基本読書

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『脳のなかの天使』V・S・ラマチャンドラン

ラマチャンドランの新作とあっては読まないわけにはいかない。脳の中の幽霊シリーズを読んでから、脳の不思議に好奇心を刺激され続けてきたのだから。兎角脳関連の本には自分自身の思考や、相手の捉え方、世界の感じ方について「なぜそう感じるのか」というメタ認知的な視点を与えてもらえるのでどれを読んでもたいそう面白いのだが、はじまりはラマチャンドランなのだ。そういう人はけっこういるんじゃないかと思う。

本書は脳が中心とはいえ幻肢から共感覚、ミラーニューロンから自閉症、そして言語へと至り、美的感覚の普遍的法則を脳に求めていく、かなり雑多な内容を扱っているけれどその中心にはいくつかの主題がある。ひとうは「人間はけっこうすごい」ってことで、もうひとつは「その人間の凄い能力を、進化的過程でどのように獲得してきたのか」を解読していく。

これについてラマチャンドランは私たち人間のユニークな精神性の多くは、もともとほかの目的のために進化した脳構造の新たな活用を通して進化したものであるという。鳥の羽毛が鱗から進化したもので、もともとの用途が飛行ではなく断熱のためだったように、もともと進化上の優位につながっていた要素が別の目的に転用されてきた結果をみていく。

本書の前半部は、過去ラマチャンドランが語ってきたことが繰り返し述べられているので既読者はまたかといったところだけど、はじめて読む人にはたいへん興味深い内容だろう。たとえばある種の人間は共感覚といって、数字に固有の色がついてみえたり、あるいは月曜日、火曜日といった曜日に、あるいはKやCといった特定の文字にまで色のイメージがついている場合もある。

またこれも最初読んだ時はとても驚いて興味をひかれたことだけれども、身体の部位を切断したり、失ったりした後でもそうした部位の感覚がのこっていることがある。もう存在しないのに、たしかにそこにあるように感じられるというのだ。そして触診などを繰り返していくうちに、幻肢には触感がある患者をラマチャンドランは発見する。

その患者は左腕を切断して、幻肢の感覚を持っているのだが、顔面に触れるとその場所によって、幻肢にも感覚が生じるという。たとえば左の口元を触ると左腕の右側の上の方を触られていると感じるといったように。もともと幻肢が起きていた時は、かゆみなどが発生してもかけないので苦しかったそうなのだが(想像するに恐ろしい)、この現象を理解すると対応する顔の部位をかけばいいので患者的には嬉しいだろう。

しかし最初に述べた主題「人間のすごい能力は進化的過程で獲得されてきたものである」にはうまく接続されていない。これが最も強く現れているのは後半部からで、第七章の『美と脳──美的感性の誕生』からの、美に存在している普遍的法則について語ったところ。ラマチャンドランは美には脳に由来する九つの普遍的法則があるといい、それは以下のとおりである。

1.グループ化
2.ピークシフト
3.コントラスト
4.単離
5.いないいないばあ、もしくは知覚の問題解決
6.偶然の一致を嫌う
7.秩序性
8.対称性
9.メタファー

これだけ提示されてもわけがわからないだろうけれど、ラマチャンドランはこうした法則ひとつひとつを取り上げていって、「何」「なぜ」「いかに」と三段階で思考を進めていく。たとえばグループ化の法則で言えば、視覚システムが像に含まれる類似の要素をうまくグループ化して集団にまとめる傾向があることからはじまる。

次になぜそのような特性が人間にあるのか、どのような過程で獲得されてきたのかを論じ、最後にどのような脳の機構によって成立しているのか、までいってなんとか一段落といえる。これについて一番わかりやすい例が最初にあげられているグループ化なので、ひとまずこれがどういうことなのかを説明してみたい。

上の画像をみてもらいたい。最初は単なる黒い斑点がそこらじゅうにあるようにみえるだけかもしれないが、よくみてみるとその中にダルメシアンが浮かび上がってくる。周囲には全く同じように木の葉みたいなもんが書いてあるけど、それとは別にちゃんとダルメシアンを認識できるのであって、これがいわばグループ化なのであるとラマチャンドランはいう。

ここまではよく知られているが、視覚の研究者がよく見過ごすのは、グループ化がうまくいくと気持ちがいいという事実だ。まるで問題をうまく解いたかのように、「アハ!」という感覚が生じるのだ。

ようは脳は斑点をグループ化して、そこに犬をみいだして楽しむ。これにたいしてラマチャンドランが根拠にあげるのが、脳はたとえば木の葉にさえぎられて身体が断片的にしかみえないライオンをいち早く「危険なライオンだ」と認識して、危険信号を発生させるためにそのような能力を持った人間が生き残ってきたのではないかという。

脳の機能的な話にいくと、猿にたいしての実験で断片しかみえない状態の大きな物体をみせると神経インパルスによって別々の部位の別々の細胞を興奮させる。そうやって神経インパルスは様々な断片情報を伝えるが、特徴がグループ化されてひとつの物体にまとめられると、すべての神経インパルスのつながりが完全に同期化されたという。*1

脳にはまだまだ多くの謎が残っているが、その解明の過程は自分自身のことを知る過程にほかならない。自分たちが感じている感覚は「なぜ生じているのか」といった根源的な問いをほぐしていく過程は最高にスリリングなので、多少胡散臭かろうが楽しんで読める。もっとも身近にある蝶最高級ハードウェア(ソフトウェア??)の探求の旅だ。オススメ。ラマチャンドランに触れたことがない人には、特にオススメ。

脳のなかの天使

脳のなかの天使

*1:具体的にどんな現象なのかよくわからんがアハ体験を純粋に脳科学用語でいうとこうなるってことなのだろうか。実際にはどこまで信頼できる情報なのかよくわからない。