本書『機械男』はマックス・バリーによる長編作品。もともとは著者のウェブサイトで1ページずつ連載されたものを書籍化したもので、その時に寄せられた多くのコメントや読者の反応が随時作品内に反映されたそうだ。ある意味小説のオープンソースプロジェクトの結果うまれた作品だともいえる。でも、正直いってそんなことは作品の副次的な要素だ。
本書機械男はギークで人付き合いがとてつもなく苦手で、集中し始めたら家に帰ることも忘れて時間を注ぎ込み続ける、根っからの研究者(技術者)を書いた物語。本書を貫いているのは、そうした研究者の悲哀──そして、MACHINE MANというタイトルが示す通りに、ひとりの男が自分の身体を、機械に置き換えていった先に、ひととして何が残るのかを追求してくような物語だ。
読んでいてその真に迫ったギーク描写に、そんな不器用な男が自分なりに恋を成し遂げようと歩み寄っていくさまに、そしてかれは自分に何ができるのか知りたい一心で、自分の研究に打ち込んだ結果、面倒くさい社会の荒波に放り投げられて困惑していく様子に、まあとにかく興奮しっぱなしだった。読み始めたら、主人公が熱中して自分の義肢を作り続け、家に帰ることすら数ヶ月忘れてしまうかのごとく──途中でやめるのは難しいだろう。
ギーク描写
ギーク主人公小説としてこれほどまでに徹底された小説を他に読んだことがない。まあ、とにかくめんどうくさいやつなのだ。本書の最初の一文はこんなかんじではじまる。『子供のころ、ぼくは列車になりたかった。それがおかしなことだとは気づいていなかった──ほかの子たちは列車になるのではなく、列車で遊ぶのだとは。』
すげえ、なかなかの変態野郎だぜ。こんな子供時代を送った人間が、大人になってまともな(まともな、という言葉はナンセンスだ)人間になれるはずがない。すべてを理屈っぽく、原因と結果の因果関係でこの世界はできているという極々当たり前の認識をすべての現象に適用し考える面倒くさい大人になる。たとえば主人公がエレベータの呼び出しボタンを、すでに点灯していたのに、もう一度おしてしまう場面がある。
もちろん彼はそれが非論理的な行為であることに気がついている。いったん手を止めるが、再度そのまま押してしまう。押した所で害のない行為だ。そう自分に言い訳をしながら、押してしまうのだ。しかしそれを女の子に見られている。「遅いわよね」と話しかけられる。「いや、携帯をなくしたんだよ」と即座に返答する。
女の子は彼がエレベータのボタンを二度押したことなど、気にしていない。非論理的であることなど、一般人にとってはなんら珍しいことではない。血液型で盛り上がるし、エレベータのボタンを何度も押すのだって当然だ。でも彼は科学者だったから、それもとびきり頭のいい科学者だったから、自分のした行為がひどくバカバカしく見えることを恐れて、それで「携帯を忘れていてつい急いでいて非論理的な行為に及んでしまったのだ」と弁解する。
平均的科学者にとって”馬鹿”とは、超音速に加速されたとき磁気流体力学が示す諸変化を説明できないこと。ゲーデル数になじめないことだ。
彼は共感ということをほぼしないし、それを言ったら相手が傷つくな、ということを平気でいってしまう(それがわからない。)相手を悪夢のような状況においやってしまったとしても、それは相手の頭のなかの現象であり、彼には一切責任がないと考える。自分のトラウマなどは、自分の脳内現象で起こっているのであって、脳内物質を制御できない当人の責任なのだ。
血圧上昇ホルモンが脳にあふれたとき暴力的な気分になるのは、誰のせいでもない。そういうものなんだ。きみがグラスを落としたら、それは地面に落下する。それはきみの望む結果ではないかもしれないが、グラスが悪いわけじゃない。原因が結果をもたらしたからといって、道徳的判断を下してはいけない。人間というのは生物学的な機械だ。ぼくらの衝動は科学的に駆りたてられるんだ。特定の化学物質のカクテルを注射すれば、尼さんだってパンチをふるうようになる。それが事実だ。
置き換えていった先に、何が残るのか
カバー裏やAmazonのあらすじは、かなり先の話まで書いてしまっているのであまり読まないほうがよい。ただなにも説明しないと紹介もできないので、ある程度はあらすじを書こう。主人公のチャールズ・ニューマンはベター・ヒューチャー社の研究員なのだが、ある時自身の足を事故で失う。そして義肢をいろいろ案内してもらい、納得がいかなかった彼は最終的には自分であったくオリジナルの義肢をつくりあげてしまう。
