基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

二年連続でヒューゴー賞・ローカス賞を受賞した、自省的な人型殺人警備ユニットの日常録──『マーダーボット・ダイアリー』

マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)

マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)

マーダーボット・ダイアリー 下 (創元SF文庫)

マーダーボット・ダイアリー 下 (創元SF文庫)

この『マーダーボット・ダイアリー』はマーサ・ウェルズのSFアクション連作中篇集である。上下それぞれに二篇の中篇が収められていて、特に上巻の「システムの危殆」はヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の各ノヴェラ部門を授賞。続く「人工的なあり方」もヒューゴー賞、ネビュラ賞を授賞と(賞的な意味で)評価の高い作品。

それにこの創元文庫版は安倍吉俊のイラストもあいまって刊行がたいへん待ち遠しかったんだけれども、読んでみたらこれが期待通りのおもしろさ! 全篇通して自分のことを一人称で「弊機」を呼ぶ人型警備ユニットが、書名に「ダイアリー」を入っているように日記のように自分の日常を淡々と語り続けていく形式なのだけれども、その語りは、(弊機が)人を容易く惨殺できる戦闘の力も高度なハッキング能力を持っているにもかかわらず非常に自省、内省的で、それがまずはたいへん魅力的なのだ。

 統制モジュールをハッキングしたことで、大量殺人ボットになる可能性もありました。しかし直後に、弊社の衛星から流れる娯楽チャンネルの全フィードにアクセスできることに気づきました。以来、三万五千時間あまりが経過しましたが、殺人は犯さず、かわりに映画や連続ドラマや本や演劇や音楽に、たぶん三万五千時間近く耽溺してきました。冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です。

このように弊機はたいへんネガティブで、同時に人間とできる限り関わるのを避けようとする人見知り(?)で、延々とドラマを観続けていてと「対人恐怖症のオタク」感丸出しで、僕のような引きこもりのプログラマ/ライター的には共感しかない。

世界観とか

舞台となっているこの世界では、人類は外宇宙に進出した遠未来になっていて、性的な用途のためのロボットやら戦闘用のロボットやら、人間が自身の身体を置き換えていった強化人間やら、弊機のような警備用ユニットやらが多数存在している。

弊機はイラストにも描かれているように外見的には人間そのものだけれども、生体部分と非有機的な部品が混合した存在である。ただ、別に思考回路などは人間的であり、判断を機械的に下すわけではなく感情もあれば葛藤もある。ただし弊機は自分を人間と定義することはないし、人間と定義されることを嫌い、「人間になりたいと思っている」と思われることも嫌う──という、「警備ユニットとしての自我」を確立させている、あるいはこの作品の中で確立させていく存在として描かれている。

あらすじとか読みどころとか

弊機がそもそも統制モジュールをハッキングしたのは、自身がとある暴走によって人間を多数殺戮してしまったことがきっかけとなっている(もう二度とその暴走を起こさないために)。そして、統制モジュールのハックに成功した今はもう自由の身になることもできるはずだが、弊機は依然として弊社の仕事を請け負って危険な場所に赴く人間たちの警備を(統制モジュールの命令を受け取っているていで)続けている。

最初の中篇「システムの危殆」は、とある惑星でそうして警備を請け負っている最中に、別部隊の隊員が皆殺しにされる事件が発生し、他に誰もいないはずのこの惑星で誰が、どのような目的で彼らを殺したのか──というミステリィ風の導入からこの世界の企業間の勢力図や、異星人文明をめぐる金の流れといった社会的な問題が描かれていくことになる。弊機は(実際には自由なのだから)おさらばサッサ〜しても良いわけだけれども、あくまでも部隊についてまわり、自身が(実は統制モジュールの制御から逃れている)暴走ユニットだとバレる危険性を犯してでも顧客を守ろうとする。

「弊機」の語りがおもしろいのは、弊機がネガティヴだからというよりかは、こうした様々な矛盾が弊機の中で渦巻いているからこそだ。たとえば、『弊機は人間が苦手です。』と言い、かつて人間を殺戮したことを悔やみ、自身を危険なマーダーボットだとボヤきながらも、人間と関わろうとする。ホテルからホテルへと移動し、娯楽フィードを観ながら暮らすことにきめましたと表ではうそぶきながら、行動としてはどうしても人間を──彼にとって大切な人たちを守ろうとしてしまう。

 弊機は人間が苦手です。統制モジュールをハッキングしたことによる恐怖症ではなく、彼らが悪いのではありません。悪いのは弊機です。弊機は危険なマーダーボットなのです。彼らはそのことを知っています。そのせいでおたがいに気まずくなり、気まずいからさらに苦手になります。またアーマーを着用していないのは負傷しているからで、有機組織の塊がいつ脱落して床に落ちるかしれません。そんなものはだれも見たくないし見せたくありません。

その矛盾した在り方はとても人間的であると同時に、人間とは絶対的に異なる存在でもあり、そのあたりの読者の認識も含めた矛盾、葛藤の描写がたいへんにおもしろいのである。

おわりに

人型とはいえ身体の耐久性は人間とは大きく異なっていて、敵となる戦闘ユニットなども基本は身体の損壊を一切気にせずに攻撃してくるので、戦闘シーンは身体の損壊、被弾を前提としたド派手なアクション&ハッキングを駆使した情報戦の描写も相まって、四篇すべてで様々なパターンが楽しめる。あんまり小説の戦闘シーンをおもしろく思えることって少ないんだけど、本作はそのへんは期待してもらってよい。

基本的に一話一話で話は完結しているのでどこからでも読み始めることはできるが、最初こそ仮初の自由の中で連続ドラマを楽しんでいるだけだった弊機が、広い世界と本当の自由を知り、一歩を踏み出す下巻第四篇の「出口戦略の無謀」は通して読むととても爽やかな読み心地なので、ぜひ上下巻通でもらいたい。