でできちゃうような人なのだ。

※ちなみに『ボクの音楽武者修業』は小澤征爾さんが海外へ指揮者修行に出た旅行記のようなもの。雑然としているし文章も当然ながら洗練されてはいないけれどまだ青年だった頃の小澤征爾さんのパワー、エネルギーが感じられてとても刺激になる良い一冊。

一方村上春樹さんだって割とフットワークが軽いといってもあまりインタビューには出ないし、小説家としての時間を大切にしている人です。だからこのお二人が生きていて、タイミングがあって、しかも対談をできるきっかけが生まれ、ちゃんと時間をとれることができたっていうことを、喜ぶほかないんです。

具体的な対談の内容を説明しましょう。クラシックの話がほとんどで、カラヤンマーラーバーンスタインとか。僕はクラシックを記憶にある限りでは自発的にという限定の限りでは五回と聞いたことがない。なので話の内容は全然わからなかったんですがそれでも尚、面白い。わからないっていうのは=つまらないではないんだなと思います。

何よりお二人はとても楽しそうに音楽を語られていて、クラシックについて、ここで語られているカラヤンマーラーという指揮者について興味が湧いてくるし、興味が湧いてくると全然わからなくても面白く読めるんです。わからなくても面白いっていうのは要するにこの興味をどう起こさせるかっていうことなんでしょう。

まあいいや。読んでいて思ったのですけど、音楽というのは凄いね。小説なんてそんな何回も読む人いないけれど、音楽は一曲を何百回も再生したりするし(まあ一曲あたりの時間が短いってのもあるしね)、そもそもクラシックなら手を変え品を変え演奏手を変え指揮者を変えありとあらゆる形で再生されるのだから、驚きだ。

楽譜っていうのはただ五本の線のうえにちょろちょろっとなんか書いてあるだけで、なんかあんまり解釈の違いとか、生まれそうにないように見える。しかし本書にはそれとは反対のことが書かれている。『文章よりも、記される記号が簡単なぶん、音楽って、わからないときには真剣にわからない。』

シンプルなものだからこそ、解釈の余地が生まれ、それが幾人もの演奏手や指揮者に再演されながらも決して終わらない流れになるのだろう。

で、この楽譜を指揮者は相当読み込むのだ、という話を聞いて僕は結構びっくりしてしまった。これはたぶん小澤さんが特別ということじゃあないんだろうな。どれぐらい読み込むのかというとですね、朝起きてやるそうなんですけど、五時間も読み込むそうなんですよ。五時間て。

楽譜を読み込む方法について、自分がそれを作曲したつもりで読みなさいと小澤さんは師匠の斎藤さんに言われたそうです。一つの楽譜を読み込むのには才能とかそれ以前の問題で、それだけの時間一つの音楽と向き合って、階段を一段一段登っていくように理解を深めていく我慢強さというか覚悟が求められるのでしょう。そして理解力か。

僕は本の「読み」に自信がなくて、まったく読み取れていないといつも悲しい気持ちになるのですけれども、僕に足りないのはこのじっと腰を据えて一つの構築物と向き合う覚悟なんだろうなと思わずにはいられませんでした。

村上春樹さんも翻訳でわからない文章があると何日も考える、じっと取り組むことは一見無駄なように見えるけれども実は凄く身につくのではないかとこの対談の中でおっしゃっている。この「理解しようとじっと腰を据えて取り組む力」というものが僕にとってはかなり漠然としているけれど今面白いテーマだったりします。

ガンダムの監督富野由悠季さんが講演で語っていたことで『覚悟というのは気合いではなく、毎日毎日階段を上っていくという作業でしかない。これが原理原則です。』というのがあるんです。これは、たしかにそうだなと。覚悟を決めてやるっていうのは、たとえばバンジージャンプを飛ぶ前とかだったら一瞬かもしれない。

でも本当の覚悟っていうのは、そういうんじゃないですよね。たとえば「俺はこの世界で一番になるんだ」と目標を定めた時の覚悟には、長い長い時間をかけて、毎日絶対に階段を、止まらずに登り続ける、という作業が必要になってくる。そしてこれが出来る人っていうのは恐ろしく少ないんだと思う。

話のまとまりはまあないですけどこんなところで。この二人はなんというか、音楽を語らせると本当にうまく語ってくれるし、わあそんな風に語れるんだ音楽って! と驚けるし、それ以上にわあ音楽ってすごいな、指揮者って、小澤征爾さんは本当に凄いし村上春樹も小説家のくせになんでこんなクラシックに精通しているんだ凄いなー! と興奮できることしかりでした。

こんなに興奮できるのも才能かもしれないよなあと自画自賛したりして。

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)