生身よりスーパーな義足。生体の足は理想的とはいえない。生身の脚にでいるのは、肉体をA地点からB地点へ運ぶだけのことだ。それも長距離ではほぼかなわない。義足はそうした生体としての性能を補填するためだけにあるが、もし発想を生体由来の脚以上のものにしようとすれば、もっと多くの機能を盛り込めるはずだった。
だから彼は義足にモーターをつける。GPSもつけた。Wi-Fiに接続し、足が自動でルートを選択できるようにした。足は自走式になった。人間はただ、その足に載っているだけでいい。ただし彼が実際にその恩恵を得るためには、失った左足だけでは足りなかった。右足も切断しなければ──。
マッドサイエンティスト的であり、究極のエンジニア的であり、無茶苦茶な発想だが、その興奮は伝わってくる。アイディアとしておもしろいのは、義足を単なる人間の身体の置き換えよりも進化させようとしたところにあるだろう。それ自体は昔からあった発想だが、攻殻機動隊的な義体ではない、現代なりにバージョンアップさせたものとして。
GPSがついて、WI-FIでネットに接続し、ルート検索までこなしてくれるモーター付きの自走足……。使用者は自分がエネルギーを生み出す必要はなく、ただこう念じればいい。「あそこに行きたい」。 一方で、たしかに義足はいまでも無骨なものばかりで、機能的にもよくないものがたいはんだが、それはしかたがないことなのだ。
なぜなら使用者が限られているから。大量生産、大量消費によってひとつの製品にかける製造費は担保されている。大量消費も見込めないのに、労力をかけて素晴らしい、まったく新しい義足を作っても、需要の頭は見えている。しかし本書で行われているように、生身の足よりもっともっと素晴らしい義肢ができたら、つけかえる人間も出てくるだろうか──。
でも本来であれば「拡張すること」が真っ先にきてもいいよなあ。いきなり置き換えはハードルが高い。とはいっても本作の主人公は列車になりたかった、という独白からはじまるので、かれの場合は拡張に向かう事はなかったのだからそれでいいんだけど。でも売ることを考えたら義肢としてではなく、既に存在している手足の上にくっつける拡張的手足として売り出す以外にない気がする。
余談だった。しかし、身体を機械のパーツに置き換えていった時に、人に残るのは何なのだろう? 置き換えられたパーツは、自分なのだろうか? どこからどこまでが自分といっていいのだろう? 機械男は自分の身体を機械に置き換えていく過程で、逆に「人間とは何なのか」といったこと概念を明らかにしていく。BEATLESSのようなロボットSFやテッド・チャンの『The Life Cycle of Software Objects』とも通じるテーマだ。
ギークが、ギークなりに、恋をする話
そして──あまりにも理屈っぽく、すべてを原因と結果で考えるこの男が、最後に自分ってなんなんだろうってことを、どこまでも理屈っぽく追求した結果、かれの人生に愛がうまれる。ギークで身体がどんどん機械に置き換わっていく話と愛の物語とは相性が悪いように思うかもしれないが、そんなことはない。完全に合理的に、無欠に、これは愛の物語なのだ。意外でもなんでもないかもしれないが、今のところ人間性を追求した先にあるのは、まごうことなき愛なのかもしれない。
ヒロインのローラがまた良ヒロインでよろしい。ヒロインのローラは義肢装具士で、主人公が足を失った直後に登場する。そして最初にいきなり義足を両脇に抱え、病室に入ってき、楽しそうに切断面について語る。『正直に言うとね、チャーリー。あ、チャーリーでかまわないわよね? あたしは大腿切断が大好き。下腿切断はよく見かけるけど──つまり、膝より下がないやつね──あんなのは、本人たちには悪いけど、靴のサイズを合わせるようなものだから。技なんて必要ない。でもこれは……』
おお、イカれているな。でも楽しそうに大腿切断について語る美女というのは(当然美女だ。当たり前だ。)、そのギャップが素晴らしい。
今後確実に起こる流れ
義肢による人間の肉体的制約の突破というのは、すぐにくるものではないにしても、いつかは必ずくるものだろう。壊れやすい身体、めんどうくさい身体的制約。それらがとっぱらわれる時代が。*1その時に人間と機械の境目というのはどんどん曖昧になっていくのかもしれない。人間性の再考、スーパーパワーを手に入れたとして、その裏面へめぐらせる想像力。機械男には未来がある。
※ちなみに義足と人体との結合をデザインの観点から扱った良書はこちら⇒カーボン・アスリート 美しい義足に描く夢:ただの義足デザインの本ではなく、人体と人工物の融合を義足を切り口にして扱った良書 - 基本読書
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