基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

実のある言葉を読みたいなら。『ノマドと社畜 〜ポスト3.11の働き方を真剣に考える』谷本真由美

谷本真由美(@May_roma)さんはいつのまにか現れていて僕が気付いた頃にはすっかりネット界というかTwitter界の人気者かつ実力者という立場になられていた。ちなみに谷本真由美さんのことを知ったのは2日前にCakesの記事を読んでからなので、えらそうに紹介できることはなにもないのだが、その言葉には実があり、一瞬でとりこまれ、読んでいてとても気持ちがいい文章を書かれる方だ。

言葉に実があるとはどういう意味で使っているのかについてちょっとだけ書こう。先日書いた『世界認識はひとつじゃない『実のある言葉を読みたいなら。『ノマドと社畜 〜ポスト3.11の働き方を真剣に考える』谷本真由美 - 基本読書』では「人は誰しも自分の世界認識でもって世界をみている」というような趣向のことを書いた。たとえば放射能を怖がっている僕の親戚のおっさんがいるのだが、彼は放射能が怖いといって海外にいって就職してしまった。

少しでも放射能がどうして人体に有害で、過去の例からどの程度の線量でどの程度の被害が出るのかということを知っていれば「放射能が怖くて」日本を脱出するなんてことにはならないだろう。そのためのコストも本屋にいって質のいい本を一冊買って、3時間ぐらいかけて読めばいいだけだ。日本は放射能が漏れようが未だにそうした面では楽に情報を取得できる。

じゃあなぜ逃げたのかといえばその人の世界認識では日本は放射能に侵されておりここにいたらダメになるという「イリュージョン」をみていたからだといえる。これはこの人が幻惑されている馬鹿で、科学を知っている僕は幻惑されずに現実をみている賢者であるというわけではなく、僕は僕で「科学的な事実」というイリュージョンを見ているに過ぎない。

しかし。たとえば天動説と地動説が争っていた時代のように、地球が太陽の周りを回っていようが太陽が地球のまわりをまわっていようが、どっちを信じようがほとんどの一般人にはどうでもいい。だけど人工衛星を軌道上に打ち上げたり、実際に月に行くぞ! という計算をするときに「太陽が地球のまわりを回っている」というイリュージョンに幻惑されたままではお話にならない。

僕らはどっちにしろイリュージョンでもってしか世界を認識できないが、しかし「より活用できる、便利なふうに」世界を認識できるように変える能力を持っているわけである。「役に立つイリュージョン」と「役に立たないイリュージョン」があるのだと思う。長い説明になったが「言葉に実がある」とは「放射能をどのように捉えたら自分の役に立つか」のように「実際に役に立つ言葉」程度の意味で言っている。

わざわざそんなことを褒めなければいけないのも、中身の無い言葉で世の中溢れかえっているからだ。年収150万で生きていくとか、ノマドになろうだの、無責任に海外に出ていけだのなんだの、自分でもできてるのかどうか怪しい自己啓発本の数々の無茶振り。そもそも義務教育の段階からして「夢を持て」「自分らしく生きろ」とか意味不明なことを言い出しており始末におけない。

僕は今のような夢や自分らしさの追求を多殻蟹謳い上げる「だけ」の状況は間違っていると思う。そうした欲求だけは強化されていくのに、実際にそれを達成する手段が社会に十分提供されていないとき、夢だけ追い求めて何もできない「宙ぶらりん」な人間が大量に発生することになる。もし本当に自己実現や自分らしさの追求、海外で働くことを「理想」として揚げるならば、誰かがその社会の裏と表の状況を教えてあげなくてはならないだろう。

ノマドになるにせよ海外に出るにせよ、実際にそれを行動に起こすためには数多くのリスクがあるし、情報も集めなければならない。自分らしく生きるのもタダじゃない。自分らしく生きたかったり夢を叶えたかったらそこには実際上の地道なプロセスとか、手続きとか、とにかくやることは多くある。

「夢を持て、夢を叶えろ、自分らしく生きろ。ノマドは最高だ。年収150万で楽しく生きていこう」とだけ大合唱したってその言葉には聞こえの虚飾以外には何もない。

本書はノマドをその成立過程である他国の例から解析していって、現在フリーランスとい生き方がどのようにして成り立っていてどんなリスクが待ち受けているのかを対比していってくれる。夢や理想を語られてそれを信じているのは気持ちいけど、役に立つのは危険がどこにあるのかっていう「悪いところを潰す」言葉なんだよなあ。

おもしろかったのがイギリスで怒っている労働市場地殻変動について書かれているところとかで、新卒一括採用がなかったり労働市場の自由化が進んだ結果、大量の外国語を喋れる労働者が外からやってきて熱心に働くため仕事がマジ無いみたいな状況。経験のない人間は雇ってもらえないので1年とかインターンをしてからでないと就職できないが、1年も無償でインターンできない、お金のない人間はやっすい仕事にしかつくことができない。

ノマドとは自分たちの腕一本で稼ぎをあげていく人たちなので就業経験の少ない若者や他と差別化できる特別なスキルがない場合は労働市場でも除外されてしまう。まあ当たり前の話なのだけど、「ノマドがなぜ会社に必要とされるのか」「そういうとき必要とされるノマドとは何か」といった基本的なところを考えていけばすぐに行き着く結論ではある。

決して楽な生き方ではない。

今のところKindleでしか出ておらず、分量も紙の本にすると100ページ程だろうと思う。一冊の本として書店には並べられないような、こうした短いながらも凝縮されたものが読める今はとてもいい時代だ。
[asin:B00AZWGR4Q:detail]